kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月17日

ヴァチカンは「遺憾に思う」声明を出した(でも「謝罪」はしてないよ)。

ヴァチカンから反応が出た。
Pope reacts to row: Full text
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5352188.stm

これねー、日本では見出しで「謝罪声明」って報じられているけれど、「謝罪」まで行ってない。

日本に限らず、カトリックが多いアイルランドでは見出しでsorry(謝罪)と伝えられているけれど、カトリックはあんまり多くない(上に非常に世俗的でムスリムも少なくない)英国では、私の見た範囲では「遺憾」と伝えられているし(= BBC and the Guardian, so far: BBCでは記事中でPope Benedict XVI has said he is sorry that a speech in which he referred to Islam has offended Muslims.と書いているものはあった)、実際にヴァチカンの文書を見ても、「遺憾」とは書かれているけれど「謝罪」とは書かれていない。ただ、これを「謝罪」と受け取るか受け取らないかは解釈のレベルの話、と言うこともできるかもしれない。(個人的には、英文で読んだ限り、解釈のレベルの話ではないという考えだが。)

BBCではstop short of(「〜の一歩手前で踏みとどまる」)という表現を使って見出しを立てていたのだけれど、今は記事が更新されてしまって見出しも変わっている。(ああ、キャプっとけばよかった。)
→追記:BBCじゃなくABC(USA)がstop short ofを使ってるのを見つけました。
 Pope Stops Short of Apology to Muslims
 http://abcnews.go.com/International/wireStory?id=2454221

→追記2:
各メディアの見出しを後から一覧するために、GoogleNewsで魚拓をとっておきました。3ページだけですが。
1ページ目2ページ目3ページ目
sorryの見出しが多いのだけど、このsorryの中身がapologiseかregretかというとかなり微妙。言語的にはどうでしょうね・・・Pope was sorry Muslims had been offendedとか、he was sorry they had found his speech on Islam offensiveとか...
※追記2、ここまで

ともあれ、ヴァチカンの声明で「謝罪」に最も近いのは次の部分:
The Holy Father thus sincerely regrets that certain passages of his address could have sounded offensive to the sensitivities of the Muslim faithful, and should have been interpreted in a manner that in no way corresponds to his intentions.

【大雑把な内容】教皇は、教皇の演説の中のいくつかのパッセージが、信仰心の篤いイスラム教徒の方々の神経に触れるようなものだったということ、また、自身の意図とまったくそぐわぬかたちで解釈されたことを心から遺憾に思っている。

※助動詞と仮定法のため、「翻訳」は大変に難しいので、大雑把な内容だけで。

regretってのはapologiseではない。この2語の意味するところの違いについては、私は北アイルランド関連のニュースをいくつも読んで、やっとわかったんだけど、例えばIRAは自分たちの「武装闘争」で命を落とした人の遺族に対してはapologiseしているけれども、誰一人死ななかったマンチェスター爆弾テロについては、regretはしているがapologiseはしていない。で、apologiseしているときにはsorryという語を用いる(IRA 'Sorry' for the familiesといった見出しになる)。

なお、regretは「遺憾に思う」、apologiseは「申し訳なく思うと言明する、謝罪する」に相当する。

で、この「遺憾に思う」の声明、ほとんどの部分は「ベネディクト16世がいかにイスラム教を尊重しているか」と「ヴァチカンがいかに(以下同)」の具体的な説明、最後から3パラグラフ目にあるのが「今回の件は遺憾に思う」の声明で、そのあとのパラが、これまたすごいな・・・。いくらムスリム同胞団とかに向けた声明であるにせよ、「あなたがたが宗教に熱心であるのと同じくらいに、私たちも宗教に熱心なのです」(<マイルドな表現にしてみた)と。戦略的な言説であることはわかってはいるが、こういうのはどうも・・・。
Indeed it was he who, before the religious fervour of Muslim believers, warned secularised Western culture to guard against "the contempt for God and the cynicism that considers mockery of the sacred to be an exercise of freedom".

「神を軽んじることや、聖なるもののまがいものを作ることを自由の行使であると見なすようなシニシズム」に対する防御をせよ、と世俗化した西洋の文化に警告したのは、ベネディクト16世である。


ま、それはそれとして。

結局「本意とはまったく違ったふうに受け取られてしまって遺憾だ」「そういうつもりで言ったのではない」ということを重ねて述べている声明なので、ムスリム同胞団はまだ満足していないというのも、さもありなん、という感じはする。ただ、やるならどっかよそでやれと言いたくてたまらん。「よそで」っつってもどこでよ?という問題はあるが。
But Egypt's Muslim Brotherhood said the statement did not go far enough and called on the pontiff to apologise in person.

"The Vatican Secretary of State says that the Pope is sorry because his statements had been badly interpreted, but there is no bad interpretation," Abdel Moneim Abul Futuh, a senior official from the opposition party told AFP. (source)



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★当ブログ内でのこの件の関連記事は「マヌエル2世引用」のタグをつけてあります。

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■追記:
んー、何か怪しい雲行きになってきた。

ヴァチカンの「遺憾」声明の後も、同胞団だけでなく、イスラム教の団体がもっとちゃんとした謝罪を求めているのだけれど(講演の「問題」の箇所と「遺憾」声明を読んだ結果、私はそれは当然だと思う)、そのことが、Pope urged to apologise further(さらなる謝罪を求められる)というように報道されている。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/5352040.stm

これは、「もう謝ったのにまだ謝らせるのか」という“空気”が醸成されるのも1日か2日の問題だということだ・・・。BNP方面がどう動くかがかなり心配なのだけど。(地方選でのRespectとのやりあいでかなり沸騰していたからなぁ。)

しつこく書くけど、ヴァチカンの声明は「謝罪」はしていない。「引用文がよくない印象を与えてしまい、誤解されたことを遺憾に思う」と言っているだけだ。
The Holy Father thus sincerely regrets that certain passages of his address could have sounded offensive to the sensitivities of the Muslim faithful, and should have been interpreted in a manner that in no way corresponds to his intentions.


これを「謝罪」と位置付けることは、あまりに乱暴すぎる。sincerely regretは「謝罪」にはならないし、couldだのshouldだの、仮定法で助動詞使い倒して、つまり〈事実〉としての扱いすらしていない。

これは教皇側につくか、ムスリム側につくかの問題ではない。言語によって表現されたものの問題だ。

あーもう、すっごい絶望的な気分・・・。

※この記事は

2006年09月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 13:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の所にイタリア語ができる方から、コメントが入っていました。そこの部分を引用しますね。

「「教皇は異例の謝罪をした」と日本で報道されていますが、「遺憾に思う」という訳語がそうであるように"Sono rammaricato"という曖昧な表現の言い訳で謝罪ではありません(伊メディアにはその点の指摘・認識があります)。先日もサン・ピエトロ広場での一般謁見で信者を前に「あれは単なる誤解だ」とのたまったそうです。」

Posted by ビー at 2006年09月22日 23:11
>ピーさん
コメントありがとうございます。

私はテレビのイタリア語講座を毎年5月か6月までしか継続できないヘタレですが、Sono rammaricato = I regretですよね。日本語だと「遺憾に思う」。

ただしそれが「謝罪」と伝えられる理由は、教皇があのような形で公の前でしゃべることはほとんどない、つまり行動としてありえないから、というバックグラウンドがあるようです。行動そのものを「謝罪」として解釈することができる(ので、そう解釈せよ)というか。

この騒動というか問題は実はかなり複雑だと思うのですが(「権威」そのものの話になってくる)、とりあえずは「言語」の点から見ておきたいと思っています。(ただドイツ語もイタリア語もできない私にはおのずから限界が。)
Posted by nofrills at 2006年09月23日 16:06

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼