kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年11月22日

非武装の人々の目。それを奪う当局。

また軍政当局が、国を「統治する」のではなく、「力で押さえつける」方策を、衆人環視のもとでとっている。ゴム皮膜弾はもちろん、実弾すら使われている (with confirmation emerging for the first time that security forces have been firing live ammunition at demonstrators)。

とりあえず、毎日新聞カイロ支局の和田浩明記者の報告は必読。

エジプト:まだ来ぬ春 「国軍は去れ」怒りのデモ 民政移管進まず
毎日新聞 2011年11月21日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/11/21/20111121dde007030006000c.html


エジプト:暫定内閣が総辞職表明 効果薄い「ガス抜き」
毎日新聞 2011年11月22日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/11/22/20111122dde007030015000c.html


私が事態に気づいたのは19日、土曜日の夜だった。リビアでカダフィの次男の身柄が確保されたということが「速報」から「確定したニュース」になり、当人の写真が出回り始めたのとほぼ同時に、私の見ているTwitterの画面内に、「カイロで激しい衝突、現場からお伝えします」系の文字列が立て続けに流れてきた。カイロの現地時間では土曜日の午後という時間帯だ。



前日、18日(金)にタハリール広場で、ムスリム同胞団(MB)をはじめとする宗教保守の組織・政党がオーガナイズした大規模な集会があり、何万人もが軍政を批判した、ということはBBC記事を読んで知っていた。報道写真で見たタハリール広場は、まるで2月のムバラク退陣の直前の数日間のように、まさに立錐の余地のないほどに人で埋め尽くされていた。
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-15795972

しかし18日のこの集会は、「軍政を批判」することが目的というよりは、11月28日に投票が予定されている議会選挙に向けての運動の意味合いが強いもののようだったので、記事をざっと読んだだけで、あまり注意を払っていなかった。なお、MBは「自由と正義」(英語でFreedom and Justice Party)という政党を組織して選挙に出る。BBCの記事ではあまりはっきりしないが、MBよりさらにがちがちの宗教保守の人々(BBC記事には大雑把に「MBにとっては競合相手となるサラフィスト Salafi rivals」とあるだけ)も選挙に出る。18日の集会はこういった人々の「決起集会」的なもののように見えた。英語でTwitterやブログをやっているカイロやアレキサンドリアの「革命勢力」の人々も、この集会にコミットしているようには見えなかった。

ただ、実際には、この集会は「宗教右派だけの集会」ではなかったようだ。その点については米Foreign Policyで、マーク・リンチ @abuaardvark が詳述している。

Tahrir's Day of One Demand
Posted By Marc Lynch Friday, November 18, 2011 - 1:44 PM
http://lynch.foreignpolicy.com/posts/2011/11/18/tahrirs_day_of_one_demand

このように、18日の集会について細かく見ていたマーク・リンチでさえも、@TamerELG (WSJのカイロ支局記者)らのジャーナリストがタハリール広場からリアルタイムで衝突の報告を送ってきているときには、選挙情勢について @Arabist とやり取りをしていて、リアルタイムの報告は追っていなかったようだ。(「一部のハードコアなプロテスター」が「強硬に広場に泊まり込み」をしようとして、「治安当局に排除される」ということはこれまでにも何度かあり、今回もそうなのではないかという雰囲気は、確かにあった。)

彼が19日の「タハリール広場」に注目したのは少し後、選挙情勢分析(特に18日の集会でのMBの要求点をめぐるもの)が一段落してからで、あの午後、一体何がどうなって、(その時点で判明していた範囲で)何百人という負傷者が出たり、何人かが目を撃たれて失明したりするようなひどい事態となったのかはすぐにはつかみきれない様子だった。私も、できる範囲で現場からのリアルタイムの報告を見ていたが、発端が何だったのかはまったくわからなかった(あとから、現場にいた人々が帰宅して写真やブログをアップしてくれて、ようやく何となくわかった、という感じ)。彼のように1を見れば10わかるような事情に詳しい人でも状況を把握しきれないほどに細かい情報があふれていた、ということでもあろう。そのくらい、語られるべきこと・語られていることが多かったし、「最新情報」の一部は、数十分から数時間で、陳腐化するのではなく否定される(最初から「偽」の情報だったわけではなく、情勢が変わる)状態だった。

このように猫の目が変わるようにころころと変わる情勢においては、Twitterのような「リアルタイム」メディアは逆に使いづらい。数十分前の誰かのツイートがRTされてきたときには、それは既に陳腐化しているか、否定されている。(実はこれはすべてのことに言えるのだが――「現在、○○通りで自動車事故のため通行止め」といった情報が「正しい情報」でいられるのは、数十分から数時間だ。)何が「正確な」情報なのかは、常に一定ではない。この夏にノルウェーのオスロで爆弾&ウトヤで銃乱射という信じがたい事件があったとき、実行犯拘束前にロイターやBBCを含め、全世界規模の主要メディアがことごとく、「イスラム武装勢力の犯行との見方」という見立てを垂れ流していたが、それが完全に否定されてから何時間か経って、翻訳された情報として、日本で「ほにゃららとロイターが報じた」の形でぐるぐると回った。既に「正しいもの」ではなくなった情報が、その後もしばらく(あたかも「リアルタイム」のものであるかのように見える形で)流れ続けたわけだ。(時差の関係もあったのだが、大手メディアが何時間も前の推測報道に基づいた「最新情報」を流しているのを見て、私は心底げんなりした。)

ともあれ、19日の午後に何があったのかということを、事後的に情報を集めて端的に、それこそ「サルでもわかる」ように説明してくれている記事もたくさん出ている。下記のエコノミストの記事はそのひとつだ。英文も平易で、普通に勉強している高校2年生なら、辞書で単語を調べることができさえすれば、余裕で読めるだろう。

Violence in Egypt
Flaring up again
Nov 21st 2011, 17:18 by I.A. | CAIRO
http://www.economist.com/blogs/newsbook/2011/11/violence-egypt
... Egyptians have once again taken to the streets to call for the fall of the regime. This time the group of 24 senior generals that calls itself the Supreme Council of the Armed Forces (SCAF) that has run the country since the fall of Hosni Mubarak, Egypt's former president[,] is the object of their anger. A week before elections are due, Egypt is facing its biggest crisis since the revolution in February.

A massive demonstration on Tahrir Square on Friday November 18th, led by Islamist groups, was peaceful but sent a clear message: the army's days running Egyptian politics are numbered. Protestors called for clarity about the transition timetable, demanding presidential elections−which would signal a handover of power from the generals to a new president−no later than May 2012, rather than sometime in 2013 as the military leaders had suggested. Many said Hussein Tantawi, the 76-year-old field marshal and Mr Mubarak's long-time defence minister who has led Egypt since February's revolution, had to go.

On Saturday a few dozen hard-core protestors tried to occupy Tahrir Square. The violence with which police disbanded them drew veterans of January's uprising back to the square. Police attacked them with rubber bullets and birdshot. Several protesters lost eyes. Others were killed. Since then, running street battles have blocked the centre of Cairo, and the death toll has risen to 35, with over a thousand wounded. Protestors who once welcomed the military with chants of "the people, the army, one hand!" shouted "the police, the army, dirty hand!"

The unrest is the result of the military's poor management of the transition so far. ...


このエコノミストの記事にもあるが、「何人かのデモ参加者が目を失った」。日本時間で19日の夜11時過ぎ(現地夕方)、現地のブロガー、@Egyptocracy のツイートで知らされたのだが、@MaLek が目を撃たれた。その事実はTwitterであっという間に広がり(おそらくTwitterだけでなく携帯電話のSMSなども使われていただろうが)、Sandmonkeyを含む何人かの「有名なエジプトのTwitterer」が彼の居場所を確認し、また彼が安全であることを確認して(このときエジプトでも、「病院に行くと軍政側に引き渡される」という、噂なのか事実なのかわからないことがささやかれていた)、手術が行われているということを伝えてくれていた。そして彼の片目が眼球摘出となったこと、外形を整える手術(義眼を入れたのだろう)が行われたことが(英語でもアラビア語でも)Twitterで伝えられた。



この時点で、英語圏の大手メディアは、ニュースフィード担当の公式アカウントも、Twitterを使っている記者のアカウントも、まだ、カダフィ次男拘束の話(それもどうでもいいような細かい話)をしているような状態だった。(みんな、サイーフ・アル・イスラム・カダフィが大好きなんだな!と。確かに「見てて面白い」かもしれないが、あのチャラ男は。)

あとから、右目を負傷した @MaLek がゆっくりと歩いているところの映像を見た。友人たちが両脇にいるが、本人がしっかりと歩いており、身体や足には負傷していない様子が見て取れる。


目に被弾したのが彼1人なら、「たまたま運悪く当たったのかもしれない」と考えることも妥当かもしれないが、この日、目をやられたのは彼1人ではない。英語圏大手メディアがまだ、件数・頻度は減ったとはいえ、カダフィ次男について流していたときに既に、エジプトのTwittererたちは3人の失明を伝えていた。

そしてしばらくして流れてきたのが、病院での3人の写真だ。

土曜日のタハリール広場で片目の視力を失った @AhmedFatah さんのアカウントにアップされている、病院の、目をやられた負傷者3人(手術後と思われる)。うち1人は @MaLek さん。 / “انا ومالك وحرارة @m…” http://htn.to/dDHGVR

انا ومالك وحرارة @malek ائتلاف عور الثورة... on Twitpic

posted at 16:12:30

写真は左から、アハメド・ハララさん、アハメド・ファタハさん(上記写真のアカウント主)、マレク・モスタファさん。(最初に回ってきたときはまだ、この3人全員が誰なのかはわかっていなかった。)

別カットの写真がアル・マスリ・アル・ヨウムにアップされている。
Activists with eye injuries

アハメド・ファタハさんはアル・マスリ・アル・ヨウムのフォトジャーナリストで、取材中に撃たれたようだ。彼の過去の記事は下記など(英語になっている)。
http://www.demotix.com/users/ahmed-mohamed-abd-el-fatah/profile

マレク・モスタファさんについては、上でも言及したが、1月〜2月の抗議行動の中心的人物の1人。スポットライトを浴びることを拒んでいるのでテレビでインタビューされたりはしていないが、ゴニムさんや「4月6日運動」の人たちと同じくらいに「中心的」な人だ。現在、わけのわからない罪状で軍政側に拘束されている @Alaa (彼はムバラク政権による拷問などの人権侵害を告発してきた)が2006年に投獄されたときに、マレクさんも一緒に逮捕・投獄された。

そして写真一番左のアハメド・ハララさん。彼については「改革派」の活動家ということしかわからない(今は、「失明した活動家」としての言及ばかりで、それ以上のことが調べられない)。彼は1月28日に、当局による暴力行使で左目を奪われていた。その後もタハリール広場で軍政への反対の行動に参加し続けていたが、今回、これまで無事だった右目を奪われた。

22日のTwitterのログから:
1月に左目を、11月19日に右目を治安当局のゴム弾で失明させられたハララさんのバナー RT @farida904: Banner supporting Harara #tahrir http://t.co/f1UaEaf6
posted at 00:01:19

#egyjp #tahrir 治安当局のゴム弾で1月末に右目を、11月19日に左目を奪われたアハメド・ハララさん。病床でVサインを掲げている。See also: 9月の写真: http://t.co/fjao8rK9 / “#Ahme…” http://t.co/fdRtuD8j
posted at 04:31:07
#AhmedHarara 
#Egypt #Tahrir  #TwitPict on Twitpic


ハララさんと知り合いだったと思われる @linawardani さんが病室を訪れたときの様子を報告してくれているが、痛々しいとしか言いようがない。


日本時間で22日の朝には、現地の非政府系のテレビ局の番組に、ハララさんが出演した。
「1月に片目を、19日にもう一方の目を治安当局の発砲で失ったハララさんが、有名司会者のテレビ番組に出る。これは大きな変化を引き起こすだろう」 #egyjp RT @TahrirSupplies: Harara wh… (cont) http://deck.ly/~jpUg1
posted at 05:46:36

これがどのような反応を引き起こしたのかは、また調べてみないとわからない。「調べてみる」っていったって、できるのかどうか、わからない。それほど、「情報」の量が多く、また同時に、大手メディアの記事として「語られること」の分量が少ない。

今、検索してみたら、ハララさんについては次の記事があった。

Protester Loses Second Eye Defending Egypt's Revolution
Published Monday, November 21, 2011
http://english.al-akhbar.com/content/protester-loses-second-eye-defending-egypt%E2%80%99s-revolution
"I would rather be blind, but live with dignity and with my head held up high," Harara was quoted as saying on Egyptian activists' Facebook pages.

His story made waves on Twitter, Facebook and other social media networks. Harara's suffering appeared to reflect the feeling, echoed by more than one online activist, that events in Egypt Saturday and Sunday were reminiscent of events following January 25.

"It feels like late January and early February again," tweeted journalist and activist Lina El Wardani.


Linaさんのツイートは21日のもの。URLは下記。
http://twitter.com/#!/linawardani/status/138314631851687936

彼女のお兄さん(か弟さん)も目を撃たれたそうだ。ただし急所を外れたので大事には至らなかったとのこと。
http://twitter.com/#!/linawardani/status/138742526613012481

一方、非武装のデモ隊の目を撃つようなことをする治安当局の人員については、「病気」だという指摘がある。
http://www.almasryalyoum.com/en/node/517066
A YouTube video clip showed a security officer shooting demonstrators in Tahrir Square amid praises from his colleagues. The clip received more than 70,000 views.
1人の治安当局者が同僚たちの賞讃を浴びながら、タハリール広場でデモ隊を銃撃している様子を撮影したビデオ映像がYouTubeにアップされ、7万回以上再生されている。

"An officer who shoots people in the eyes is continuing practices of the former regime," said professor of psychiatry at Al-Azhar University Hashem Bahary, explaining that a man's personality is the result of past and present experiences. "Those officers should have been rehabilitated."
アル・アズハル大学のハシェム・ハバリー教授は、人間の人格は過去と現在の経験の結果であると説明し、「人の目を銃撃するのは、前政権でやっていたこと。それが今なお行われているということで、そのようなことをする者はリバビリを受けていてしかるべきだ」と指摘する。

Bahary, who spent seven years giving psychological training to police officers, also said that officers praising their colleagues for shooting demonstrators suffer from the same syndrome.
バハリー教授は警官の心理訓練を7年間にわたって担当した経験がある。デモ隊を銃撃する同僚を褒め称える他の警官たちも、同様のシンドロームにかかっている、と教授は述べる。

Translated from the Arabic Edition

1月25日の大規模デモ初日のあと、事態がどんどん大きくなったとき、ムバラク政権はインターネットを全面遮断するという暴挙に出た。デモとは関係のない商業にまで影響を及ぼしたそういう愚かな判断は、後の事態に繋がる影響を与えたに違いない。

今回、タンタウィの軍政はネットの遮断はしないだろうが(「するのではないか」という観測はある)、それでも、当局が暴力で、一般市民の目を潰そうとしていることに違いはない。

この数日間のカイロではさらにまだひどい暴力が見られるのだが、それはまた稿を改めて。



土曜日(19日)についてのまとめ。映像がたくさんある。上に述べたマレクの映像もここで発見した。

LIVE: Second night of violent clashes at Tahrir Square
http://storyful.com/stories/1000012439

※この記事は

2011年11月22日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:50 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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