kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年11月17日

「悪魔」とその母親とのお茶(リヴァプール、暴動聞き取り調査)

先日、私は例の悪魔とそのお母さんと一緒にティータイムを過ごした。クリーム色と青色のつやつや光った皮革素材のソファに座った例の悪魔は、お母さんからお菓子を載せた皿を手渡され、ありがとう、と言った。お母さんから、あんたって子は、どうしてお客さんに先に勧めないの、と言われ、悪魔は恥ずかしそうな表情をし、私が座っている方向にぎこちなくその皿を差し出して、「いいよね」と確認するようにお母さんのほうに目をやり、それから、ジャファ・ケーキを丸ごと口に放り込んで、唇をなめた。

私に渡された「1番 パパ」と書かれているマグの中身は、ミルク入りの薄いコーヒー。最初にコーヒーと紅茶どちらになさいますと訊かれたときに、紅茶と頼むべきだった。悪魔は3個目のジャファ・ケーキを取ろうとし、お母さんが頭を振る。そして、リヴァプールFCのエンブレムのついたマグのお茶を、ぐいっと飲む。

部屋の角にあるフラットスクリーンTVの画面の中では、ある夫婦が田園地帯に家を探している。その予算たるや、ギリシャ支援ができそうな額だ。いや、少なくとも、ここにいる人たち全員分のジャファ・ケーキはまかなえる。私たちはしばらく黙ってじっと画面を見つめていた。やがて、悪魔のお母さんが言った。

「あんなふうなところに住んでいたら、この子だってこんなトラブルに関わりゃしませんでしたよ」

そして悪魔は、返答として、またジャファ・ケーキをひとつ口に放り込んで、頭を振りながら何かをもごもごと言った。

ごくありふれた、「英国の家庭にお邪魔してお茶をいただいて少しお話をした」、という光景を描写したこの記述は、今年8月、イングランド各地で起きた「暴動」についての調査をしている人のブログの書き出しだ。

Thursday, 10 November 2011
The Devil and Me.
http://anthonyschumacher.blogspot.com/2011/11/devil-and-me.html#!/2011/11/devil-and-me.html

ブログ主、Anthony Schumacherさん(@tonyshoey トニーさん)はタクシー運転手をしながら文章を書いている(あるいは、文章を書きながらタクシー運転手をしている)。この8月のイングランド各地の暴動について、LSE (London School of Economics) とガーディアンが共同で調査を行っているが(→Reading The Riots project. これについては前に書いているので、Twitterで私宛に何かを質問するor言う前に、それを見てね)、その調査を行う人員として採用された。実際に暴動に参加した人々に話を聞く役割だ。

このブログ記事を書いたという告知を含め、トニーさんのツイートとその周辺のやり取り。途中でEDLの人が物申してきたりと、賑やかであるが:
http://chirpstory.com/li/3086

なお、「ジャファ・ケーキ Jaffa cakes」は英国で一般的なお菓子。柔らかいビスケットというか固めのスポンジ(cake)の片面に「ジャファ」、つまりオレンジのジャムというかゼリーが載っていて、ビターチョコレートでフタをしてある。最も有名な、というか「定番」になっているのはマクビティ社の製品だ。大きさは直径5センチくらいだろうか。普通、かじって食べる程度のサイズ。マクビティ社のサイトでイメージはつかめるだろう。
http://www.jaffacakes.co.uk/

ブログの続き:
むろんこの「悪魔」は、本当の悪魔ではない。本当の悪魔はホーマー・シンプソンのスリッパー(部屋履き)は履いていないし、Huytonのややみすぼらしい感じの宅地にある、住宅トラスト所有のこざっぱりした住宅に暮らしたりもしていない。この悪魔は17歳で、肌の色は白く、坊主頭だ。体つきはフライ級ボクサーのようで、その白い腕はグレイハウンドの脚を連想させる。力のありそうな、長く細い筋肉を覆う皮膚の下には、毛細血管が浮かんでいる。

ジャファ・ケーキの脂肪分がこの身体のどこに行くのか、私にはよくわからない。

彼が「悪魔」と呼ぶ17歳の少年と初めて会ったのは、彼の自宅を訪れる前の晩だった。すっかりできあがっていた彼とその友人を、リヴァプール市内から3マイル(約5キロ)ほど離れたHuytonまで、トニーさんのタクシーが乗せた。

5キロというと新宿から西へ、環七と環八の間くらいだろう(阿佐ヶ谷とか経堂とかの辺り)。徒歩で移動する距離ではなく、公共交通機関か、車を使うような距離だが、遊びに出るには普通の距離だ。

トニーさんのブログは、このときの「悪魔」とその友人の様子を、細かく描写している。かいつまんでいえば、「あまり行儀のよくないガキども」だが、この程度なら「酔っ払って新宿や渋谷の路上で騒いでいる学生」くらいのものだ。

Reading the Riotでの聞き取り調査は、ガーディアンの名前を出すなどしてもなかなかうまくいかず、トニーさんは、タクシーを利用した若い人に、あの暴動の晩、暴動のあった場所にいたかどうかを尋ねるなどしている。「たいがいの場合、そう聞いても相手はじっと押し黙ったままだ。きっと私の前職のクセが出てしまってるのだろう」というようなことをトニーさんは書いている。(彼は以前、警察官だったそうだ。)

しかし「悪魔」とその友人は、「暴動のこと、覚えてる?」というトニーさんの問いに、ものすごい勢いで答えた。
“Yeah lad, we was there, it was boss, a proper laugh lad!”
“You went to them all the way from Huyton?”
“Yeah lad, we jumped a baxi and got down there to have a go lad, mix it with the bizzies lad, can't miss that lad can yer?”

「ちょ、まじ? てか、いたし、俺ら。ちょうすげかったよな、おもしれかった」
「じゃあ、Huytonからはるばる出かけてったんだ」
「うん、タクってって、着いて、んでちょっとやっときますか、みたいな。警官もいたけど、まあそこらへんは。ああいうことは、当然参加っしょ」

※bizziesはリヴァプール弁で「警官」のこと。
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=bizzie

トニーさんはつられて笑いながら、調査のことを彼らに説明した。
“So would we be in the paper lad?”
“No, totally anonymous, there is no way the bizzies can find out about you.”
“I'm not arsed if they did lad, would my photo go in?”
“No mate, nobody would know you had spoken to us.”
“Do I get dollar lad?”
“No mate.”
“Why do it lad?”
“So the government can learn about you, how you live, it might make things better for you, maybe help you get a job.”
“I don't want no job lad, they can fuck off lad, they don't care ‘bout me, I don't want to help them.”

「じゃ、新聞に出んっすか?」
「いや、名前は一切出ないし、警察が君らを特定することもありえない」
「や、そんなん、別に構わないっすよ、特定とか。新聞に写真出たりとか?」
「出ない出ない。インタビューに答えたのが誰か、わからないようになってるから」
「お金はもらえるんすか?」
「謝礼なし」
「じゃ、なんで、んなこと」
「政府が君らのことを知るため。君らがどういうふうに暮らしてるかとかね。話をすれば、君らにとってもっとよい社会になるかもしれない。仕事も見つかるかもしれない」
「んなん知らねぇっすよ。仕事とか別に興味もないし。政府が俺のこと考えてるとかも思ってねぇし、政府の手助けとか、やだし」

しばらくこの調子で話が続いたが、「悪魔」の友人のほうが車を降りるとムードが少し和らいだ。「悪魔」は暴動について、話をするのにやぶさかではない様子だった。

そしてトニーさんは、警官に身元がバレる心配はないと請け合い、「よければご家族にもわからないよう、マクドナルドで話すことにしようか」と「悪魔」に言った。

“Me ma knows I was there, she went off her head, I stunk of smoke when I got in, that’s why I only went the first night, I’ve got a kid, she was going to blow me up to the bizzies if I went again.” He said sadly, and I wondered if it was the threat of losing his liberty or losing his child that was making him sad.
“Do you want to meet tomorrow? It’ll only take an hour.”
“Yeah go ‘ed then. About four, come me ma’s.”
I’d just done a deal with the devil.

「うちの親は知ってっから、俺が現場にいたこと。すっげー怒ってさ、家に着いたとき煙くさいって。だから最初の晩しか行かなかったんだよね。俺、ガキいるし、もう一度いったらうちの親、俺を警察に突き出すってさぁ」と、彼は悲しそうに言った。彼が悲しそうなのは、自分の自由がなくなるかもしれないからか、それとも子供を奪われるかもしれないからか、どっちだろうと私は思った。
「明日でいいかな。1時間くらいで終わるから」
「いいっすよ。4時くらいにうちの親のところ、来てください」
悪魔との取引成立。

翌日、トニーさんは「悪魔」の家に行く。お母さんがドアを開け、2階の「悪魔」に「お客さんいらしたから降りてきなさい」と声をかけ、コーヒーか紅茶かと尋ね、再度、天井に向かって「下りてきなさい」と大声で呼ぶ。キッチンからスタッフォードシャー・ブルテリアが出てきて、トニーさんの足に身体をもたせかけてくる。「犬、大丈夫ですか」と母親が尋ねる。「犬のほうで僕が大丈夫なら」と答える。

母親が台所に立ち、犬になつかれるなどしているうちに、「悪魔」が下りてくる。黒いジャージにグレイのTシャツに白い肌。まるで白黒映画のようだ、とトニーさんは書く。「色といえば、足に履いているホーマー・シンプソンの室内履きだけだ」。

“Alright mate, sorry... I forgot.” He said as he flopped down on the couch,
“It was only last night!” I laughed and the devil tapped his head and then shook it,
“He’s got a head like a cabbage,” said his Mum walking in with my “coffee” and I wondered how much skunk weed it took to help you forget the night before, “He told me about it this morning when he showed me the letter you gave him, how did you find him?”
“He got in my cab.”
“You drive a taxi? I thought you were a writer?”
“I am, it’s just that I’m rubbish so I drive the cab for food and stuff.”
She smiled at my “joke” and went to open the box of Jaffa cakes ...

「ああ、どうもです……すいません、忘れてました」と、彼はカウチに腰を下ろしながらいう。
「つい昨日のことだというのに!」と私は笑う。「悪魔」は自分の頭を軽く叩き、それから頭をふる。
「この子の頭ときたら、キャベツ並みで」と母親が、私のためのコーヒー(ということになっているもの)を持ってきて言う。前の晩のことを忘れさせるには、どのくらいの量のスカンク・ウィードが必要だったのだろうか。
「今朝、この子から聞いたんですよ。書いてくださったお手紙を見せられて。どうやってうちの子のことを見つけられたんです?」
「私のタクシーのお客さんでして」
「タクシーの運転手さんなんですか? ライターさんじゃなくて?」
「そうなんですが、まったく売れないので、生活費を稼ぐためにタクシーの運転をしてます」
彼女は私の「冗談」に笑い、ジャファ・ケーキの箱を開けに行った。……

こうして、ようやく「悪魔」とのインタビューが始まるかと思われたのだが……
“I don’t think he should,” she said, ...

「インタビューはちょっと」とお母さんは言った。

トニーさんは情報源(ソース)の秘密は守ることなど、ジャーナリストの大原則を話した。お母さんはそれを聞いていた。やがてトニーさんが話し終わると彼女はタバコに火をつけ、それで息子の方を指し示した。
“He’s brought me nothing but trouble for ten years, I’ve had to move because of him, do you see that front door? Twice that’s been knocked through by the bizzies because of him. My nerves are shot, you don’t know what it is like to have to live with him. His mood swings, his mates, coming in at all hours, drugs, the drink. He’s got a baby now... did he tell you?”

「この子のおかげで、この10年というもの、私にはトラブルばかり。この子のせいで引っ越しまでさせられてますからね。警官が玄関のドアをノックしたことも2度。この子が原因ですよ。こっちの神経が持ちゃしません。この子と一緒に暮らさなければならないっていうことがどういうことか、あなたにはお分かりにならない。気分屋で、妙な友達がいて、夜中だろうが何だろうがお構いなしにやってきては、ドラッグだの酒だの。しかも赤ん坊までできて……そのこと、聞いてらっしゃいます?」

ひとしきりぶちまけ、母親はトニーさんを指して、「あなたのような人には何もわかってない」という。

“I do! I grew up around here; I work on these streets every night!” I said indignant that I was being seen as a middle class writer type, even though that was what I was aspiring to be.
“I don’t mean what it is like to be around here, I mean, you don’t know what it is like to be me, what I put up with, what it’s like to break your heart every time the Police come knocking looking for him, when the girl he got pregnant comes knocking looking for money, you don’t know what it is like! Who is going to interview me? I’m a victim of this too.”
The room was filling with smoke from the resting cigarette and we all sat silently for a moment, lost for things to say, the devil stood up and walked to the door, parting through the swirling smoke as he left the room, as the door shut behind him he said two words,
“Fuck off.”
So I did.

「わかりますよ! 私だってこの界隈で育ったんですから。それに毎晩、ここで仕事してるんですよ!」自分がミドルクラスのライター系と思われたことで、私は立腹していた。そうなりたいと思っているにしても、腹立たしかった。
「そういうことじゃなくて、この地域を知ってるとか知らないとかいうことではなくて、私の立場で何がどうなのかというのがお分かりになられていないと、そういうことなんです。何でこんな目に、毎回警察が息子を捜してドアをノックしてくるたびに胸がつぶれそうになる、それがどういうことか。息子が妊娠させた女の子がお金がほしいとノックしてくる、そういうのがどういうことか、あなたにはお分かりにならないでしょう。私の話は、誰が聞いてくれるんですか。私だって、これの被害者なんですよ」
灰皿に乗せられたタバコの煙が部屋に充満し、私たちは全員、しばしの間、黙って座っていた。誰も何を言っていいかわからない。「悪魔」が立ち上がってドアへと歩いていき、充満した煙の間を抜けて部屋から出て行った。ドアが閉まるときに彼は2つの単語を口にした。
「ファック・オフ」
私はそうした。


最後まで読んで、私はもう一度最初に戻った。ミルキィな飲み物とジャファ・ケーキのある「おもてなし」の光景。フラットスクリーンTV(つまり、そんなに古いものではない&デジタル放送を見られる環境)の中の「理想」。

きっと仕事もなく(働かず)社会保障に頼って暮らしている「悪魔」の母親は何歳くらいだろう。私と同じくらいの年齢かもしれない。もっと上かもしれない。あるいはもっと下かも……「悪魔」と同じように17歳で親になっていれば、34歳だ。

I had to scroll up Tony's blog post when I read through. Milky weak "coffee" and Jaffa cakes. Shiney leather sofa. Flat-screen TV and an ideal life shown in it. This mother doesn't sound like she's got a job. How old is she? Maybe as old as me myself. Or older. Or younger. If she had become a parent at the age of 17 just like her son, she would be 34 years old - very young, I must say. But not so young as to be 100% hopeful about her future if she has lived like, well, the devil's mum. And she hasn't got much hope about her young son.



この8月のイングランドの暴動については、日本語圏では初期の不正確な、あるいは誤った情報、およびそれに基づいた推測や類推、またそのときの流言蜚語に近い根拠のない憶測が流れたままになっている面があるようだ。

修正されるべき誤りの第一としては、事の発端となったトッテナムでの警察による銃撃事件の被害者、マーク・ダッガンさんはギャングのメンバーではなかった、という点。彼の家族も、トッテナムの人々も、「彼はギャングの組の者ではない」と証言している。また「彼は銃撃されたときに銃を持っていた」というのも警察の大袈裟な語りで、実際にはすぐに発砲できる状態ではなかった(靴下の中に隠していて、手に持っていたわけではない)。

そして、このダッガンさん銃殺事件に怒った「ギャングが警察に対する怒りで」云々というストーリーがまことしやかに語られたが、それも「暴動」全体から見れば、一部を大きく言い立てているにすぎない。「暴動」と呼ばれる事態にまでエスカレートさせたのは、ギャングになど属していない人々である。(これは私は暴動が起きた当日から、映像などを見て、そう述べてきたのだが。)

ここでこの「ギャング」という語の曖昧さがネックになっている。Gangには2つの意味(シニフィエ)がある。すなわち、「若者たちが群れている、徒党を組んでいる」という程度の集団と、もうひとつ、日本の暴力団などと同じく一定の手続きを経て加入した者によって構成される集団とだ。この「暴動」に関して「ギャング」と言われているのは後者であって、前者ではない。しかし日本語に翻訳された段階で前者での解釈が入り込んでしまい、結果、日本語でまとめられた報告書(のようなもの)は、「ギャング」について非常に不正確な記述となっている場合がある。注意されたい。

暴動から時間が経過し、データもそろい、政府の調査報告書(起訴された者たちの背景をまとめたもの)なども既にでている。それらは、いちいちブログにアップしている余裕がないので、基本的にすべてはてブで済ませている。Riotのタグで管理しているので、下記に一覧あり(ただしよその「暴動」のものも入ってはくる)。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/riot/

書籍では、前も言及したと思うが、この7月(暴動の前)に出たオーウェン・ジョーンズのChavsという本が、彼らの「階級」について、また彼らの「階級」の英国社会の中での位置づけについて、非常に具体的で詳しい。具体的すぎて読むのに時間がかかるが。あと、基本的に「左翼」の本なので(「階級闘争」という物語がある)、それに慣れていない人は若干読みづらいかもしれない。また英国の話題に通暁していないと読めないかもしれない(退屈で)。マデリン・マッカン事件とか、ジェイド・グッディとか、デイヴィッド・デイヴィスとかでピンとくる人は、読んで損はしない本だと思う。(来年5月にも出ることになってるので、大幅増補の改訂新版が出るかも。期待して待ってる。)

Chavs: The Demonization of the Working ClassChavs: The Demonization of the Working Class
Owen Jones

Living in the End Times Postcolonialism: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)

by G-Tools


※この記事は

2011年11月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼