kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年09月09日

Heritage Open DaysとLondon Open House

6〜8月の音楽フェスのシーズンが終わって9月のイングランドは「芸術の秋」モード。ナショナル・トラストやイングリッシュ・ヘリテッジの物件や、普段は公開されていない建築物を見て回れるイベントが、今週末と来週末に2週連続であります。

まず今週末は、Heritage Open Days。UK Pipelineさんから引用させてもらいます。
9月7日(木)から10日(日)まで。ほとんどのところは土曜日に無料だそうですが、ところによっては木曜日から日曜日までさまざまなようです。施設によって違うようですから事前に調べてください。

各州ごとの無料施設やイベントのリストを見ることが出来ます。お近くに何かお目当てがあればぜひ。

English heritage open days
http://www.heritageopendays.org.uk/pr/HighlightsHistory_Matters.shtml


それから、来週末(16〜17日)はLondon Open House。
http://www.londonopenhouse.org/london/home.html

まず9〜10日のHeritage Open Daysですが:
http://www.heritageopendays.org.uk/pr/HighlightsHistory_Matters.shtml

ロンドンでは下記のプロパティがリストに入っています。Red Houseがあるなあ。
Syon Park
2 Willow Road
Apsley House
Carlyle's House
Chiswick House
Fenton House
Ham House
Jewel Tower
Kenwood House
Marble Hill House
Osterley Park House
Rainham Hall
Red House
Sutton House
Wellington Arch

各種予定やプロパティの詳細については
http://www.heritageopendays.org/ed/greater_london/
から確認のほどを。(物件ごとのリンクもここ↑から。)

次。16〜17日のLondon Open Houseですが:
http://www.londonopenhouse.org/london/home.html

公式ガイドは有料(印刷物でもPDFでも)。印刷したものは、郵送で取り寄せできるほか、テイト・モダーンとかバービカンのほか、リージェント・ストリートのVisitor Centreや市内のHabitat(<インテリアショップ)で売ってるのだそうです。送料込みで£4。PDFは£3。(印刷物本体もたぶん£3。)
http://www.londonopenhouse.org/london/buildings_guide.html

公開される建物の検索は:
http://www.londonopenhouse.org/london/map/index-search.asp
(Google mapを利用:ブロードバンド)※Advanced searchにしないとあんまり使えないかも。

http://www.londonopenhouse.org/london/search/search1.asp
(マップなし:ナローバンド)※こっちならすぐに建築家名で検索できます。

ちょっと試しで、建築家名 Pugin で検索してみたら、
Hoxton Prospect Centre, 16 Hoxton Square N1 6NT
が出てきた! あのへんにこんなのあったとは、と思ったら、ああ、これか!
http://www.hoxtonapprentice.com/index.html
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/3726427.stm
(手に職のない人たちに調理の技術を教える職業訓練施設であり、ヌーベル・ブリティッシュなレストランとしても営業。)

外観写真:
http://www.hoxtonapprentice.com/about.html

でもこのPuginはウエストミンスター・パレス(現在の国会議事堂)のA W Pugin(Augustus Welby Northmore Pugin: 1812-1852)ではなく、その息子のE W Pugin(Edward Welby Pugin: 1834-1875)。
http://en.wikipedia.org/wiki/August_Pugin
http://en.wikipedia.org/wiki/E.W._Pugin
http://en.wikipedia.org/wiki/Palace_of_Westminster

なお、ウエストミンスター・パレスは「英国/イングランド/ロンドンの象徴」ですが、今の建物は1834年に火災にあったあとで再建されたもの。そのときの建築家がオーガスタス・ピュージンとチャールズ・バリーですが(時計塔Big Benなどは確かバリーの設計だけど)、ピュージンはフランス革命で英国に亡命したフランス人(建築の図面を描く専門家)の息子です。つまり「移民2世」。最後は狂死したといわれていますが、実は水銀中毒だったそうです。

■書籍(写真集)
London: Portrait of a City
London: Portrait of a City
Photographs by Matthew Weinreb
156 x 136 mm

ロンドンの建築物のディテールの写真&エッセイ集。写真集としては安価で(1500円もしない)小さな本なのだけど、すごい迫力。amazon.co.jpでは今は取り寄せにちょっと時間がかかるようですけど、待って損したと思うことはないと思います。Phaidonだから印刷もすごくきれいだし。
版元のページ:
https://www.phaidon.com/phaidon/displayproduct.asp?id=339
目次:
Foreword
Introduction

Metal
Architectural sculpture
Stone
Balconies
Iron and glass
Roofs and gables
Brick
Windows
Coade stone
Reliefs and friezes
Terracotta
Spires and towers
Ceramics
Domes
Concrete
Arches and doors
Wood
Chimneys
Glass
Street signs
Stucco
Columns and capitals

Further reading
Index

※この記事は

2006年09月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(1) | london basic info | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Open House London
Excerpt: 2009年のOpen Houseの写真の紹介。
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2009-09-21 14:00





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼