kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2006年08月28日

Who Killed the Newspaper? (The Economist)

これはある映画のサントラだが:
The Great Rock 'n' Roll SwindleThe Great Rock 'n' Roll Swindle
販売元 : Amazon.co.jp 音楽
価格 :


>>Seesaa ショッピングで買う


この映画The Great Rock'n'Roll Swindleは、プロジェクト開始時はWho Killed Bambiというタイトルで、TGRRSのサントラの裏ジャケはバンビの死体の写真である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Who_Killed_Bambi%3F
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Great_Rock_and_Roll_Swindle

・・・なんてことを思い出したのは、下記のアートワークを見たからである。

economist-whokilled.jpg

The Economistの8月24日号、記事は:
Who killed the newspaper?
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=7830218

記事は、1961年のアーサー・ミラーの言葉("A GOOD newspaper, I suppose, is a nation talking to itself")で始まり、その10年後にワシントン・ポストの記者2人の報道がニクソン大統領を辞任に追い込んだころに印刷された新聞のステータスが一気に高まった、というのを導入部に置いている。

続けて、
At their best, newspapers hold governments and companies to account. They usually set the news agenda for the rest of the media.

と、新聞というメディアの負ってきた重要な役割を簡潔にまとめ、その次に接続詞Butでこの記事の本題に入る。
But in the rich world newspapers are now an endangered species.

「豊かな世界では、新聞は絶滅危惧種である」というメタファーを用いた強烈な1文の後には、そのメタファー(絶滅危惧種)についての具体的な説明。
The business of selling words to readers and selling readers to advertisers, which has sustained their role in society, is falling apart.

意味は「読者に言葉を売り、広告主に読者を売るというビジネスは、社会における新聞の役割を支えてきたものであるが、崩壊しつつある」。

非常に久しぶりに、こういうかっちりしたライティングの英文を読んだので、メモをしておきたくなった次第。

記事はこのあともどんどん続いていく。

次のパラグラフでは、ネットの新聞への影響が具体的に述べられる。(なお、Circulation has been falling in America, western Europe, Latin America, Australia and New Zealand for decades (elsewhere, sales are rising). という文で、日本とか韓国が入っていないのが微妙に気になるけど(まさかelsewhereに入ってるってことはないでしょ)そこはとりあえずスルー。)

いわく、Philip Meyerという人の書いた"The Vanishing Newspaper"という本では、アメリカでは2043年に印刷された新聞が終焉を迎えるとしている。このような予測にはビーヴァーブルック(第一次大戦時の英メディア王で後に情報相)やハーストのようなメディア王は苛立たしげに咳払いをするかもしれないが、どんなにシニカルなメディア王であっても、若い世代ではネットでニュースを見ることがますます増えているということは無視できないだろう。

この箇所の英文、受験勉強にも向いています(いくつかの単語はレベル高すぎるかもしれないけど、文脈から類推できる範囲。harrumphは実際に試験に出たら語注がつくだろうという語)。引用:
That sort of extrapolation would have produced a harrumph from a Beaverbrook or a Hearst, but even the most cynical news baron could not dismiss the way that ever more young people are getting their news online.

「受験英語」的にいえば、a Beaverbrook or a Hearstの冠詞のaと、仮定法がポイント。

小見出しが入って次のパラグラフでは、読者が離れていくだけではなく広告も、ということの説明。具体的には、ネット広告の方が効率よくお客さんをゲットできるから、という話。とりわけクラシファイド広告は紙面からネットへの移動が速い。当世のビーヴァーブルックたるマードックは(<え、この人政界入りすんの?笑)かつてクラシファイド広告をメディア産業の「黄金の川」であると述べたが、昨年には「川というものはときには干上がる」と述べている。スイスやオランダでは、新聞のクラシファイド広告の半分がネットに行ってしまっている。

次のパラグラフは、少し話が変わって、現状の説明。新聞がつぶれたという大きな話はまだ出ていないが、そうなるのも時間の問題である、というのがパラグラフの最初で、あとは説明。

この先数十年で、豊かな世界の一般紙の半分が終焉を迎えるかもしれない(助動詞のmay)。新聞社の雇用はすでに減り始めていて、例えばアメリカのNewspaper Associationによれば、1990年から2004年の間に新聞業界の雇用は18パーセント下落している。株価も思わしくない。2005年にはナイト・リッダーの株主の一団が、同社に新聞を売却させた。今年は投資銀行のモルガン・スタンレーがNYTの株価が半値にまで下がったことでNYT社を厳しく非難した。・・・とエコノミストには書かれているのだけど(誤読してないよね?)、ナイト・リッダーってそうでしたっけ? 
http://en.wikipedia.org/wiki/Knight_Ridder

そして次のパラが強烈。書き出しが「何年にもわたって現実を無視してきた新聞だが、ついに行動を起こしつつある(原文はHaving ignored reality for years, newspapers are at last doing something)」。この完了分詞構文の使い方、くはー。文の内容と文のスタイルとがすばらしくマッチしている。

あとは説明。経費削減のために取材費を削っている、とか、若い読者を獲得するためにエンタメやライフスタイルなどを取り上げるようにしている、とか。(しかし「国際情勢や政治からエンタメやライフスタイルに」って、若い層もバカにされたもんだね。国際情勢や政治はエンタメである、というのは英国のオハコのはずなのに。)

また、オンライン、オフライン双方で新しいビジネスを作ろうとしており、無料の日刊紙への投資もしている。しかし先行きは厳しい。

・・・というのが全体のトーンです。個人的にはこの記事は好きじゃない。でもライティングとしてはお手本にできると思う。このくらいに、これでもかこれでもかとマイナス材料だけを並べ立てて、全体のトーンを作る。(そのためにゆがめられていることもある。)で、それもひとつの書き方、ということで。

結論としては、「新聞が衰えたとしても、政治家や企業がやりたい放題でうはうはということになるだろうか? 否。なぜなら・・・」というあたり。

それをまとめているのが次の箇所。
But the decline of newspapers will not be as harmful to society as some fear. Democracy, remember, has already survived the huge television-led decline in circulation since the 1950s. It has survived as readers have shunned papers and papers have shunned what was in stuffier times thought of as serious news. And it will surely survive the decline to come.

まるで「板垣死すとも自由は死せず」のごとく、「新聞死すともデモクラシーは死せず」。

でも、新聞を殺すのが「広告」とか「株主の意向」だとしたら、その「デモクラシー」ってのは何かな、という気もするんだよね。というか、ここで「デモクラシー」とか「社会」と呼んでいるものは何なのかということが根本にあるし。

一方で、記事の最後:
In future, argues Carnegie, some high-quality journalism will also be backed by non-profit organisations. Already, a few respected news organisations sustain themselves that way―including the Guardian, the Christian Science Monitor and National Public Radio. An elite group of serious newspapers available everywhere online, independent journalism backed by charities, thousands of fired-up bloggers and well-informed citizen journalists: there is every sign that Arthur Miller's national conversation will be louder than ever.


ガーディアンやCSMが非営利組織にバックアップされていると書かれていますが、ガーディアンには1930年代の社主が設立したスコット・トラストという非営利組織があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Guardian#Ownership
http://en.wikipedia.org/wiki/Scott_Trust

あと、「市民」ジャーナリズム(ブログなど)についてもちょっと触れられていますが、ええっと、Dellのノートパソコンが爆発したのを市民ジャーナリズムが伝えて、Dellがバッテリーのリコールをした、とかいうのは「市民が企業のやりたい放題を押さえた」というのとは違うだろー!とあたしゃ言いたいよ。(そういうのはデモクラシーだ何だという以前の話じゃん?)

■単語などのメモ:
the rich world 「先進国」をこう表現している。
extrapolation
harrumph
meagre (= meager)
the Fourth Estate
chasten

■記事中のURLで覚えておきたいもの:
http://newassignment.wordpress.com/

※この記事は

2006年08月28日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:17 | Comment(1) | TrackBack(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シーサーは事務局に申請すれば画像の容量を増やしてもらえるらしいです。
Posted by はなゆー at 2006年08月30日 10:57

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼