kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年05月13日

英国のministerは「大臣」というより「閣外大臣」。

Ministers: Experts or pawns?
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/4753317.stm

これはおもしろい記事。ministerが何をしているか、ということがわかりやすくまとめられています。

ところで、英国でministerといえば、「大臣」ではなく、「閣外大臣」です。(Prime Minister「総理大臣」を除く。)

ministerで「大臣」の場合もないわけではないのですが、英国の制度では「大臣」はほとんどがSecretary of Stateで、Secretaryがいる省のministerは「閣外大臣」です。Secretaryは「閣僚(内閣のメンバー)」ですが、ministerはそうではありません。

つまり、たとえば:
Secretary of State for Defence, Defence Secretary=国防大臣
Defence minister=国防閣外大臣

翻訳作業で広く使われている『リーダーズ』辞書では、ministerのところには「大臣」としかなく、別項目でminister of stateが立てられていて、ちょっと見つけづらいんですが。

minister-dic.jpg

※リーダーズの定義では「副大臣」。この定義の元になった資料が、日本で「副大臣」が導入される前のものかもしれないのですが、日本の副大臣とはちょっと違うらしく、「副大臣」という用語は使わない方が無難なようです。(ソース忘れました。2〜3年位前に調べたことがある。)

この「閣外大臣」について、いくつか説明的な資料を。

英国大使館の説明より:
各省庁は、閣議に出席しうる閣内大臣(多くの場合、Secretary of State 例外として例えば、大蔵省ではChancellor of the Exchequer)が 1名と、複数の担当別の閣外大臣 (Minister of State) 、さらに、政務次官 (Parliamentary Under Secretaries of State または Parliamentary Secretary) によって構成されています。


・・・Ministerもいろいろ、Secretaryもいろいろ、会社もいろいろ、人生いろいろ。

詳細は愛知学院大学法学部の梅川正美教授(政治学)のサイト、umekawa.netで。(「連合王国」→「内閣の機構」と進むと、「(1)大臣Ministersの定義 1」、「(2)大臣Ministersの定義 2」、「(3)大臣Ministersの概念図」……とあります。概念図が必要なくらいのややこしさです。)

※この記事は

2006年05月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/basic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼