kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年08月09日

ロンドンからのお土産

ロンドンから日本に里帰りしている友人が、うちらのためにいろいろと印刷物を持ってきてくれた。それらの印刷物のなかには私にとっての「お宝画像 (from Highbury、推して知るべし)」とか、TfL(ロンドン交通)の広告キャンペーンのものとか、ほんとにいろいろあってたいへんに嬉しいのだが(紙は重いのに、ありがとね)、下記はその一部。

PAL

↑これは下の(「続きを読む」で表示される)写真の1枚の部分拡大。部屋が暗かった上にマクロ撮影ではフラッシュがオンにならないので、手ぶれしてますが。。。

上の赤い写真は、↓この写真の右下、End Israeli Attack ...の部分拡大(接写)です。

Placards from London

↓サムネイルをクリックすると、横幅500ピクセルの画像が表示されます(@flickr)。その画面で、写真の上についてるAll Sizesのアイコンをクリックすると、さらに大きな画像が出てきます。

END ATTACK BLAIR MUST


あと、集合写真のコントラストをちょっとさわってトリミングしてみたもの。

PALESTINE LEBANON Iran Iraq Syria - Not one more drop

これら4枚は、Stop the War Coalitionのプラカードです。
http://www.stopwar.org.uk/

Not one more dropというスローガンとこのビジュアルとの組み合わせというか、dropが「爆弾を落とす」と「血の1滴」の両義であることを視覚化した強さというか、そういうのが印象的なわけですが、それと同時に、PALESTINE, LEBANON, Iran, Iraq, Syriaというつながりを、STWCは明確にメッセージとして訴えているということ、これがね、やはり。そして、彼らがそれをスローガンとして訴えるということは、そのつながりは、人々に対しては説明不要なほど自明のことであるということでもあるわけで。

そういえば、『Syriana』のDVDってもう出てるんでしたっけね。
http://wwws.warnerbros.co.jp/syriana/

なんか3種類ある。。。

シリアナ (UMD Video) 1500円


シリアナ 特別版 3064円(2枚組、メイキング、インタビューなど映像特典つき)


シリアナ 2304円

「特別版」の特典に原作のロバート・ベアのインタビューか何かが入ってるといいんですけど、なさげ。ジョージ・クルーニーとマット・デイモンのインタビューはあります。あとは未公開シーンとか「今ある世界を見つめて」・・・ははは、この「今」って定義が必要だよね、現実がほんとにSyrianaの方向に動いてるから。ほんとは笑えないんだけど、笑える。

・・・というわけで、実はものすごい夏バテをしています。今年は5月からずっと湿度が高いので、もう限界はとうに超えているんで。よって省力化運営。下書きフォルダに入れてあるものは、適当にそのうちにアップします。

そうそう、アメリカのカトリックの方が、8月6日に合わせたブログのエントリで、私の写真を使ってくださいました。私の写真っつっても、ぶらぶら散歩してて、ふと非核都市宣言を見かけたので、というものですが。

なお、私のflickrの写真は、ほとんどすべてがCreative Commonsのライセンスですので(非商用ならどうとでも使ってください、ってライセンス)、上のほうのプラカードの写真とかも、非商用なら転載・転用などご自由にどうぞ。問い合わせ不要です。リンク報告はいただけると嬉しいんですが、flickrアカウントをお持ちの方はできる限りflickrのほうにお願いします(日本語でも英語でも)。



※この記事は

2006年08月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 01:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | flickr | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼