kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年07月31日

"The IRA regrets the suffering of all the families whose loved ones were killed and buried by the IRA."

1つ前の記事で、北アイルランドについて「peace before justiceではあっても、peace without justiceではなかったはず」と書いたのだけれど、その関連。

ナショナリスト/リパブリカン側(おもにIRA)も、ユニオニスト/ロイヤリスト側(UDA、UVFなど)も、彼らの動機が政治的なものであったということから、その罪を法的にあがなわなくてもよいことになっている。それがグッドフライデー合意だ。せいぜいが、「あの時はあなたの家族を殺して申し訳ないことをしたと思っている」と言うだけ。

最も近いところではこれか。
IRA insists victim was informer(←この見出しも意図がありすぎだが)
Last Updated: Saturday, 8 July 2006, 15:23 GMT 16:23 UK
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/5160966.stm

1972年12月、ナショナリストのエリアに住む10人の子の母親が行方不明になった。彼女は夫を亡くし、女手ひとつで、育ち盛りの子供たちの面倒を見ていた。子供たちは突然母親を失った。そのエリアを実効支配していたIRAは、「彼女は英軍兵士と駆け落ちした」との説をばらまいた。

しかし実際には、そのIRAが彼女を拉致し、拷問し、殺し、埋めていた。彼女が拉致されたのは、IRAとの戦闘で重い傷を負った英軍兵士を手当てしていたかららしい。つまりIRAは、彼女のことを、英軍への情報提供者であると決め付けていたわけだ。

その背景には、この女性が元々はプロテスタントだったことも影響している。The Troublesと呼ばれる紛争が始まる5年ほど前、彼女はカトリックと結婚したときにカトリックに改宗していた。

つまり、彼女が結婚してから5年ほどあとに激化したセクタリアンな対立と暴力の中で、彼女の「出自」が疑惑を呼んだ、ということだ。

彼女の遺体は、失踪から30年以上経った2003年9月に、やっと発見された。(この女性について、詳しくはこちらなど。)

彼女のような形で失踪し、殺され、埋められたのは彼女だけではない。BBCによると9人だという。彼らはthe Disappearedと大文字で呼ばれている。日本語にすればさしずめ「特定失踪者」だろう。

で、今年の7月に、IRAが、そのような形で拉致し、殺し、埋めた人々について、その遺体の扱いが「間違っていた」と、シン・フェイン(IRAの政治部門)のトップが述べた、というのが、次のBBC記事だ。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/5170594.stm

ジェリー・アダムズがそう述べる数日前、8日(土)に、IRAの声明(P O'Neil署名)が出されている。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/northern_ireland/5160966.stm

そこにはこんなふうにある。
"The IRA regrets the suffering of all the families whose loved ones were killed and buried by the IRA."


IRAの「ご家族を殺してしまい、申し訳ないことをしたと思っている」という「後悔」声明の基本の形は、"The IRA regrets the suffering of all the families whose loved ones were killed by the IRA."である。(regretであってsorryではないことに注意。)

この基本の形に付け加えられたand buriedの2語によって、全体がいかに陰惨さを増していることか。

で、問題は、この陰惨さが人々の眉をひそめさせることはあっても、法的には特に何ということでもない、ということだ。

北アイルランドにおいて、「犠牲者」を名乗るのは、多くが「リパブリカンの暴力の犠牲となったプロテスタント」たちだ。彼らの運営する情報サイトなどを見ると、「私たちはヒズボラのロケットで被害を受けている」と絶叫するイスラエルとそっくりの論法なのだが(ついでに言えば「メディアはいつもハマスやヒズボラの味方だ」と言い募るさまは、「労働党政権はいつもシン・フェインの味方だ」と言い募るさまに似ている)、実際にはプロテスタントは常に被害者であったわけではない。IRAが無差別爆弾テロを行なったように、UDAも無差別爆弾テロを行い(<映画『プルートで朝食を』にも出てきてた)、IRAもUDA(またその他のパラミリタリー)も等しく、拉致・誘拐、狙撃、暗殺、監禁、拷問などを行なってきた。

そういったことが、「過去を過去にする」ために、水に流されるばかりか、そのperpetratorたちが機能するシステムの一部となることが前提されている。

繰り返すけど、IRAだけじゃない。UDAもUVFも、あるいはもっと大きなものを背後に背負った英軍や英諜報機関、そして警察も、すべてが当事者であった、それがthe Troublesだ。

それを、本当に終わらせるために、どういうことが行なわれ、語られるのか。うちら、それをリアルタイムで見ている。

※この記事は

2006年07月31日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 14:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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