kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2006年07月17日

『トリストラム・シャンディ』復刊〜〜〜!

「電脳空間のローレンス・スターン」さんで知ったのだけど、品切れが続いていた岩波文庫の『トリストラム・シャンディ』が、今月重版されてます。やったーー。

amazon.co.jpで『トリストラム・シャンディ』を→うへぇ、発送にめちゃめちゃ時間かかるぅ。確実に買うなら神田へGOかしら。。。

さらに、岩波さんのリストを見たら、イヴリン・ウォーのThe Rise and Fall of Paul Pennyfeather(富山太佳夫訳)も重版じゃないっすか! やったーーー。って富山訳の『大転落』は持ってるんだけども。→amazon.co.jpで 『大転落』を見てみる。

桑原武夫訳編の『ディドロ ダランベール編 百科全書』なんてのもあるし、『ベーコン随想集』『キプリング短篇集』もある。モリエールの『いやいやながら医者にされ』もある。

うはー。これらが品切れだったっつーのが何とも。。。

1つ前の記事で、映画『プルートで朝食を』について、ヴォルテールの『カンディード』だと書いたんですが、『トリストラム・・・』や『大転落』にも似てるんですよ。

『トリストラム・・・』(朱牟田夏雄訳)より:
http://www.gifu-u.ac.jp/~masaru/soseki/shumuta.htm#gravity
時としてこの男は独特のはげしい口調で、糞まじめな奴はとんでもない大悪党だ、と言いました。――それも、狡猾なだけに実に油断のならぬ悪党なんだ、とつけ加えました。――こういう手合にだまされて金品をまき上げられる正直な善意の人々の数は、一年間で、すりや万引きにやられる人数の七年分よりも大いにちがいない、ともいいました。陽気な心の持主がむき出しに本性を見せるのには、何も危険はない――彼はよく言いました――あるとすれば自分自身への危険だけだ。――そこへゆくと糞まじめの本質は陰謀だ、したがって偽りだ、――自分が持ちもしない分別や知識を、持っているかのように世間に信じこまそうとする、手のこんだトリックだ、――ずいぶん前にあるフランスの智恵者が、糞まじめを定義して「頭の欠陥をおおわんために見せる玄妙不可思議な身のかまえ」といったが、ずいぶんもったいぶってこしらえてはいても、実際、この定義以上ではない、いや、時には以下でさえある、――そういってはなはだ軽率にもヨリックは、この糞まじめの定義は金の文字で大書しておく値打がある、などというのでした。


あと、サラ・ウォーターズのTipping the Velvetにもちょっと似てるんだけど、これはちょっと別系統(トランスセクシュアルの大河ロマン、というべきか)で。

ところで『トリストラム・シャンディ』をマイケル・ウィンターボトムが映画化したA Cock and Bull Storyは日本で公開されるんでしょーか。主演がスティーヴ・クーガンで、『トリストラム・・・』はウィンターボトム+クーガンの24 Hour Party Peopleの作りの元ネタだと私は思ってるんで(あのトニ・ウィルソンはほんとにイヤミでイヤな奴だったな)、この映画も見たいんですけど。

※この記事は

2006年07月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼