kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年01月23日

ポターズ・バー鉄道事故、the wrong kind of snow, そして「二重被爆者」――バラエティ・クイズ番組QIで何が語られ何が笑われていたか

回答者が「ボケ」ながら回答し、回答は「トーク」で番組を進めるという形式の「クイズ番組」は日本にもある。番組視聴者が見たいのは「クイズ」よりむしろ、回答者の「ボケ」交じりのトーク、というもの。

ここ数年ろくにテレビ見てないのでよくわからないのだけど、例としては『行列のできる法律相談所』かなあ。番組スタート時は実例をドラマ仕立てにした「法律相談クイズ」の番組だったのだが、しばらくしたら完全に「キャラの濃い弁護士」と「芸人」の絡みが楽しめる「バラエティ番組」になって、今では――自宅では見ないのだが親戚の家で見た……のは一昨年になるので、「今」じゃないかも――完全に、法律相談そっちのけで、司会者と弁護士と「回答者」のはずのお笑い芸人のやり取りがメインのトーク番組になっている。所ジョージとビートたけしが司会の『世界まる見え』で部分的に「クイズ」があるところもそんな感じだ。

こういうタイプの番組では、「クイズ」と「トーク」はかなりはっきりと分離されている。ゲストのお笑い芸人は「クイズ」の内容を発展させて「トーク」するスキルが求められる。「トーク」でウケるのが「クイズ」の内容と関係なくても構わない。

で、唐突だが、英BBCの「QI」だ。BBC 2(古くは『モンティ・パイソン』でお馴染み!)で金曜日夜10時からやってる30分番組で、かのスティーヴン・フライが司会を務める「コメディ・クイズ番組」……今思いついたが、日本流(米国流、かも)にいえば「バラエティ・クイズショー」だろう。それが今日本で「話題」になっている。
http://www.bbc.co.uk/comedy/qi/welcome.shtml

これについて、昨日からTwitterであれこれ書いてきたのだが、断片の集積じゃなく書いておくべきと思ったので、こっちにもね。

最初に明示しておく。私は今回「話題」になっている「QI」のセグメントについて、実は個人的には非常に不快に感じている。ツイッターではそれが伝わっていない可能性が高いから明示しておく。(個人的に不快だろうとなかろうと、そこで語られていることの観察と報告には影響しない。)

しかしその「不快」は、私がこの手の「バラエティ・クイズショー」という形式全般に抱いている嫌悪感に根ざしている部分が大きい。ウケを狙ってわざとボケる回答者、編集で付け加えられる「観客の笑い声」(日本だと今主流なのは「笑い声」じゃなくて「えーっ、へー、という驚きの声」かな。それも判で押したようにどの番組でも若い女性の声)――そういったフォーマットを、私は嫌っている。(ただしもっと嫌いなのは『笑っていいとも』などでの「観客全員が指示に応じて『そうですね』などと言う」という白痴じみた様式である。)

形式への嫌悪ということは別として、「観客の笑い声」を付け加えるような場で「原爆被害」、「被爆」という問題を取り上げられたことについても、不快なことは不快だ。だが「私が不快だからお前はそれをするな」とかいうのを見せられるのはもっと不快だし、「私たち」が主語になって「私たちが不快だから、お前は謝罪しろ」とかいうのは、許容範囲を超えている。そして今回起きているのは、それだ。何しろ外務省まで出てきたんだから。

しかし、そのような不快さとは別に、司会者のスティーヴン・フライの見事な番組さばきと、この人の、単に「人として」の、「うわあ、すごいなあ」という感嘆の素直な示し方には感心した。(それでも、あの「観客の笑い声」を付け加えるような下劣なバラエティ番組のフォーマットは、現在のテレビ番組の中で最低の部類という認識は変わらない。とっとと滅びればいいのに。)

で、普通に見て、この番組に悪意(誰かをバカにしようとか、貶めようといったもの)は感じられない。無知はある。

その無知は非常に苛立たしいもの、不快な類のものだが、英国人のそういう無知は、私にとって、「自分と同じ日本人」のそういう無知ほど苛立たしくも不快でもない。「外部」の話だから。

実は、最初は「どうせ『またBBCか』というような話題でしょ」、「ナショナリスティックな煽動がされてるだけでしょ」と無視を決め込んでいたのだが(そんなことよりチュニジアがおもしろくて……)、土曜日にTwitterでTLの半分がこの話題という状態になったので少し見てみた。その結果、自分であれこれ書いたりしたのと、フォローしてたユーザーさんのツイート、他のユーザーさんのRT経由で読んだりフォローしたりするようになったユーザーさんのツイート(つまり、自分のTLに表示されていたもの)を中心に、Togetterでまとめたのが下記である。

BBCの『コメディ』番組(日本でいえば『クイズ形式のトーク番組』)で二重被爆者が取り上げられた件について。(番組内容書き起こしあり)
http://togetter.com/li/92002


「解釈論」を抜きにして、そこで何が語られていたかについて、要点だけ:
……スティーブンたちは「原爆投下されても電車が動いてるなんてすごい!」「英国鉄道だったらあり得ない」とイギリスをこき下ろしているんです。被爆者はこれっぽっちも馬鹿にしていません。
http://twitter.com/mizukawaseiwa/status/28746939730235392

……二重被爆した山口彊さんのご遺族が、「父の体験を軽視された」と怒っていらっしゃる日本語記事を見たので、そうではないのですと、強く言いたいです。
http://twitter.com/mizukawaseiwa/status/28747508683382784

そして日本各紙は番組が山口さんを「世界一不運な男」とからかったと書いていますが、記者たちは放送で交わされてるやりとりのニュアンスが聴き取れているのか疑問に思います。「二度も被爆しながら93歳まで生きた山口さんは、もしかして幸運だったのだろうか?」と言っているので。
http://twitter.com/mizukawaseiwa/status/28748250152435712

私が見た感じでは、山口さんが無事に生きたことを、むしろ祝うような、ポジティブな話だと思ったのですが……
http://twitter.com/ginkokobayashi/status/28751069274181632

番組クリップを見る限り、全体の雰囲気は、むしろ「山口さんって、すごい」「日本ってすごい(原爆投下の後、すぐ電車が走っていた」という賞賛+自分の国を笑う・・・という雰囲気が一杯だった気がする。……
http://twitter.com/ginkokobayashi/status/28754850355351552

……編集でかぶせられてる「観客の笑い声」は極めて不快だが、司会者は、原爆投下や被爆者の方々、山口さんを軽んじる発言はしていないし、回答者の表情も最初は「まさかそんなことが oh my god」という感じだし。
http://twitter.com/nofrills/status/28696529980104706

司会者(スティーヴン・フライ)が「原爆投下の翌日に電車が動いていて、山口さんが広島から長崎に移動した」という事実に強い印象を受けていることは明らかで、ひょっとしたらその点で「おいおい、そこかよ」という不快感を覚える人はいるかもしれない。
http://twitter.com/nofrills/status/28697015630168064

終盤で、回答者の1人が、それまでの流れ(原爆、大規模な被害、放射線、水は飲めるのかという問題、動いていた電車、など)を受けて、「車内アナウンス」を真似てちょっとオフザケをかましているが、それは原爆被害を笑い物にしているのではないし、山口さん個人とは既に遠く離れている。
http://twitter.com/nofrills/status/28697853283016704


「何がどう語られていたか」については、Togetterよりも、@mizukawaseiwa さんのブログの「全編書き起こし&対訳」を見ていただきたい。

BBC「QI」の出演者たちは実際に何を言っているのか? これが「被爆を嘲笑」?
http://blog.goo.ne.jp/mithrandir9/e/5d8249376ac2592288a873dcbf11e412


動画(BBCがYTにアップしているもの):


出演者は、画面向かって左から(カッコ内は@mizukawaseiwaさんの言葉を拝借):
Bill Bailey……一番左の赤いシャツ(髪の毛落ち武者状態)
Alan Davies……左から2番目の明るい青色のシャツ(髪の毛くるくる)
Stephen Fry……司会者、中央。赤いシャツ
Rich Hall……司会者のすぐ右、群青色のシャツ(渋いアメリカ人)
Rob Brydon……一番右、黄色いシャツ(アゴが長い)

で、また「個人的に」で恐縮だが、私はアラン・デイヴィスが好きではない。好きな方は、ご自身で@mizukawaseiwaさんのブログをご覧いただきたい。

導入部。「さて、次の問題は、the unluckiest man in the worldについてのものです。しかし見方によっては、この人はluckyとも言えるかもしれません。彼に一体何があったのか……男性の名前はツトム・ヤマグチ。さて、どこの人でしょう……」といった言葉のやりとり(逐語的な「翻訳」ではありません)

0:55あたりのやり取り:
SF: Japan! Now think of a place in Japan that starts with H.
(そう、日本! では、日本で「H」で始まる場所と言えば?)

AD: Hiroshima.

(誰かがフレーム外で「Hokkaido」と)。

SF: Hiroshima. Right.
(広島。正解)

"Hiroshima" と言う声は複数あって、遠くで "Hokkaido" という声もする。いずれにせよ、「広島」は認識されている。「広島」をこういうふうに認識させたのは、被爆地の先人たちの努力だ。

このあと、アラン・デイヴィスが「広島」から思いついた「この男性がunluckyでluckyである理由」を言う。1:05のあたり。
AD: A bomb landed on him and it bounced off.
(爆弾がその人の上に落ちて、ポーンって跳ねたとか)

(会場笑い)

ここは、私は非常に不快だった。特にかぶせられた「会場の笑い」の音声が。デイヴィスが「へらへらしている」のも、今見て気に障る。

しかしこの「失言」の直後、司会のスティーヴン・フライが非常に厳粛な面持ちと声で、この軽口を制した。1:09:
SF: He was in Hiroshima on business when the bomb went off. He was badly burnt.
(この人は原爆が爆発したときに商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ)

この後も、デイヴィス(へらへらしながら、ふんぞり返っている)の軽口は続く。この人はこういうキャラなのだろう。

ここで、スタジオの背景の映像が変わる。"Unlucky" をテーマにしたイラスト(ハシゴの下、13日の金曜日、など……この日のこの番組のテーマが「世界びっくり仰天、不運な人たち」だったのだろう)から、「きのこ雲+山口さんの顔写真(合掌)+きのこ雲」というものに。1:21くらい。

原爆(や水爆)のきのこ雲について、「連合国」側の核保有国のアホどもが無邪気に「かっけー」と騒ぐ、などということは、こちとら慣れっこである。いやな気分はするが、「あんな風に扱うなんて信じられない」というほど、世間知らずではない。英語で「世界」に接するということは、こういう体験も含むのだ。こちらが「悲惨さ」を訴えるつもりで出した画像が「かっけー」と言われる(ヴァーチャル空間の)現場にいること。(「ひどいこと、不法なこと」を訴えるつもりの画像が「グロ画像」とか「精神的ブラクラ」とか「こんなのを見せるな」と言われたことのほうが、私はこたえたけどね。)

なので、ここでその可能性も考えてちょっと身構えたのだが、ここにいるのはいいトシのおっさんたちであり、きのこ雲を見て「かっけー」と騒ぐようなアホでもない。

広島の雲と長崎の雲と、両方で被爆した男性を並べた画像、というものは、「視覚的にわかりやすい」ことは確かだね。ただし、非常に悪趣味だ。配慮なんてものはカケラもない(そんなものをBBCに期待できると思ってるほうが甘い、というのは、私に「免疫」があるからかもしれんが)。

でも「悪趣味であること」は、それはもちろん嫌悪や個人の批判の対象にはなるんだけども、「一国の大使館からの抗議」の対象になっていいことか。

この「問題」、基本的にはそこだと私は思う。

続き。ここでスティーヴン・フライは、山口さんが広島で被爆した翌日、列車に乗って長崎に行ったということを、左を向いて(つまりベイリーとデイヴィスの方を向いて)「原爆が投下されても、電車が動いていた」ということを強調しつつ、説明する。1:25のあたりだ。

ここで、私がちょっと頭に来たのは、どこにも「笑う」ところがないのに、おそらく間を持たせたいのであろう、「観客の笑い声」がかぶせられてることだ。(このスタジオ、観客いないよね……いたとしても、カメラにはうつらない。)それは、スティーヴン・フライの真面目で力強い声の調子とも合っていないし、話の内容とも合っていない。

その笑いのタイミングをメモると:
SF: The next day, he got on a train, bizarrely, which shows you even though the bomb fell, the trains were working (少し笑い), so he got on a train to Nagasaki (さっきより大きめの笑い), and the bomb fell again. (「オー、ノー」調の大きな笑い)

(次の日、彼は電車に乗って、ということは驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ電車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ)

「またBBCか」と「BBCやっちまったな」のダブル効果でお口くちゅくちゅモンダミンだ。

しかしこの後、扱いが急に変わる。スティーヴン・フライが非常に真面目に、一息に、山口さんについて説明する部分では、「観客の笑い」は入っていない。ビデオでは1:35くらいからだ。
SF: He was celebrated, he was treated as sort of a hero, but only in his 90s he was officially recognized as the man who was bombed twice. He claims that there are over a hundred people he met who also had a similar experience, and he had a network of friends. He was a cheerful fellow.

(彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われて、でも二度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは90代になってからだった。自分と同じような経験をした100人以上もの人に会っていると言い、たくさんの友人がいたんだそうだ。とても陽気な人だったんだよ)

山口さんが「二重被爆」と認められたのは、被爆後60年も経ってからだった、ということもちゃんと説明されている。そして、そのようなつらい経験をしながら、明るさを失わない人だった、ということも。

ここで「(日本の)政府は何をやってたんだ」という(芸としての)ツッコミが入っててもおかしくない。

この部分では、回答者4人とも「うはあ」という表情で、単に感嘆している。アップになるビル・ベイリーは明らかに、「何と言ったらよいのか、わからない」という表情だ。

このあとはしばらく、司会者から投げられた「話題」の周囲を、回答者(お笑い芸人)がぐるぐる回っている状態。そのやり取り:
BB: Well, he lived to 93, so his life was not ... you know, curtailed.
(でも93歳まで生きたんだから、この人の人生は……そのつまり、短く断たれたわけじゃなくて)

SF: No, but the thing is....
(そう。でも、つまりね……)

RB: It's you know, is the glass half empty or half full? Either way, it's radio active.
(要はあれだね、杯は半分空だというか半分入ってるというかで。でもどちらにしても、放射能を帯びてるわけだ)

(会場笑い)

RB:So don't drink it.
(だから、飲んじゃダメだよ、と)

私はこれは「悪ふざけが過ぎる」と思ったし、受け付けなかった。half empty or half fullというのは、「水がコップに半分」の状態をどうとらえるかで、悲観主義者か楽観主義者かを語る、という、英語圏の定番(クリシェ)だが、それをもじった遊びであることはわかっていても、「水をください」と言いながら亡くなった数十万の人々のことを知っているから、受け付けない。

だが、「受け付けないギャグ」などいくらでもある。(例えば、とんねるずの石橋と、ネプチューンのほりなんとかだけはずっと前からどうしてもダメだ。クスリとも笑えない。次長・課長の河本は、ほかのはいいんだけど「タンメン」だけは我慢できない。そんな感じで。)

無知な奴の無知ゆえのギャグだって同じだ。いくらでもある。

不快に思った個人が抗議したければすればいい。

ここで2:20くらい。ここで司会のスティーヴン・フライが、また「電車が動いていた」話をする。「原爆投下直後に電車動いてたなんて、びっくりだよね。だってこの国だったら……」と。

これはおそらく、話の接ぎ穂を見失った4人の回答者たち(の誰か)に「ネタのお時間ですよ」と水を向けているのだろう。

ここまでで語られた、「山口さんの数奇な運命」のショックを、どこかに回収しないと……お笑い番組は、あとをひきずらせてはならない。「ははは」と笑って、気持ちよくフロでも入って寝るための番組だ。

クリップの2:30でデイヴィス(明るい青のシャツ)はこれを引き取って "Keep calm and carry on." と言い、へらへらしている。

これは、元々は第二次大戦中の英国のスローガン(仮案だったらしい)だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Keep_Calm_and_Carry_On
Keep Calm and Carry On was a poster produced by the British government in 1939 during the beginning of World War II, intended to raise the morale of the British public under the threat of impending invasion. It was little known and never used. The poster was rediscovered in 2000 and has been re-issued by a number of private sector companies, and used as the decorative theme for a range of other products.

Keep Calm and Carry On とは、1939年、英国政府によって製作されたポスターである。その目的は、差し迫っていた(ドイツによる)侵略の脅威のもとに置かれていた英国の一般市民のモラールを高めることにあった。これはほとんど知られることもなく、一度も使われなかった。ポスターは2000年に発見され、それからいくつもの私営企業によって複製され、各種の製品のため、飾り物として(=政治的スローガンとしてではなく)用いられた。

なぜ私がこんなものを知ってるかというと、Twitterでフォローしている英国人のひとりが、これをアバターにしていたからだ。

そして、ここからスタジオの話題は「原爆」からは完全に離れ、「英国ネタ」に走り、そして悪趣味な悪ふざけが炸裂する。私は最初きいたときは聞き取れなくて、次は「ええ、まさか……」と思った。

クリップで2:30くらいである。

残り30秒は、さっき静まり返っていた分を取り戻そうとばかりにどかんどかんと笑いを取っているが(というか、編集で加えられた「観客の笑い声」がすごいうるさい)、ここは「芸人の持ちネタ」の時間だ。「クイズ」は忘れて、テレビの前の皆さんを大笑いさせる時間。

ここで、背景の画像をさっきの「不運詰め合わせ」のようなものに戻していてくれればよかったのに。

しかし現実には、BBCにそこまで細かな気配りは期待できない。背景に「キノコ雲+山口さん(合掌)+キノコ雲」の映像が出たまま、悪趣味で不謹慎な「ネタ」の始まりだ。

「日本では原爆投下の翌日も電車動いてたってのに、英国の鉄道はね、枯葉が何枚か線路に落ちたら、もう運行しない」と、一番左の席のベイリーが言う。

このあとは彼の「ネタ」のお時間だ。スティーヴン・フライも爆笑しているし、「客の笑い声」もすごいことになってる。テンションもハンパない。

しかしこれは――繰り返しになるが――「原爆」とはまったく関係ない。

ここで笑われているのは、「英国の鉄道はすぐに止まる」という「ネタ」だ。定番のネタだ。「東京の朝のラッシュは殺人的だね」というのと同じくらいの定番だ。

1996年、それまでの英国鉄(British Rail)は分割・民営化された。それも日本のJRとは違い……という話は拙著に書いたのでそっちを見ていただきたい(図書館で検索して下さい)。

民営化後の2000年、「ミレニアム」祭りの2月から3月にかけて私はロンドンにいたのであるが、しょっちゅう電車の遅延が発生していて、1990年代の「イタリアは鉄道ダイヤは当てになんないけど、イギリスはまあ大丈夫だよ」的な「旅行者情報」が遠い昔の話のようになっていた。

その理由が、分割民営化の仕切りの悪さというか、線路など設備の保守・点検について、どこがどうやる、ということがばしっとしていなかったことだ、というあまりにお粗末なことにあるのだという報道が、「ミレニアム」祭りのニュースや、北アイルランド和平の進展(というか膠着)のニュース、テレビのデジタル化の話題とともに伝えられていた。

そういう中、当局から遅延の理由としてよく言われていたのが、「線路に落ち葉が張り付いて」だった。これはQBK(=急にボールが来たので)に相当する。「落ち葉って、ちょw」、「整備点検、何やってんの」的なものだ。

で、この2000年の英国滞在は私は拙著の取材だったのだが、そのときに人から聞いたのが、"the wrong kind of snow" というマヌケなフレーズだった。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_wrong_type_of_snow
The wrong type of snow is a phrase coined by the British media in 1991 after severe weather caused disruption to many of British Rail's services. People who did not realise that there are different kinds of snow saw the reference as nonsensical; in the United Kingdom, the phrase became a byword for euphemistic and lame excuses.

"the wrong kind of snow" とは、1991年に英メディアで定着したフレーズである。この年は悪天候で、英国鉄のダイヤがおおいに乱れた。雪と一口に言ってもいろいろあるのだということを知らなかった人々は、この言い回しを「イミフメイ」と言った。英国では、このフレーズは、ユーフェミズムと間の抜けた言い訳の意味で用いられるようになった。

その時は単に "the wrong kind of excuse" の意味でそう言うのだ、何かのダジャレだろうと思っていたのだが、実際には1991年に当時の国鉄がダイヤの乱れについて、「厄介なタイプの雪が降ったので」と説明し、それがパブリック・セクターへの攻撃で知られるタブロイド(イヴニング・スタンダード)でバカにされ「間違った種類の雪が降ったので」に変換され、大々的に伝えられたことに由来するのだそうだ。

こういう、何かトラブルがあったときにその責任者が弁解として述べたことが「フレーズ」として一人歩きする、という現象は、わりとどこにでもある。

しかしそれは、その文化圏(といっていいのかな)を超えたところには届かない。

「私は寝てないんだ!」で雪印を連想できるのは、私たちの世代で、当時日本にいた人たちだけだろう。「寝てないんだ」はけっこう長く命を保ってきたと思うが、「安いものばかりを求める消費者が悪い」という失言(ミートホープ)は、当時はインパクトがあったが、類似のひどい話が多すぎて、そんなに何年も経過していないのに、かなりかすんでしまった。そういうふうに「生きた/死んだ」、時事的なフレーズというのは英国にもあって、the wrong kind of snowはその一例である。

ちなみに私は、the wrong kind of snowのことは今日まで忘れていた。最初から、さほどインパクトを感じてなかったのだろう。だいたい、90年代に私がいたときは、天候よりIRAのボム・スケアでダイヤが乱れているのが当たり前で、落ち葉が原因でも人に伝わるころにはもれなくIRAのせいになっていたに違いない。(^^;)

これをもじったのが、ビル・ベイリーだ。クリップで2:38くらいのところ。
BB: Ah, it's the wrong kind of bomb. It's the wrong kind of bomb.
(爆弾の種類がダメなんですよ、爆弾の種類がダメなんです)

「ボム」の話をしているところに、「英国鉄道ダメ」の話題になったので、後者からthe wrong kind of ... というセットフレーズが来て、前者から bomb が来た。

組み合わせるな! 不謹慎な! (爆笑)

ここで司会者から、「大丈夫、みなさん、これはright kind of bombですよ」と水を向けられて、ベイリーが大活躍。
BB: (完全に駅アナウンスを真似して) Yes. The right kind of bomb has landed on the 4.30 from Potters Bar. Please proceed to the nuclear area.
(そう。ポッターズバー駅より4時半到着の列車に、正しい種類の爆弾が落ちました。どうぞ被爆区域にお進みください。)

……これ何度か聞き間違いじゃないよなと確認したんだけど、まちがいなくPotters Barって言ってるんですね。

これは、日本の人は多分ほとんど知らないと思う。当時報道あったけど(新聞に出てた)、8年以上も前の外国の事故現場の地名なんて、殆どの人は記憶してないだろう……。

この地名について、山口さんに番組のことを伝えた人たちは、把握してたんだろうか。

http://en.wikipedia.org/wiki/Potters_Bar_rail_accidents#2002
2002年5月10日、イングランド中部のポターズ・バーという町の駅で列車が脱線した。7人が死亡し、76人が負傷した。翌年公表された報告書によると、原因は、ポイントのメンテナンスが行き届いていなかったことだった。

この事故についてはその後も調査が進められ、金属疲労などの原因があったことも究明されている。

しかしながら、まだ「決着」はついていないのだ、この事故。発生から8年も経過しているというのに。
http://www.bbc.co.uk/search/news/?q=%22potters%20bar%22%20rail


でもBBCのお笑い番組の「ネタ」になる。

日本でこういう大きな脱線があって、会社がぐだぐだな対応をしたとして(←こういうのは実際にあった話だけど)、それについてお笑いの人がこういうふうに「ネタ」としてNHKで扱うことが許容されるか? されないだろう。その会社への批判を目的とした「諷刺」なら許容されるかもしれないが……。

そして、このポターズ・バーの事故を招いたのはぐだぐだな分割民営化だった、ということは英国民の間では共有されている事実で、ここではそれを「ネタ」として笑っている。

しかし……ええと、どなたかのRT経由で知ったのだが、下記のブログさんが最初にこの番組を見て「問題」を指摘なさったようだ。ブログ主さんは「イギリスの大学院に留学中の50歳代後半の男性です。現在3年目」(サイドバーより)。ということは、2002年のポターズ・バーについてはご存じないかもしれない。

2010年12月19日日曜日
被爆者をコメディー番組で無神経に扱ったBBC
http://playsandbooks.blogspot.com/2010/12/bbc.html

引用:
コメディーなので、言葉の上で、冗談の内容を理解するのが難しいが、面白いとしているのは、山口さんが広島と長崎の両方で原爆に遭うという、途方もない、世界一の不幸者(the unluckiest man in the world)であること。更にそのような二重の不運に遭ったにも関わらず生存でき、93歳まで長生きした、つまり非常に幸運な人(!)かもしれないと言っている。また、広島原爆があった直ぐその後に、長崎まで鉄道で行くことが出来たという当時の日本の鉄道の優秀さを自国の情けない鉄道事情に比較して笑ってもいる。従って、特に悪意のある冗談でも、日本人や被爆者を馬鹿にしているわけでもない。しかし、そもそも原爆という非人道的な大量破壊兵器の犠牲者をこのようなコメディーで取り上げること自体、許し難いことだと思う。


言語芸術(演劇)方面の方だそうだから、明示されていないことをあえて差し出がましく指摘させていただくが、高校生でも知っていることとして「面白い」には2通りある。Interestingとfunnyだ。この両者のバランスが、あらゆる「語り」においては重要になってくる。特にテレビという「わかりやすい」メディアでは。

さて、QIでスティーヴン・フライが山口さんをどう扱っていたか。「面白い」という扱いだとして、funnyとは扱っていない。Interestingだ。Funnyと扱われていたのは、「自国の情けない鉄道事情」である。

そこまではこの方もおわかりだろう。では何が「許しがたい」というのか。それは「非人道的な大量破壊兵器の犠牲者をこのようなコメディーで取り上げること」だそうだ。

「そういうふうに語るな」、「語るならああしろ」と面倒な条件をつけて「語る」ことをある意味タブーにして、何になるのか。

私は子供の頃に「平和教育」を受け、広島・長崎とはご縁がなくても『はだしのゲン』の映画は見たし(石橋れんじのケロイドが怖かった)、レポートか壁新聞みたいなのも作ったりしている。その程度に「高い関心」を持っていたが、それでも、被爆後ずっと何年も経過しても、被爆者は差別されていた――「掘っ立て小屋」があった――ということは、大人になるまで知らなかった。

語られていなかったから。

ああいう「無邪気さ」が不快だ、という心情は、「被爆」の当事者の方には当然おありだろう。しかし本当に、ご本人が「このようなコメディーで取り上げること」はならん、とお考えでない限り、周囲の者が「許しがたい」などと判断することこそ、許しがたいことではないか。

なお、ポターズ・バーについては、お笑い番組でなくても、レスペクタブルなニュース番組(Newsnightなど)でも調べられるだろう。しかし、「お笑い」で言及されることには大きな意味がある。それを「私たちの話」とする力が、「お笑い」にはある。

※この記事は

2011年01月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼