kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年01月07日

風邪で寝込んでいます。

12月終わりから頭痛が続いていて、「ジュリーが寝かせてくれないから」などと思っていたのですが、年明けに胃に来て、次に気管支に来て、現在に至るなう、です。すべての希望を捨て、すべての活動を事実上停止すれば治るとのお告げを受け、現在、鋭意寝込んでいます。たぶん土曜日には復帰できるかと思います。

寝込んでいる間に、過日発掘した名著、クリストファー・シルヴェスター編『インタヴューズ』の下巻を再読しています。

インタヴューズ〈2〉スターリンからジョン・レノンまでインタヴューズ〈2〉スターリンからジョン・レノンまで
クリストファー シルヴェスター

インタヴューズ〈1〉マルクスからヒトラーまで ハツカネズミと人間 (新潮文庫) ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈1〉 (新潮文庫) 豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) ナショナル・ストーリー・プロジェクト〈2〉 (新潮文庫)

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ガーディアンのテリー・コールマンによる(翻訳は山岡洋一さんによる)マーガレット・サッチャーのインタビュー(1971年1月2日付…ヒース内閣の教育大臣のとき)が入ってて、確かにこの本を買ってすぐに(1999年か2000年)読んでることは読んでるんですが、この数年の間に英国の「30年ルール」で公開された「おつきの人によるメモ」みたいなのを読んだりしたあとでこのインタビューを読むと、"Mrs Thatcher, Milk Snatcher" 以外のディテールも非常に興味深いものです。(なお、このインタビューでの "Mrs Thatcher, Milk Snatcher" の翻訳が「こどもの囃し歌」になってて、そこにも改めて感嘆。)

あと、この本を買った当時は読み流していたか、読み飛ばしていたか、それともはなっから読んでいなかったかだと思うのですが、まるっきり記憶に残っていなかったのを読んで感じ入るものがありました。米国の共和党の政治家で、民主党のフランクリン・ローズヴェルトのニューディールのときに共和党の候補として大統領選挙に臨んだアルフ・ランドン。これに感じ入るのは、この2年くらいの、意図的にキチガイじみた(=冷静さを失うことを是とする)反オバマ・キャンペーンを見てるからかもしれません。



「『ミルク・スナッチャー』はヒース内閣でよかったんだよな」ということを確認するために検索してみて、画面の下のほうにあった「教えて goo」からの検索結果というところにこんなのがあって、うーん、とりあえず、たとえる必然性はあるのか、と思った。
ある日妻に、平日昼だけ勤務の外来部門に移ったらどうだと提言したことがあります。
すると妻は「今の仕事に生きがいを感じているので、他に移る気はない」とのことでした。
妻は、例えて言うならイギリスの元首相のサッチャーのような鉄の女です。
自分の意思は絶対に変えません。
「ならば、俺が仕事を辞めて専業主夫になる」と言ったら、それは男らしくない、世間体が悪いなどとして却下されました。……
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6253351.html


※この記事は

2011年01月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:35 | TrackBack(0) | 事務的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼