kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年11月30日

【2日目】Wikileaks米外交文書大公開〜本日のガーディアンは「北朝鮮」メインと「米英関係」メインの二本立て

月曜日に大暴露祭りが開始されてからようやく、今回のwikileaksの米外交文書のリークのやり方がわかってきた。

資料は毎日少しずつ、ウィキリークスのサイトにアップされ、その公開と同時進行で、一定のテーマごとにまとめて解説・分析をつけるような形で(その過程で「取捨選択」も行なわれる)、Wikileaksと連携している報道機関(英ガーディアン、独シュピーゲル、仏ルモンド、西エル・ペイス、米NYTの5件)で記事が出る。これらの報道機関は事前にファイルを入手しているので(「米国政府の言うなり」のNYTは、今回独自ではファイルを受け取れなくて、ガーディアンから回してもらったらしいけど)、きれいに解説つきで記事を仕立てることができる。どのくらいの準備がなされたのか、単に作業の量を想像するだに、くらくらする。(なお、これら以外の報道機関は、原則として、公開されてから文書を解析するなり、自国の政府関係者に取材するなりしているのだろう。前回のイラク戦争ログでは、事前に公言していたよりも多くのメディアに事前に内容が伝えられていたようだが――例えばアルジャジーラは、イラク戦争ログではフライングしてどこよりも早く報道を開始したのだが、事前には名前は出ていなかった。)

私は他のトピックでも基本的にガーディアンで見ているので、今回もガーディアンだが、その日の分をどういうテーマでまとめ、どういう形で見せるのかは、各メディアの判断になるため、ガーディアンとシュピーゲルとではまるで違う、ということにもなる。

ガーディアンは今日はまず「北朝鮮」が中心だ。(初日の昨日は「イラン」だった。)


対照サンプルとして、同じ日の独シュピーゲル(英語版)のウィキリークス米外交文書特集のトップページ(ヒラリー・クリントンの下がグアンタナモ閉鎖についてのファイルの記事、その下はドイツに関する米側のdisについての反応):


このあと、さらにガーディアンは別の切り口でまとめてきた。メインの写真の男性はGary McKinnonさん。



マッキノンさんはハッカー(コンピュータの達人、という意味で)なのだが、米国政府のネットワークのセンシティヴなところにまで入り込んでしまったことで、米国政府から再三再四、身柄の引き渡しを求められている。しかし英国政府はこれに応じていない。なぜなら、マッキノンさんはアスペルガー症候群で、ネットワークへの侵入も悪意あってのものではない、という背景があるので。

これは、もろに英米のバイラテラルな関係の事例だ。

マッキノンさんとは逆に、英国が米国に身柄引き渡しを求めた事例もあるのだが(メイズ刑務所から集団脱走したIRAメンバーのひとりが密かに米国に渡って普通に暮らしていた。今ウィキリークスをテロ組織認定しろと騒いでいる共和党のアイリッシュ・アメリカンの議員らが、このIRAメンバーをサポートしていた)、それについて何か資料が出てきたら、マニア的には非常におもしろい。というか、北アイルランド関係の、出てこないかな。それもできれば2001年9月11日前のものが。

「テロとの戦い」なるばかげたコンセプトが、いかに人をだまくらかすためのでっち上げだったか――マルコム・マクラーレンの「ロックンロール・スウィンドル」ばりのでっち上げ――、そこらへんちょっと掘ればざくざく出てくるはず。

でもアメリカ人は自分たちが被害にあわなければ「こまけーこたぁいーんだよ」精神で傍観するし(ジンバブエについてだっけ、そういうことが書かれたのが出てきているはず)、自分たちが被害にあえば「テロ」呼ばわりして相手を徹底的に叩く(自分の側も欺きながら)のが当たり前だと思っているので……。ブッシュの「テロとの戦い」の「テロ」とは、「アメリカに対する攻撃」のことだから。



追記@12月1日3時過ぎ

11月30日(英国時間)、3件目の表紙きた。

※この記事は

2010年11月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:55 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼