kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2009年10月15日

【転載】アムネスティ・インターナショナル――イスラエル−ガザ紛争での国際法違反を裁くために

UPDATE@16日夜:
2009年10月16日 【速報】国連人権理事会で、ゴールドストン報告書が通りました
http://nofrills.seesaa.net/article/130427052.html

というわけで、以下は既に古い情報です。アーカイヴ的に残しておくことにします。



転載します。

アムネスティ・インターナショナル日本
イスラエル−ガザ紛争での国際法違反を裁くために
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2709

岡田克也外務大臣に、日本が国連においてゴールドストーン報告書を支持する行動をとるよう要請してください。

外務省ホームページの「ご意見・ご感想コーナー」にアクセスしてください。
https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html

  * テーマを記入してください。
  例)「国連においてガザ紛争調査報告書を支持してください」
  * 「ご意見・ご感想の欄」に、日本政府がゴールドストーン報告書を支持し、この件が国連安保理に付託されるために積極的な役割を担うよう、要請してください。

  以下の例文をそのままコピーして使ってくださっても結構です。

  ……※以下略。例文はアムネスティのサイトでご覧ください。


「ゴールドストーン報告書」とは、昨年12月末から今年1月にかけてイスラエル軍によって行なわれたガザ地区に対する武力行使において、国連が、どのようなことがあったのかを詳しく調査し、まとめた報告書のこと。まとめ役が南アフリカのゴールドストーン判事という人なので、こう呼ばれます。

UPDATE@16日:
2009年10月16日 09:38で、AFP BBに次の記事が出ています。ご参照のほど。



ゴールドストーン報告書に関しては、現在リアルタイムでいろいろと動いているので、常に最新情報をご確認ください。(UPDATEここまで)
判事は名前からわかるようにユダヤ人(ユダヤ系)ですが、イスラエルは、ネタニヤフ政権の人たちも、ハアレツなどオンラインの英語メディアにコメントを投稿している人たちも、この報告書について「イスラエルを不当に否定的に見ている」、「反ユダヤ主義に基づいた偏見に根ざしたものである」などという見方をしており、国連の人権理事会のほうでは報告書の内容についての投票は来年3月に延期されました。【UPDATE: 左記の取り消し線を補った部分、状況変わっているかもしれません。】(その間、「中東和平」は非常に厳しいことになります。そうしている間にも、イランが不気味な方向に動くでしょう。最悪です。)

国連安保理のほうでは、非常任理事国のひとつであるリビア(カダフィ大佐)ががんばったので、来年3月まで放置するとかいうことにはならなさそうですが……うううううむ。

ということで、外務省へのメールは、私も書きたいと思っています。

※ゴールドストーン報告書については下書きファイルに入ったままになっています。公開には至らない雰囲気。はてなブックマークで "war crime" のタグで管理しているのでそれをご参照ください。

※この記事は

2009年10月15日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:30 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼