kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年01月09日

【ガザ攻撃】国連安保理決議/「3時間」の間にブルドーザーが家を破壊との報道

【ガザ攻撃】UNRWAがガザ地区での活動を全面ストップ、支援物資運搬車列への攻撃が理由。
http://nofrills.seesaa.net/article/112351813.html
で参照した記事に書かれていたけれども、エントリにかけなかったこと2件。

ひとつは国連安保理決議、もうひとつは「3時間の武力行使停止」。

まず安保理決議。UNRWAの活動一時停止が報じられた時点では、「米英仏が反対を取り下げ」と報じられていたのだけれども(↓のキャプチャ画像参照):
unscresl.png

実際に安保理が集まって決議してみたら、米国が棄権

それを報じるBBC記事:
Bombs hit Gaza as UN urges truce
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7819371.stm

うっかりタブを閉じてしまって、もういちど開いたら更新されていて、最初に私が見たときに確実にそこにあった「米国の棄権は予想外 (in a surprise move, the US chose to abstain)」という記述が消えていた。なんだかなーという気分なので、意味ないけど現時点の魚拓をとってみた

決議の内容:
... 14 out of 15 Security Council members backed a resolution on the crisis.
UNSC理事の15か国中14カ国が、この危機についての決議に賛成票を投じた。

The resolution called for an "immediate, durable and fully respected ceasefire" leading to the "full withdrawal" of Israeli forces from Gaza.
決議はガザ地区からのイスラエル軍の「完全撤退」へとつながる「即時の、継続できる、また全面的に尊重される停戦」を呼びかける内容。

It also called for "the unimpeded provision and distribution throughout Gaza of humanitarian assistance", measures to prevent arms smuggling to Palestinian militants and the opening of border crossings into Gaza.
また、「ガザ全域で妨げられることのない人道支援の供給・分配」、パレスチナのミリタントに対する武器の密輸を防止する措置、ガザ地区への検問所の開放を呼びかけている。

It is the first time the Security Council has acted since the Israeli offensive in Gaza began on 27 December.
UNSCが動くのは、12月27日にガザでのイスラエルの攻撃が始まって以来初。


……というわけでようやく、なのですが、米国は土壇場で棄権(その前に反対を取り下げておきながら)、その理由として「エジプトが仲介する交渉がどうなるかを見守る必要がある」と述べているそうだが、停戦の呼びかけはエジプトのあれとは別に動けるのではないだろうか。この決議文は具体的な話ではないし、いずれにせよ方向は同じなので。ちなみに、前の記事によると、米英仏の反対の理由は、文言についてのものだったらしい(用語が強すぎる、という理由)。それをマイルドにして英仏がOKしたら、今度は米国は違う理由で棄権したという……ガーディアンのスクープで「オバマはハマスとの対話のバックチャンネルを用意するつもり」というのがあったのだけれど、これは一種の情報戦(心理戦)だからお茶でも飲みつつふーんと聞いていればいい段階だとは思うが、オバマ政権が本当にそういう方針になるのなら――ええと何を書こうとしていたのかな、まあいいや。のど飴の包み紙をむいていたら爪が折れて書こうとしたことを忘れた。喉痛いし。

そして、UNSCの決議にもかかわらずイスラエルは爆撃続行、というのがBBC記事の見出しで、30件の空爆とか、1件の爆撃で一家5人全員が死亡とか、イスラエルの態度は変わらないとか、そんな話が出ている。


一方、UNRWAのサスペンドを伝えたアルジャジーラ記事:
http://english.aljazeera.net/news/middleeast/2009/01/2009181482839688.html
Also on Thursday, Israel said it halted its military operations for three hours to allow humanitarian aid into the strip.

The lull also allowed 50 bodies to be recovered, raising the death toll of Palestinians in Gaza to at least 763, including more than 200 children, since the Israeli offensive began on December 27.

More than 3,121 people have also been wounded.

Eight Israeli soldiers and three civilians have died in the same period.

Explosions were heard in northern Gaza shortly after the three-hour lull, but even during the three hours, Israeli bulldozers crossed into Gaza and destroyed a number of houses, Al Jazeera's Alan Fisher, reporting from southern Israel near the border, said.

つまり、3時間の攻撃停止の間に、支援活動が行なわれ、人々は買出しに出たりし、瓦礫に埋まっていた遺体を掘り出すこともできたが(これで死者数が763に)、その3時間の間も、イスラエルのブルドーザーが境界を超えてガザに入り、何軒もの家を破壊したと、イスラエル南部(ガザ地区北部と隣接するあたり)にいるアラン・フィッシャー記者が伝えている。

アラン・フィッシャーはスコットランド出身のジャーナリストで、北アイルランドでも仕事していたことがある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Fisher

※この記事は

2009年01月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 17:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼