kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年12月30日

【ガザ爆撃】爆撃された薬局の前から(住民たちのインタビューの映像)

この件についてのエントリは
「2008年12月ガザ攻撃」のタグ
一覧できます。


Via RafahKid blog.

ISM (the International Solidarity Movement) が28日にラファで爆撃された薬局の周囲で地域の人たちにインタビューした映像が、YouTubeにポストされています。もうちょっとよい画質で見たい人は、yousenditからDLできるとのことです。

英語字幕がついているので、このエントリではその字幕を日本語化します。

http://www.youtube.com/watch?v=K2tDQmz69Gc


以下、字幕の書き起こしとその日本語化です。解説めいたものはつけず、単に字幕を、できる限り「直訳」に近い形で、日本語化します。

0:00
ISM Gaza Strip
Rafah, 28th December 2008
Bombing of pharmacy in residential neighbourhood [Hi Alijnina]

ISMガザ地区
2008年12月28日、ラファ
住宅街(Hi Alijnina)にある薬局の爆撃

0:07
(黒煙と炎、消防車)

0:30......1人目のインタビュー。60歳くらいの男性。
At about 06:30am, 3 missiles were fired by Israeli fighter jets.
(朝6時半ごろ、ミサイル3発がイスラエルのジェット戦闘機から発射されました。)

They hit the pharmacy in our neighbourhood and the surrounding shops.
(ミサイルは私たちの住宅街にある薬局とその周囲の商店を直撃しました。)

They're just civillian buildings. And as you can see, the street is damaged.
(爆撃されたのは民生施設です。それから、ご覧になっているように、道路も被害を受けています。)

All of the buildings are damaged.
(建物がすべて被害を受けています。)

The Palestinian people elected Hamas in a democratic election
(パレスチナの人々は民主的選挙でハマスを選び)

and all the world witnessed the election.
(全世界がその選挙を目撃していました。)

And we are punished because of Palestinian democracy.
(そして私たちは、パレスチナの民主主義が原因で罰されるのです。)

If it were Israeli democracy the world would welcome it.
(もしそれがイスラエルの民主主義ならば、世界は歓迎するのでしょう。)

I'm 64 years old and I never saw a sweet day in all my life.
(私は64歳ですが、生まれてこの方、楽しい日などあったためしがありません。)

Since I was born in 1945 we were in a conflict with the Israelis.
(1945年に生まれて以来ずっと、イスラエルとの紛争の中にありました。)

1:22......2人目のインタビュー。12歳くらいの男の子。
I was asleep in my home and was waken by the first attack.
(家で寝ていたのですが、最初の攻撃で目が覚めました。)

When the second attack happened they said it's at Abu Harb's house.
(二度目の攻撃があったときには、アブー・ハーブの家だと言っていました。)

Then we ran and we found the site. Then everybody ran.
(それから駆け出して爆撃された場所を見つけました。それからみんなが走りました。)

1:36......3人目のインタビュー。やはり10代前半の男の子。
(錠剤のパッケージを手に)
It's medicine for Gazan children. The Israeli occupation army attacked it.
(これは、ガザの子供のための薬です。イスラエルの占領軍はそれを攻撃したのです。)

They don't let anyone get treatment. We resist the enemy with our bare hands.
(彼らは誰にも治療を受けさせません。私たちは素手で、敵に抵抗しています。)

We will not let Gaza be destroyed. We will stop the Israeli occupation.
(ガザを破壊されるままにしておくことはしません。イスラエルの占領を終わりにします。)

1:58
(プラスチックの籠に入れられた薬。たぶん、爆撃された薬局から路上に飛んできていたものだろう。子供たちや女性たちがそういう薬を拾っている光景。)

2:13......4人目のインタビュー。屋内。女性。
They say that they don't attack civilians but they attack children. Why do they do that?
(一般市民は攻撃しないと言っていますが、子供たちを攻撃しています。なぜそんなことをするんですか。)

They care so much about Palestinian rockets hitting them. Don't they realise how much their air strikes hurt us?
(パレスチナのロケット弾が当たることを非常に心配していますが、あちらからの空爆が私たちを傷つけるということには気付いていないのでしょうか。)

We fold our arms and they attack us. Then they say to the world that Arabs attack them.
(私たちは腕を組んでいますが、彼らは私たちを攻撃します。そうしておいて、世界にはアラブ人が自分たちを攻撃してくるのだと言います。)

Do you see? Did we hit them?
(見えますか/わかりますか。私たちが彼らを攻撃しましたか。)

Israel is a liar. Israel is a liar.
(イスラエルは嘘つきです。嘘つきなんです。)

They do anything and they don't listen to the international community.
(どんなことでもしますが、国際社会には耳を傾けません。)

There's no medicine. No drink, no water, no gas.
(薬はありません。飲み物もありません。水も、ガスもありません。)

We are suffering from hunger. They attack us.
(私たちは空腹に苦しんでいます。彼らは私たちを攻撃します。)

What does Israel want? Can it be worse than this?
(イスラエルは何を求めているのですか。これ以上、悪くなることなどあるのでしょうか。)

I don't think so.
(そうは思いません。)

Would they accept this for themselves?
(自分たちがこういう目にあったらそれを受け入れるとでもいうのでしょうか。)

2:47......5人目のインタビュー。アバヤ姿の女性。家の入り口のところ。
Look at the children. What are they guilty of?
(この子たちを見てください。この子たちにどんな罪があるというのですか。)

They were sleeping at 7:00am. All the night they didn't sleep.
(朝の7時にはこの子たちは寝ていました。夜じゅうまんじりともしなかったのです。)

This child was traumatized during the attack.
(この子は攻撃の間に精神的にひどいショックを受けました。)

Do they have rockets to attack with?
(この子たちが、攻撃するロケット砲を持っているのですか。)

They [Israeli forces] attack everywhere. they became crazy.
(彼ら[イスラエル軍]はどこもかしこも攻撃します。頭がどうにかなってしまっています。)

The Gaza Strip is just going to die...
(ガザ地区は死んでゆくだけです……)

We were sleeping. We were just asleep.
(私たちは寝ていたんです。寝ていただけなんです。)

Suddenly we heard a bomb. We woke up and we didn't know where to go.
(突然爆弾の音がしました。目が覚めて、どこに行けばいいのかもわかりませんでした。)

The dust filled the house. We didn't know where to go.
(砂埃が家を満たしました。どこに行けばいいのか、わかりませんでした。)

We called to each other. We thought our house had been hit, not the street.
(互いに名を呼び合いました。うちの家がやられたのだと思ったのです、通りではなく。)

Are we terrorists? I don't carry a gun, neither does my girl.
(私たちはテロリストでしょうか。私は銃は持っていません。うちの娘もそうです。)

3:40
(女性が話していますが、字幕がないのでわかりません。)

以上。

RafahKidのブログには、「背景解説」がついています。それも日本語化しておきます。
http://rafahkid.blogspot.com/2008/12/interviews-with-residents-of-rafah.html
Background
Shortly before 7:00am on Sunday 28th December, yet another Israeli missile strike hit the residential neighbourhood of Hi Alijnina in the southern Gaza town of Rafah. This time a pharmacy was targeted, totally destroying the building and causing severe damage to surrounding homes. Electricity lines were torn down during the blast and the street was littered with medicines. This footage was filmed within minutes of the attack as fire fighters battled to control the blaze. Shocked residents poured into the streets, some still wearing pyjamas.

12月28日日曜日、午前7時少し前、またイスラエルのミサイルが、ガザ南部の町ラファのHi Alijninaの住宅街を攻撃した。今回は薬局が標的にされ、その建物を完全に破壊し、周囲の家に甚大な損害を与えた。爆発で電線は千切れ、通りには薬が散乱していた。この映像は攻撃の直後、消防士が消火作業に当たっているときに撮影された。ショックを受けた住民たちが通りに出てきた。何人かはまだパジャマ姿だった。




翻訳については、RafahKidのブログを書いている人にTwitterで一言連絡済。彼のTwitterはまさに矢継ぎ早で投稿されています。

※この記事は

2008年12月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:46 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼