kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年12月05日

流れよ彼の涙、と検視官は言った。そして陪審の皆さんは感情は脇にのけてください、と。

2005年7月に自爆計画容疑の北アフリカ人となぜか誤認されて(似ても似つかないのに)ストックウェル駅で警察によって射殺されたブラジル人電気技師、デメゼネスさんの事件についてのインクエストで、「警察が彼を地下鉄内で射殺したのはunlawfulではない」との判断が示された。これについて、ブラジルからロンドンまで来ているご遺族が、非常に静かな形で「抗議」を行なった――4人いる彼らが、2人はUnlawful Killing (Verdict) と書いたTシャツを、2人はIt's your legal right to decideと書いたTシャツを着て、交互に並んでいる。「不法な殺害。決定を下すのはあなたの正当な権利です」。

December 5, 2008
De Menezes family stages protest against coroner's direction on verdict
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article5287123.ece

この件について、しばらく時間を置いて様子を見ていたのだが、テレグラフはちゃんとした記事を出している。
http://www.telegraph.co.uk/news/3548795/Jean-Charles-de-Menezes-inquest-Family-protest-as-jury-sent-out-to-consider-verdict.html

しかし「なんちゃって左派」新聞はヘタレてて記事を出す気配もない――ガーディアンのことだが。インディペンデントも出しそうにない。インディはこういうときに頼りになる新聞ではないと思っているのだが(あの新聞は「英国内の対テロ」ではものすごく弱い。北アイルランドがベースだし)、ガーディアン、どうしたよ。"not unlawful" の判断が出たときは、陪審への質問用紙の中身まで報じていたじゃないか。
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/dec/02/menezes-uksecurity

【UPDATE】ガーディアン、the Timesから10時間後にやっときた。かなり丁寧な記事だ。
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/dec/05/de-menezes-unlawful-killing-verdict

ご遺族の抗議を報じる記事@Google Newsで。



「そんなバカな!」という心情をやや煽られる感じの書き方をしているテレグラフ記事から:
http://www.telegraph.co.uk/news/3548795/Jean-Charles-de-Menezes-inquest-Family-protest-as-jury-sent-out-to-consider-verdict.html
No individual officer - such as the marksmen who shot Mr de Menezes or their Scotland Yard commanders - could be held liable in criminal or civil law for his death, the coroner said.

But the jury are not barred from concluding that the police had made mistakes. He added: "In directing you that you cannot return a verdict of unlawful killing, I am not saying that nothing went wrong on a police operation which resulted in the killing of an innocent man."

つまり、コロナーは、無辜の電気技師を射殺した警官は「間違い」は犯したかもしれないが、「違法行為」はしていない、と言っている。

撃つ前に「警察だ!」と警告していない(と乗客全員の証言が一致している)のは、本当だとしても、「間違い」であって「違法」ではない、と。

乗客が誰も「警察だ!」を聞いていない以上、「私は警告しました」と証言した警官本人は嘘をついているのだが(それが意図的なものであれ、記憶の改変によるものであれ)、それも「間違い」であって「違法」ではない、と。

無抵抗の人を押さえつけて5発だか7発だか撃ったのも、「間違い」であって「違法」ではない、と。

Shoot to killは「違法」ではない、と。

90年代に、「アイルランド訛り」の男が「ライフルを運んでいる」と誤認して射殺したのも、「違法」じゃなかったでしたっけね。(実際にはその人は「ライフル」ではなく「椅子の脚」を運んでいた。)

そういうことです。イングランドの夢に未来などありません。

デメネゼスさんが「アラブ人」に誤認されるのであれば、東アジア人は「アフガニスタン人」に誤認されても無理はない、ということになるでしょう。

さらに虫唾が走るのはこれ:
December 4, 2008
Jean Charles de Menezes jury told to remember officer’s tears
Sean O’Neill, Crime Editor
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/crime/article5282719.ece
The coroner reminded the jury of the moment that "Charlie 12", one of the policemen who shot Mr de Menezes, broke down in tears during his evidence.

"This tough, fit, highly trained, mature man broke down in tears and this fact may assist you in assessing the depth of the emotional experience that he was going through here when he was reliving the terrible events of July 22 [2005]," he said.


コロナーは、陪審に対し、「ご遺族は大変にお気の毒だが、陪審の皆さんは感情は脇において事実でご判断ください (Put aside any emotion)」と告げたのだ。

その口で、「警官の涙を忘れるな」? 「タフで健康で訓練を受けている一人前の男が泣き崩れたという事実から、彼の心の傷をはかれ」と?

事件とは無関係の、まったくの無実の人を、自分たちの誤認のせいで射殺したんだ、思い出せば涙も出るよ、そりゃ。PTSDになっているって専門家が言ってたじゃない、その警官は。

で、それは何かを判断するときに根拠とすべき「事実」なのか、と。

お前らの言う rule of law など、テムズ川に流してしまえばいい。迷って川に入り込んだイルカかクジラが食ってくれるよ、そして「かわいそうに」という感情を思い切り吐き出させてくれるだろう。

くそ、くそ、くそ。

※この記事は

2008年12月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼