kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年11月14日

写真で見る「北アイルランド紛争」(2)

2009年5月5日
このエントリの内容は、the Northern Ireland Troubles FAQに移植しました。

この記事に含まれていた写真の解説は、下記URL(目次)からご参照ください。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118498941.html#parttwo

以下、オリジナルの投稿は一部だけアーカイヴ目的で残します。




今年8月に紹介のエントリを書いたthe Belfast Telegraphの写真特集、"A Conflict in Pictures" がアップデートされました。写真が追加されて、合計で73点のギャラリーになっています。

A Conflict in Pictures
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

これに伴い、前回のエントリのURLの修正などを済ませたところで(また修正加えないといけないかもしれないけど)、追加された写真について。

今回追加された39点は、いずれも白黒写真です。「歴史的」なものが多いのですが、90年代のものもあり、キャプションに「1962年」――「紛争」の前――とあるものもあります。ちなみに、1962年というと、ヴァン・モリソンがThemを始める前で、ゲイリー・ムーアが10歳で、SLFのジェイク・バーンズが4歳。デリーに行くとファーガル・シャーキーが4歳。ベルファストに戻るとスティーヴン・レイが18歳で、ケネス・ブラナーが2歳、バリミナでリーアム・ニーソン10歳。ジェイムズ・ネスビット (1965年生まれ) はまだ生まれていない。……って何の話だ。

というわけで、【続きを読む】ではそれぞれのキャプションをもとに簡単な解説を書いておきます。

簡単な解説ですが、超大作です。さくっと読めるものではないので、その点はご了承ください。

また、超大作すぎてコメント欄を設置する余裕がないので、このエントリにはコメント欄はありません。コメントをつけたい場合はとりあえずコメント投稿用ページにお願いします。

今回追加された39点の写真を100 x 100で切り抜いて張り合わせたサムネイル。


※1日後に写真の順番に変更があったので、実際に写真が出てくる順番は、サムネイルとは完全に合致しません。

で、あらかじめ書いておくと、UDAの写真がとても多いです。UVFは2点だけ。IRAももちろんありますが、全体的にはUDAがどっさり、という印象。

最初に念のために書いておくと、現在はUDAは英国のTerrorism Actで指定されている「非合法のテロ組織」(proscribed terrorist group) ですが、1992年8月10日までは非合法化されていませんでした。結成は1971年9月で、当時、各所にあった小規模な「ユニオニスト・コミュニティの自警団」のような集団のアンブレラ組織として設立されたものです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ulster_Defence_Association
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/organ/uorgan.htm#uda

2009年5月5日
以下、それぞれの写真についての説明の文は、アップデートして、下記URL(目次)から閲覧できるページに移しました。お手数ですが、そちらをご参照ください。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118498941.html#parttwo

※この記事は

2008年11月14日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼