kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年10月30日

北アイルランドのシンボリズムのお勉強の時間です

BBC NIトップページから今日の重要ニュースの記事を見てみたら、記事の伝えていることと記事に付属している現場写真とに見られるあまりに濃い「北アイルランドのシンボリズム」に、お茶をふくどころか固まってしまったので、唐突に、お勉強のお時間にすることにしました。あちこち見てみます。

記事はこれ:
Man is injured in city gun attack
Page last updated at 23:01 GMT, Wednesday, 29 October 2008
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/foyle_and_west/7698956.stm

「デリー(ロンドンデリー)で水曜日の午後9時ごろ、ショットガンを持ち覆面をした男2人がブックメイカー(賭け屋)の店に入ってきて、店にいた人全員に伏せるように命じた。35歳の男性が両脚を撃たれたが、命に関わるような怪我ではない。店を出たガンマン2人は車を乗っ取り逃走、しばらくして車はクレガン・ハイツで発見された」という事件を報じる記事。

ブッキーに押し入って「金をよこせ」というわけでもなく、ひとりの男性の両脚を撃ってさようなら、というのは、どう読んでもほにゃらら(←あくまでも憶測なので伏せますが)です。

で、この物騒な記事についている写真が:



BBC NIのトップページでサムネイルを見たときは、赤と白と青だからユニオニスト地域かな、と思ったのね。で、そのように予期してクリックして出てきたのがこれだった日には、あなた、そりゃ固まりもしますって。

この小さいスペースには、上図のとおり、4つの「シンボル」が入っています。

一番左、画像で (1) の番号をつけてあるのは、「オレンジ+白+緑」のトリコロール、つまりアイリッシュ・ナショナリズムのシンボル(アイルランド共和国の国旗と同じ)を使った壁画です(画像が小さいので何なのかは確認できません)。

アイリッシュ・トリコロールは、原形は共和制フランスの「自由・平等・博愛」なのですが、オレンジがプロテスタント、白は平和、緑がカトリックを表します。つまり「プロテスタントもカトリックも、みんなアイルランド人」という意味。実際に昔のアイリッシュ・ナショナリズムはプロテスタントが主導したものだったし(ウルフ・トーンとか)、「ナショナリズム」は「とにかく英国からは切れましょう」という意味だったのだけど、その後北アイルランド6州のプロテスタントが「私たちは何があっても断固として英国人である」ということで南26州から分離したことで(背後には英国がいました、もちろん)、「(北アイルランドをめぐる/における)アイリッシュ・ナショナリズム」というものに変化し、「統一アイルランド」を目指すものとなって、いろいろあって、現在に至る……。

画像の (2) は、見ればわかると思いますが、ジーザス・クライストです。カトリックのヒーロー。(北アイルランドのプロテスタントのヒーローは「キング・ビリー」です。つまり「ウィリアム3世」、つまり「オレンジ公ウィリアム」。だから彼らは「オレンジ」。)

(3) は、写真では小さいのでちょっとわかりづらいのですが、青字に北斗七星の旗と、アイリッシュ・トリコロールの旗が左右に並べられ、その中央に、銃を握った拳と赤い星が描かれています。ていうかこのシンボルだけを撮影した写真がウィキペディアに出ているので、それのほうがわかりやすいか。

「青字に北斗七星 (Starry Plough)」はThe Irish Republican Socialist Party (IRSP) が党旗にしています。IRSPはリパブリカンでソーシャリストで、1916年のイースター蜂起の指導者で、蜂起後処刑されたジェイムズ・コネリー(この人については、先日のTG4のドキュメンタリーでも触れられていましたが)の思想を受け継ぐ組織であるという看板を立ててます(看板を立ててるだけではないのですが)。党結成は1974年、元々はOfficial IRA(1969年にIRAがOfficialとProvisionalに分かれたときの片方)にいたソーシャリストたちの集団ですが(Provisionalのほうは、ソーシャリズムもないわけではないけれども、それよりナショナリズム、という感じ)、「北アイルランド紛争」の文脈でソーシャリズムよりもっと重要なのは、この党の武装ウィングがINLA (the Irish National Liberation Army) である、という点です。INLAも北斗七星をシンボルとして使っています(source)。(なお、INLAはIRAの「派閥」ではなく、明確に対立して互いに殺しあう仲だということにも留意してください。どちらもリパブリカンの武装組織で、リパブリカンの「敵」はロイヤリストと英軍・警察なのですが、リパブリカンにもロイヤリストにも複数の組織があり、リパブリカンでもロイヤリストでも、同じ側に属していても組織が異なれば対立・衝突しています。)

BBC記事の写真で壁に描かれているものに戻ると、IRSPおよび/またはINLAのシンボルと、アイリッシュ・ナショナリズムのシンボル(リパブリカンのシンボル)、それとレッドスター(これはグローバルなシンボルなので説明不要かと思いますがマルクス主義を表します)に「銃を握った拳」(拳もグローバルな「闘争」のシンボル、銃はいわずもがなですが「武装闘争」)のセットで、つまり全体としては「INLAの闘争」です。

さらに画像の (4) の男性。この顔は、1981年の、ボビー・サンズが指揮したハンガーストライキで死んだ3人のINLAメンバー(ほかに、サンズを含めて7人のIRAメンバーが死亡している)のひとり、デリー出身のパトリック・オハラ (1957 - 1981) の顔です。

パッツィ・オハラについては、昨年のNI議会選挙のときに少し書いているので、それも。
http://nofrills.seesaa.net/article/35396797.html

※サンズのハンストについては、映画『Hunger』も参照。映画にはハンストした人はサンズ以外には描かれていませんが、彼と同じ形で死んだ人たちが彼のほかに9人いて、死ぬ前にハンストが終結したか、家族が介入して止めたかした人たちが13人います。
http://nofrills.seesaa.net/article/108447691.html

BBC記事についている写真では小さすぎて見えませんが、「旗+旗+星+拳」の下には次のように(パンクチュエーションとかスペリングとかが若干怪しい英文で)書かれています――「何年も経ったときに、君は訊かれるだろう、ハンガーストライキで同志たちが死んでいこうとしていたそのとき、どこにいたのか、と。君は我々とともにいたと答えるか、それとも我々を死へと追いやったシステムに加担していたと答えるか」。



「ボビー・サンズのハンスト」とはこういうものです。死んだのはサンズだけじゃないし、1981年で「終わった」わけでもない。(ドンパチだけじゃないんで、内戦とか内紛とか地域紛争というものは。)

そういえば一昨日かな、シン・フェイン・ショップからのお知らせメールで(私はサポではないのですが、ニュースを知るために登録しているので、ショップからのお知らせが来るんです)、「映画『Hunger』公開を記念して」っていって、「ボビー・サンズの新作Tシャツできました!」ってメールが来てました。(シン・フェインは『麦の穂をゆらす風』でも便乗商法やってたらしい。)

Tシャツがどんなのか見てみたいという人は、キーワード「Sinn Fein Shop」でウェブ検索すればショップに行けます。



北アイルランドで用いられる「シンボル」については、アルスター大学のCAINに特設コーナーがあります。
http://cain.ulst.ac.uk/images/symbols/index.html

※この記事は

2008年10月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | northern ireland/basic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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