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2008年09月12日

【特集:航空機爆破計画裁判結果 5】常に変化する「アルカイダ」の形(ガーディアン、ジェイソン・バーク)

ジェイソン・バークが、例の「航空機爆破計画」の公判評決について、9日に書いている。バークはアルカイダを追ってきたジャーナリストで、下記の著書がある(日本語訳あり)。

アルカイダアルカイダ
Jason Burke 坂井 定雄 伊藤 力司

by G-Tools


Team terror
Jason Burke
guardian.co.uk, Tuesday September 09 2008 10:00 BST
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/sep/09/ukcrime.alqaida

9-11後すぐの分析では、アルカイダは一枚岩のテロ組織だと語られていた。しかし徐々にその見方は修正され、それ以外の要素を含むようになった。つまり、さまざまな方法で「中核の」指導部につながりを有するグループのネットワークという要素、主義主張(イデオロギー)の要素、そして最近では、特に誰かに強く結びついているわけでもなく、自身で過激化していった「(英国などイスラム圏ではないところで生まれ育った人々による)その土地の」セルやサブ・グループという要素である。

2004年のマドリードでの攻撃は、アルカイダへの直接的な関連として目立つものは何もなかった。一方、1998年に東アフリカであった(米国)大使館への攻撃や2001年の米国での攻撃は周到な準備を重ねて実行されたものだった。両者の対照は、アルカイダが段々と集団という存在ではなくなり、主義主張・思想(イデオロギー)という存在になってきたということを示している。

しかし、今回の計画――「航空機爆破計画」と呼ばれてきたし、検察もそれが目的だったと主張していたのだが、陪審は、実際には被告らはそれを目的としていたわけではないと結論したのであって、となれば「航空機爆破計画」という言い方も改めねばならないのだが――での裁判で示された証拠や、最近欧州や中東で起きているテロ活動からは、いったんは武装活動の中心から離れていたアルカイダの指導部が、また戻ってきているということがうかがえる。オサマ・ビン・ラディンとアイマン・アル・ザワヒリは、2001年以降は失われてしまったが、1990年代終わりにアフガニスタンで有していたような組織と司令系統を、少なくともいくらかは、取り戻すことができている。


ビン・ラディンらは、数年間はなりを潜めていたが、現在ではパキスタンのトライバル・エリアに安全な拠点を有し、間に合わせではあるがかなり効率のよい体系的訓練キャンプを築いている。もはや、数週間にわたるゲリラ戦の戦闘訓練ができるわけではないが、適切な物資さえあれば、効果のあることができる。トライバル・エリアはまた、プロパガンダの拠点ともなり、民兵のメディアの拠点にもなっている。プロパガンダでは彼らは効果的なものを作り出す能力をほとんど失っていない。

さて、主要な問題は、昨日(ロンドンの裁判で)有罪となった3人が、どの程度、これら英国外の武装組織指導者とつながっていたのか、ということだ。この計画は、いろいろな面で、2005年7月7日の(ロンドンでの)爆弾事件や肥料爆弾計画に似ている。これらの事件では、同じような考えを抱く個人個人が自然とグループになっていた。彼らは英国に拠点があり、特に誰から指示されたというわけでもなく、自分自身でパキスタンを訪れるなり、あるいは仲間の誰かをパキスタンに送るなりして、アルカイダに属する比較的高位の人物と接触している。そしてこのアルカイダの人物が、熱い心を持って入るけれど何も知らない義勇兵を受け入れ、より効率的なことができる人間へと変化させる。


バークの記事はこの後、2002年にアフガン国境のチャマン難民キャンプに赴いた「航空機爆破計画」の容疑者・被告らが、そこでひどい貧困を目の当たりにし(この「貧困」は、彼らが英国人だからこそよけいに衝撃的なものだろう)、対タリバン攻撃のとばっちりをうけた人たちと接して、強硬な考えを抱くようになり、2005年にパキスタンを再訪して武装組織幹部と接触し、このときに「熱い心を抱いた青年たち」が「テロリスト」に変容した、と続いている。

しかし、事件のタイムラインを見ると、やはり、「エフェプティヴなテロリスト」だとは思えないんだよなぁ。元がのんびりした人なのかもしれないが、2006年7月に、被告のひとりで主犯格とされていたアブドゥラ・アハメド・アリが、おそらくパキスタンへの入国記録を抹消しようとしてパスポートを紛失したと届け出たときに、前のパスポート(パキスタンのヴィザがあるもの)をくしゃくしゃにして家の外に捨てていたらしいんだよね。007の映画とか見てれば、そういうものを処分するときに「くしゃくしゃにして捨てる」のではダメだって、わかるんじゃないか……

と思ったのだが、私がそれを知っているのは007の映画のせいじゃなくてタイムボカン・シリーズのせいだし(ドロンボーさまからの司令は消失することになっている)、そもそも私は「冷戦世代」、スパイ小説やスパイ映画の類はそれこそテレビとかで当たり前のように接していて、そういう書類の処分の仕方の定石はフィクションとして知っていたのだけど、彼らのように今20代の人たちの間では、そういう「常識」がないのかもしれない。いや、せめてシュレッダーかけようよとか思うけど……。

バークの記事に戻ろう。

彼は、1988年にアルカイダが設立されてから90年代にかけてずっと、スーダンやアフガニスタンで、こういう「志は高いが基本的に素人」という志願者をファイターとして訓練するのが基本的な役割だった、ということを説明している。

バークはアルカイダを専門にしている調査報道のジャーナリストだが、彼は常々、「アルカイダは『組織』ではなく『主義主張・思想』として存在していると考えるべきだ」と強調してきた。しかし「組織」の面、つまり武装訓練をほどこす戦闘集団という面を否定してきたわけではない。バークが主張していたのは、例えばIRAのようにどこかに中央司令部があってそれが作戦を決定してセルを動かす、というのとは違う、ということだ。

そして、今回、パキスタンで訓練が行なわれている、と書いていることは、「思想としてのアルカイダ」(別な言い方をすれば「ジハディズム」だったり「ワハビ」だったりするのだろうが)を否定するものではない。

アルカイダは常に変容する複雑なマトリクスと見るのが最もよい。さまざまな要素が常に進化しているのだ。そして、要素の間の関係も同じである。

思想の重要性は相変わらずだ。今回の計画(「航空機爆破計画」のこと)では、この10年間にビンラディンのようなイデオローグの考えやヴィジョンがどう見えたかということをはっきりと示している。ビンラディンも、彼ほど名を知られていないイデオローグも、イスラム世界やイスラム系移民のコミュニティの多くで、怒りを抱えた若い男性たちの間で思想上のマーケットリーダーとなっている。今回の件での被告たちは、過激派のメッセージに共鳴してしまう人たちとしては典型的だ。20代後半で(英国での過激派の平均年齢は29歳である)、パキスタン系移民の2世か3世、あるいはイスラム教への改宗者で、社会・経済的なバックグラウンドはさまざまだ。

情報当局はもはや、「憎悪を掻き立てる宗教指導者」を追ったり、「過激派のモスク」と呼ばれるところに注目したりはしていない。ほとんどの場合、過激派は友人や家族・親族の間で、宗教施設からは離れたところでリクルートされるようになっている。

2002年か2003年までは、当局は「過激なモスク」を監視・捜査の対象としていた。アブ・ハムザら過激な宗教家がマークされていた。

……んー、考えてみればこれも「今さら」、しかも「今さら」というのが2002年の時点で既に、なのだが。だって英国は北アイルランドを経験している。1969年に紛争が本格化したとき、そしてその数年後まで、当局が最も警戒していたのは、当時比較的弱小なグループだったIRAではなく、「過激な宗教指導者」だったではないか。ボブ・ジョーンズ大の(怪しい)学位を持って「ドクター」を自称し、「教皇」をめちゃくちゃな言葉で批判し、カトリックを脅すためのデモの先頭に立ち、取り巻きが「勝手に」武装組織(アルスター・ヴァンガードとか)を立ち上げるのを傍観していたキリスト教根本主義の新教会創設者、イアン・ペイズリーだったではないか。

それに、「不正義に対する怒りを抱えた人たちの、密かな、しかし絶大な支持」は、それも「国際的な」ものは、英国は経験しているではないか。在米のIRA支持団体(アイリッシュ・アメリカンの団体)という形で。自分たちの弱み(「歴史上の汚点」ともいうべきもの)をプロパガンダとして増幅されていたではないか。しかもそのときに、某米軍人のように「アル・ジャジーラはプロパガンダばかりでけしからん。チャンネルを変えなさい」とはき捨てることもできず(「プロパガンダ」はテレビで流されていたわけではないから)。

……というのはうちではお約束のツッコミというか個人的なグチみたいなもんだ。読み流してほしい。

バークは、そうやって友人とか親族といったつながりの中で個と個が結びつく形で形成される「アルカイダ系のグループ」(バーク自身は「アルカイダ系」という言葉は使っていない)について、「彼らのグループの力学は、スポーツ選手や兵士、あるいは犯罪者のグループにはぴんと来るものだろう」として、彼らに特に変わった規律があるといったわけではないことを説明し、現在世界各地の情報当局は、人はどんなことで過激化するのか、またいわゆる「社会的ネットワーク」はどういう構造なのかに注目していると述べて、2001年の時点では「組織としてのアルカイダ」が注目されていたのが、2003年から2007年は「イデオロギーとしてのアルカイダ」の分析に力が注がれ、そして2008年の現在は、アルカイダと個人、ということにポイントが移されている、と述べる。

ジェイソン・バークが知っていることの中には、書けることと書けないことがあって、ここには書けることしか書かれていないのだろう。いずれにせよ、一口に「アルカイダ」といってもそれは非常に多面的であり、常に形を変えていて、ただ、パキスタンのあのへんの山岳地帯のどこかで「訓練」を行なって戦闘員を養成していることは一貫している。

常に変わっているのは「アルカイダ」だけじゃない。それに「染まる」人間の心も。

バークは、記事の最後のパラグラフでは、「航空機爆破計画」と呼ばれた事件の当事者(被告)が、大量殺人をおかすことではなく、「注目を集めること」が目的だったと主張していることに触れ、彼らが本当にどちらを目的としていたとしても、メディアの報道で、彼らの考えをなるべく多くの人に知らしめるという彼らの目的は達成される、と、冷静なのかシニカルなのかよくわからないことを述べて、「行動によるプロパガンダ」というテロリストの伝統芸(a long terrorist tradition of "propaganda by deed")をアルカイダ(系テロ組織/集団)も受け継いでいる、ということを指摘している。



ジェイソン・バークは現在、アフガニスタンで行なったインタビューをガーディアンに連載している。インタビューといってもありきたりな「政治家インタビュー」ではない。

1日目は、9月10日掲載で、なぜかタリバンに加わって自爆未遂で逮捕されたパキスタンのパンジャブの人の獄中インタビュー。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/sep/10/afghanistan.pakistan

インタビュイー(投獄されている人)がどこまで事実を語っているのかわからない、ということについての説明とか、インタビューに至った経緯(アフガニスタン政府の方針)の説明とかも盛り込まれた記事で、そんなに無茶苦茶長くないけど読み応えのある記事だ。

2日目は、9月11日掲載で、アフガニスタンの女性議員のインタビュー。この議員さんが非常に強烈な人で、「うはあ、この人すごい」という感想しか出てこなかったのだけど、もう一度読みたい記事。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/sep/11/afghanistan.gender
posted by nofrills at 08:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk
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