kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年08月20日

「間違えられた男」が天安門広場で

アルフレッド・ヒッチコック監督の作品に『間違えられた男』という映画がある。大変に優れたあらすじ&解説を読んでいただけるとわかりかと思うが、こわい、こわい映画ですね、と淀川さん風に言いたくなるような映画だ。

B001525JCG間違えられた男 特別版
マックスウェル・アンダーソン アンガス・マクファイル
ワーナー・ホーム・ビデオ 2008-04-11

by G-Tools


一方北京で、やはり「間違えられた男」が出現しているのだが、こちらは全然こわくない。むしろ可笑しい。それもボディブローのようにじわじわと来る可笑しさである。とりあえず、迫真の映像レポートをどうぞ。

Video - Fans mob Parry thinking he is Phelps
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/olympics/7569430.stm

男の名はスティーヴ。スティーヴ・パリー。1977年、イングランド、リヴァプール生まれ。身長194センチ。2000年シドニー五輪出場、2004年アテネ五輪男子バタフライ200メートルで銅メダル。

アテネを最後にスティーヴは競技から引退し、今回の北京五輪ではBBCの解説者として現地に入っている。事件はその北京で発生した。

notphelps.pngその日、スティーヴは、北京五輪でなんだかやたらとたくさんの金メダルを取ったマイケル・フェルプス(米国人、身長193センチ)の等身大の厚紙の人形(って言うの?)を小脇に抱え、BBCのクルーとともに天安門広場に繰り出した。BBCのことだ、アテネで銅を取ったTeam GBの一員にマイクを持たせ、天安門をバックに、「フェルプスすごいっすねー」と感嘆する人民のインタビューをとり、「アメリカとの対抗心はうんちゃら」という方向で気のきいたことを言おうとかいう企画だったのだろう(憶測)。

しかし事態はコントロール不能に陥った。

その白人の大男の周りに、カメラを持った市民が群がった。

男はカメラに向かって言う。「どうやらみなさん、僕のことをマイケル・フェルプスだと勘違いしているようです。」

そしてアテネの銅メダリストは、天安門広場を歩き出す。「私の名前はスティーヴ・パリー。イングランド出身、英国人です。マイケル・フェルプスではありません」と、まるで選挙カーかたけやさおだけの車のように連呼しながら。

「自分がフェルプスだったらこんな感じなのだなあと思います。ほんとうにフェルプスがここにきたらいったいどれだけ混乱することか」と語りながら歩く横には、入れ替わり立ちかわり、カメラを持った人、人、人。「ひょっとしたらみんな僕がアテネで泳いでたことを知ってるとか?」と軽くジョークをかます。

横をフェルプスの厚紙人形を抱えて歩くスタッフの姿が余計に可笑しさを増して、このへんからじわじわくる。

Steve Parry, from Great Britain. Steve. I came third in the Olympics. I didn't win.


こういって彼はずんずん歩いていく。何しろ身長2メートル級だから目立つ目立つ。周囲にはハメルンの笛吹き状態で人が群がり、彼が移動すれば群がった人も移動する。そして絶好の撮影ポイント(天安門の正面)で人垣は壁となり、いきなり記念撮影大会。

I've never felt a bigger flow in all my life, but ... No, no, no! I'm not Phelps! I'm not Michael Phelps. I'm NOT Phelps! I'm NOT Phelps!


彼の悲痛な叫びをよそに、群がった人々は大騒ぎで大撮影大会である。BBCのカメラと彼の間にも何枚もの壁ができる。

誰かの麦藁帽子にさえぎられ、BBCのカメラがスティーヴの姿をとらえることができないなか、「私はフェルプスではない I'm not Phelps」という彼の声だけがこだまする――というより、彼がそれを念仏のように繰り返しているのだが。

My name is Steve Parry, from Great Britain. Steve Parry, Great Britain. Not Phelps.


こう絶叫しながら、団体さんの記念撮影に取り込まれて、人々のカメラに向かって微笑むリヴァプール出身、31歳、スティーヴ・パリー。そしてついに諦めがその瞳に浮かぶ。

You don't care, do you? NOT Michael Phelps.


その後も彼は「私はスティーヴ、英国人」と連呼しながら、人々を引き連れて、天安門広場を歩く。

彼はこれまで生きてきて、こんなに自分の名前を連呼したことはなかっただろう。



いや、おそらく天安門広場の人民のみなさんも、身長2メートル級の大男がテレビのカメラクルーを引き連れているということで、「よくわかんないけど有名人らしい」ってことで集まったんじゃないかと思いますけどね。で、誰かが「ひょっとしてフェルプスじゃね?」と言い出したところから「フェルプスがいるんだって、行こう行こう」でわーっとなった、ということは十二分にあると思うけど。

あと、スティーヴの悲痛な叫びは、耳には入っても聞き取られていない(言語としてデコードされていない)可能性は、ちょっとあるかも。いくらNOTがついていても、あれだけ「フェルプス、フェルプス」と言っていたら、そこだけ聞き取られてるかもしれない。

なんか閉会式では2012年大会の会場であるロンドンを代表して、「やっぱりbafoonだった」としか言いようがない市長と、ロンドンへの招致活動で活躍した「様」が北京入りするとかいう話があるんだけど、もしそれが本当なら、天安門広場では、白人でイケメンで坊主頭で金髪の人はとりあえず囲まれる、ということになりそうな気が。
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※この記事は

2008年08月20日

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1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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