kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年08月12日

写真で見る「北アイルランド紛争」

2009年5月5日
このエントリの内容は、the Northern Ireland Troubles FAQに移植しました。

この記事に含まれていた写真の解説は、下記URL(目次)からご参照ください。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118498941.html#partone

以下、オリジナルの投稿は一部だけアーカイヴ目的で残します。




「北アイルランド紛争」というと「IRAの爆弾」ばかりが語られますがそれだけではありません。ベルファスト・テレグラフが、"A Conflict in Pictures" という写真特集をやっています ("The Troubles in pictures" ではない、というのは興味深いですね)。全部で34点。1970年ごろから2005年ごろまでをカバー。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

いろいろな意味で強烈な写真集です。キャプションのつけかたも「ベルテレ性」が強烈だと感じられます。

【続きを読む】ではそれぞれのキャプションをもとに簡単な解説を書いておきます。


34点の写真を100 x 100で切り抜いて張り合わせたものを加工したサムネイル。

2009年5月5日
以下、それぞれの写真についての説明の文は、アップデートして、下記URL(目次)から閲覧できるページに移しました。お手数ですが、そちらをご参照ください。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118498941.html#partone

※この記事は

2008年08月12日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | northern ireland/basic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼