kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年07月07日

2005年7月7日から3年

2005年7月7日から3年目の今日、ロンドンでは追悼集会が開かれた。各メディアは、ごくごく小さな扱いで、3年目の様子を伝えている。以下、いつも見ているメディアということでBBCとガーディアンの記事。

Ceremony remembers victims of 7/7
Page last updated at 11:19 GMT, Monday, 7 July 2008 12:19 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/england/london/7481580.stm

Survivors remember July 7 London bombings, three years on
Paul Lewis and agencies
Monday July 7, 2008
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/jul/07/july7.london

爆発があった午前8時50分に、英国政府のロンドン担当大臣と、ロンドン市長(ボリス・ジョンソン)が、キングズ・クロス駅で花輪を手向ける式典をおこなった(といっても5人の政治家が淡々と花を置くだけで、式次第らしきものはなさそうだ)。ほかの3箇所の爆破地点でも、事件に巻き込まれた人や遺族・友人らが花を手向けた。BBC記事にはlow-key servicesとあるが、これらは小規模な静かなものだったようだ。

市長のことば:
Mr Johnson laid a memorial card which said: "We honour the memory of those who died on 7/7 2005, we salute the courage of those who were injured and our thoughts and prayers are with all victims and their families."


記事には補償金についても書かれている。BBCから:
More than 700 people were injured in the blasts and concern has been raised that 73 compensation claims have yet to be paid out.

Mr Johnson has written to Ms Jowell asking the government to ensure the backlog is dealt with immediately.

The Criminal Injuries Compensation Authority (CICA) said £7.5m had been paid to victims and relatives.

A spokesman said: "While we aimed to resolve all these applications as soon as possible, in some cases we still need information from third parties, for example, the police, medical specialists and employers."


The Criminal Injuries Compensation Authorityについては:
http://en.wikipedia.org/wiki/Criminal_Injuries_Compensation_Authority

前身となったthe Criminal Injuries Compensation Boardも入れると1964年設立の公共団体 (public body)で、ブリテン島での(つまり北アイルランドを除いた英国での)暴力犯罪で負傷した人に補償金を支払っている。資金は現在はMinistry of Justice(これは2007年に新たにできた省だから、その前は違っていたはず)から出ている(イングランド&ウェールズの場合。スコットランドは別)。



あの日、東京の自宅で何かテレビつけてて、夜9時前のスポットニュースで「ロンドンで爆発」というのを知り、夜9時のニュースを見て、そして封鎖されたキングズ・クロス駅という光景をテレビ画面の中に見ながら――私にとってはある意味「見慣れた」光景なのだが、それが1992年ではなく2005年であることがしばらく納得できず――、「30番のバス」が爆破されていたことに衝撃を受けて(あの路線はどちらかというと貧しい住宅街を通っているもので、「テロリスト」に狙われるような路線ではない→詳細)、同時に映像的に、1996年にIRAの爆弾犯が爆弾輸送中に誤って爆発させてバス爆破、バスに乗っていたアイルランド人(重傷。数週間後に死亡)が被疑者として騒がれ、しかし彼は無関係で、別の「アイルランド人」(死亡)が犯人だった、というあの「IRAの誤爆事件」を思い出し、また、当時はまだIRAがどう動くか不明の段階で、Real IRAの活動が活発化していることも断片的に伝わってきていて、ひょっとしたらProvisional IRAから大量に離脱者が出てReal IRAに加わり、活動開始の宣言として何かやったんじゃないのかとか(公共交通機関を狙うのはIRAの常套手段だった)、初期段階では情報が少なかったこともあって、頭がぐるぐるして気持ちが悪くなるほどだった。少しして「ロンドンでのテロ」を語るのに、「ロンドン」の専門家でも「英国でのテロ」の専門家(がいるかどうかは知らないが)でもなく、「中東」の専門家が日本のテレビに現れだしたあたりで心底げんなりした。「テロ」といえば「中東」、という大きな物語を食わされて食あたりを起こしたのだ。



「グレンイーグルス・サミット」開催中に遠く離れたロンドンであんなことが起こされたことから、「洞爺湖サミット」開催中の日本では、東京都心部が厳戒態勢であるらしい。都心に出る用がないため自分の目で確認していないので「らしい」としか書けないが。

※この記事は

2008年07月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/07 july 2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼