kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年07月03日

アンディ・マレーは「ブリティッシュ」か「ケルト」か(付:アイルランド人が「英国」を語るとものすごいことになる)

昨日から今日にかけてのSlugger O'Tooleが、読むところ多すぎで圧倒されているのだが、「北アイルランド」とは関係の薄いトピックからひとつ。ウィンブルドンに出場している「英国人」テニス・プレイヤーについての話題だ。

Andy Murray - uncouth anti-British Scot or new National Icon?
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/andy-murray-uncouth-anti-british-scot-or-new-national-icon/

彼が仮にサッカーのプレイヤーだったら、「ブリテンのなんちゃら」として語られることはなかった、というのが大前提――アンディ・マレーは「スコットランド人」だから。

今年はイングランドがサッカーのEuroに出てなかったから、英国の(というか「イングランドの」)メディアのスポーツ部門はヒマでヒマでしょうがないといった感じだったが、アンディ・マレーがウィンブルドンで初戦に勝ち、「快進撃」を開始すると、「どうでもいいサッカー(Euro)より、テニスがいいよね」なモードに切り替わった。これは2002年のワールドカップでイングランドがトーナメントで敗退した瞬間にメディアのスポーツのページが一斉に「ティム・ヘンマン快進撃」に切り替わったのを想起させるものだが、実際、いちいちリンクはしないけれども、マレーが勝ち進むにつれて「2008年のヘンマン」とか「英国のホープ/希望 British hope」とかいった賞賛の言葉が出るようになり、そういう大袈裟な(っていっても英国人にこだわる以上、「マッケンロー」とか「サンプラス」とかではなく「ヘンマン」だけど)言葉が、Google NewsなりBBC Sportなりを見るたびに目に入ってきた。

で、Sluggerのこの記事は、マレーがクオーターファイナルでナダルと対戦した日のもの。どうやら月曜日にガスケとの試合を逆転で決めたことで(2セット連取されてから3セット連取、これは盛り上がるはず)人気が沸騰したらしい。(ウィンブルドンについてのニュースはほとんど読んでいないのでよく知らないのだが。)

そういえばその試合の後だと思うが、ガーディアンかGoogle Newsかで「ばっちこい、フェデラー」みたいな煽り文があって、いやちょっと気が早すぎるんじゃないの(間にもう1試合あるっしょ)と思って失笑したものだ。

閑話休題。で、当初、マレーはあんまりウケがよろしくなかったらしい。そのことについて、Sluggerでは「2006年ワールドカップのときに、パラグアイがイングランドに勝てばいいのにと述べたことと関係があるのかもしれない、ということをデイヴィッド・メラーが書いているが」といったことを書いて、最後に次のような皮肉で結んでいる。
Maybe the old rule comes into play. British if you win and Celtic fringe if you lose. Which will Andy be by tonight?

昔のルールが復活するかもしれない。つまり、勝てばブリティッシュと呼ばれ、負ければセルティック(ケルト人)と呼ばれる。今夜、アンディはどっちになるだろうか。

この10年くらいかな、スコットランドのナショナリズムが従来のもの(トム・ネアン的な)とは別方向でも大きく動いて、「ケルト」性の否定がなされているらしいんだけど(詳細は把握しきれていません)、そういうアカデミックな話とはやはり別に、「ケルト」というレッテルを「『われわれ』の外部のもの」を表すときに都合よく使うという習慣(<雑な言葉の使い方をしてすみませんが)は、残ってはいるのだろう。

ちなみに、「マレー Murray」は「典型的なスコットランド人の姓」である。(たぶん日本でいう「田中」、「山田」、「鈴木」みたいな感じ。)

http://www.scotland.org/about/entertainment-and-sport/features/culture/heard-around-the-world.html
Murray is a variation of the word 'Moray' (meaning 'sea settlement') and the name originally denoted someone from the district on the south shore of the Moray Firth. The Murray spelling is no longer used for the geographical area but it became the commonest form of the surname, especially among Scottish emigrants, to the extent that the surname Murray is now much more common than the original Moray.


スラオさんでこれを読んだとき、サッカーのイングランド代表だけを熱狂的に取り上げるUKのメディアを、半分はおもしろおかしく思いつつ、半分は心底うんざりというふうに見る3週間(つまりEuro 2008期間)の後遺症に、きっぱり終止符が打てるような気がしたので、以上、ちゃちゃっと書いとくことにした。

なお、スラオさんのコメント欄で最初に「non-Brit的にはやっぱこういう感じだよね」という主旨で投稿されているアイリッシュ・イディペンデントの記事も、アイリッシュらしい饒舌さに付き合っていられる時間&精神的余裕さえあれば、かなり楽しめるのでぜひ。

Brits at the same old racquet in centre-court fantasy land
By Kevin Myers
Wednesday July 02 2008
http://www.independent.ie/opinion/columnists/kevin-myers/brits-at-the-same-old-racquet-in-centrecourt-fantasy-land-1425158.html
※以下、太字は引用者による。
Now, as you no doubt know, Brit-bashery is not my strongest suit: it usually reveals the more moronic individuals in Irish life, of whom we have been blessed with a plentiful supply in the letters page next door.

However, at this time of year I change sides, and am to be found outside the British embassy calling for the release of the Manchester Martyrs and the repeal of the Penal Laws.

まだまだ導入部だというのに、ここでもうお茶ふき尽くした。もうお茶はありませんよ・・・詳細は:
http://en.wikipedia.org/wiki/Manchester_Martyrs
http://en.wikipedia.org/wiki/Penal_Laws_(Ireland)

つまり、どっちも19世紀のこと。

続き:
For this is Wimbledon fortnight, that nauseating time when any Briton who can hold a frying pan at right-angles is hailed hysterically by the BBC as a red-hot contender for the Wimbledon title.

同格の節が長い。(笑) さらに続きがひどい比喩。

This is like the Irish media ecstatically expecting Brian Cowen to win Olympic gold at the 100 metres, or Mary Harney, the high-jump.

なんてひどいことを言うんだ。(笑) Brian Cowenは現在のアイルランド首相。100メートル走るのに30秒くらいかかっても不思議ではない雰囲気。Mary Harneyも閣僚で、同じような雰囲気。
http://en.wikipedia.org/wiki/Brian_Cowen

さらに話が広がって(ここで広げるなというに):
However, in all our naive enthusiasm for one of our own, we'd never try to enlist an American to supply intellectual support for such demented favouritism. But the BBC shows no such restraint whenever it considers the latest British hopeful, as it annually asks John McEnroe to offer his confirmation that Tim This or Tim That (doomed British hopefuls tend to be called Tim, or if they're not, should be) is about to break the British duck at Wimbledon for the first time since King Alfred. ...

ぎゃははは、"Tim This or Tim That" のところがアタマが痛くなるくらいに可笑しい。ここがあまりに可笑しいので、マッケンローがどうのこうのは吹き飛んでしまう。

この勢いでもうちょっと先に行くと、言葉遊びが始まる(笑):
John is, of course, unacquainted with the cricketing term 'duck' (<リンク補記), so he blinks owlishly as he tries to work out what paddling birds have to do with Wimbledon, other than as a metaphor for the rain that wipes out one Wimbledon in three. (Which is when that other British curiosity, Cliff Richard, breaks into song on the centre court, and those who haven't drowned accidentally do so very intentionally).

Anyway, the question is rephrased, and John is left with the task of being polite about the latest British hopeful. Now John McEnroe normally makes Michael O'Leary seem like Henry Mountcharles.

いちいち話がふくらむ。なんでクリフ・リチャードが出てくるんだとかもう大変。

「ティムいじめ」の一番すごいところ。全部太字にしたいけど:
He has seen Tim play tennis -- if you can call imitating bailing water out of a spiralling dinghy "playing tennis". Tim serves like he was painting a ceiling slightly out of reach.

His backhand resembles an elderly librarian querulously removing a dead rat from a shelf. His ground-shots are closely related to turnip-digging, and his net play looks like he's having a chat over the garden fence. And as for being slow: Tim once earned £5.76 from passers-by who thought he was imitating a statue. He was in fact serving to save the match.


全般的に最もすごいところ:
So it was with tennis-playing Tims, for most of the 20th century. The so-called Hunger March from Jarrow wasn't about unemployment at all, but in protest at them bluddy Nancies called Tim representing Britain at Wimbledon.

The only way that the British could prevent the Germans from humiliating Tim at Wimbledon in 1940 was by shooting them down, one by one, as they arrived.

Four years later, and the British stopped a US victory over Tim by putting up signs saying "Wimbledon", pointing to Omaha Beach. In 1956, the top Egyptian players were ambushed as they left Suez. And the internment operation in 1971 was merely a ruse to keep Irish tennis stars away from Tim at Wimbledon.

なんでここまで言葉が出てくるのかなあ。(笑) 顔がつりそうだ。ぎゃははは。スエズ危機(笑)。インターンメント(笑)。呼吸が、呼吸が……。

このまま最後まで読むと酸欠になるし、落ち着きましょうってお茶いれるとお茶ふくので、顔でも洗って読み進めると:
It made no difference. Tim This, Tim That and Tim Tother were about as capable of winning at Wimbledon as Eamon de Valera was at winning a nude beach volley-ball final in Brazil. But this never prevented the BBC from annually sounding off, like a girls' hockey team in the showers, that this IS GOING TO BE TIM'S YEAR!

デヴァレラ(笑)。よりによってデヴァレラがヌード・ビーチ・バレー(笑)。ないないないない。

というわけで、このあと数パラグラフ続くんですが(「今年Tim化されたのはスコットランド人のマレーだ」、っていう話で)、結局こんだけ長々と書かれているこの文章の言いたいことは、「テニスが下手な英国人がウィンブルドンで優勝なんてありえないから」の1行でまとめられる。(笑)

あと、最後のパラグラフがダメ押しで、「『ティム』の対戦相手のNadalってAbu Nidalじゃないよね? ほら、Al Fatahの創設者の。数年前に死んだはずだけどな。でもそうなのかな。そうならわかるっていうか。テニスなんかコートですら見たこともない死んだアラブ人と対戦するんなら楽勝でしょ、当然。それなら生きてるアラブ人とだって楽勝だ。そこまでして『ティム』を勝たせたいのか」etc, etcで、完全に「ナンセンス」だ。しかもかなり美しい。(ちなみにナダルはスペインの人。アブ・ニダルではありません。)

これだからアイルランドはたまらないんだけどね。しかし呼吸が……。



ついでなのでAndy Murrayについてウィキペディアを見てみたら……この人ってダンブレンの出身で、ダンブレン・マサカー(1996年、学校での銃乱射事件。自殺した犯人を含めて18人死亡)のときにあの学校の生徒で、犯人が運営していた学童クラブに通っていた。知らなかったー。

※この記事は

2008年07月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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