kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年05月28日

「英国ではサッカーは労働者階級のスポーツ」という類型に対する強烈なカウンターをどうぞ

英国をめぐる類型(ステレオタイプ)の中に、「サッカーは労働者階級のスポーツだ」というのがある。(それと同時に、フットボーラーがファンに丁寧に応対したりしていると「さすが紳士の国」云々のナレーションがつけられたりするのでわけがわからないのだが。)

「サッカーは労働者階級のスポーツだ」というのは、それ自体は真である。1990年ごろまではそう言われていたものだし、ほかのスポーツ(特にラグビー)と比較するとサッカーは際立って「労働者階級」的な存在だ。

しかし、少なくとも21世紀の現代においては、「サッカーは労働者階級のスポーツだ」をひっくり返して「労働者階級以外はサッカー以外のスポーツに入れあげる」とか、「サッカーは労働者階級だけのスポーツ」と言ってしまうのは、真ではない。

それでもしかし、「サッカーは労働者階級のスポーツだ」というわかりやすい言説は、ときに「サッカーは労働者階級だけのスポーツだ」と尾ひれはひれをつけながら、今も流通している。「それ、必ずしも正しくないですよ」ということを指摘したい場合は、普通に「今はそうとも限らないですけどね」と言うこともあるが、黙ってほほ笑んで聞き流しておくこともあるだろう。

いずれにしても、「労働者階級だけ」でないことをはっきり示すエビデンスがあれば、「サッカーは労働者階級だけのスポーツだ」という極論を知ったかぶりで吹聴するような人々の発言は無視すべきものだということを、説得力をもった形で示すことができるわけで、その機会を待ち望んでいた人も少なくなかろう。

そしてついにその機会が、まさに願ってもないような形で、我々の前に訪れたのである。

ケンブリッジ公、つまりウィリアム王子といえば、英王室メンバーの中でも最も真顔力が足りていない人である。昨年のヘンリー王子の結婚式の際、あまりに激しいアメリカの黒人教会式の流儀に、エリザベス女王をはじめ王室の方々が居並んだ席のなかでただ一人、顔を真っ赤にして下を向いて肩を震わせているのが中継されていた(ちなみにお父さんのチャールズ皇太子は、口元が多少ひくひくしながらも鼻で大きな息をするなどして持ちこたえていたし、お祖母さんのエリザベス女王に至っては完璧な真顔力の持ち主としての実力をこれでもかこれでもかと見せつけていた)。

そのウィリアム王子がサッカーの「アストン・ヴィラFC」(バーミンガム拠点)のサポーターであることは、英国では広く知られているそうだが、現在チャンピオンシップ(二部リーグ)に落ちているアストン・ヴィラが、来季におけるプレミアリーグ昇格をかけた試合が27日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われ、ウィリアム王子もVIP席で熱戦を見守った。試合は終盤、アストン・ヴィラが1点リードしたまま、アディショナル・タイムに入り、VIP席ではウィリアム王子が(フットボール・ファンにはなじみ深い)例の表情で(つまり感情をむき出しにして)、試合を見守っていた。

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posted by nofrills at 23:53 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月11日

虚構新聞さんの "バンクシー?の「『バンクシー?のネズミの絵』見物客の絵」に見物客殺到" の内容を、英語でわかる(かもしれない)ようにしてみた。

それは、おもしろい冗談記事を読んだあとで書いた、何気ない一言だった。

バンクシー?の「『バンクシー?のネズミの絵』見物客の絵」に見物客殺到 東京

これは英訳したらバンクシーを笑わせることができるのではないか。

2019/05/10 11:46


そして、この投稿から数時間後……

bhatenanejpentrykyoko-npnet2019051001.jpg

……

bhatenanejpentrykyoko-npnet2019051001b.jpg

これがまだこのあとも増えているのだ……。

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……やるっきゃない(土井たか子調で)。俺、この仕事終わったら終わる前でも、Banksyから笑いを取るんだ。


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posted by nofrills at 01:40 | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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