kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年02月07日

BBCは嘘をつく。そしてしれっと修正する。(「情報として最小限で必要不可欠な限定句を省略する」という手法について)

1つ前のエントリが、結局は、メディアがview数を目当てにスピンした(ミスリーディングなことをわざと書いた)という事案だったかもしれないのだが、6日に、同じようなスピンが行なわれている現場にリアルタイムで遭遇した。

どちらにしても、実際にあった発言の一部を、狭いスペースに入る程度に切り出して(ここに「編集判断」が働く)、そのいわば「短縮版」を、「放流」すれば勝手に「拡散」されていくようなSNSという場に放り投げるだけの簡単な(それでいて手法としては計算されているような)お仕事。1つ前のエントリは、内容としては多少は「社会」的な面もあるにせよ、カテゴリーとしては「芸能ニュース」だったが、ここに書くのはもろに「国際」「政治」のカテゴリーで、つまり「フェイクニュース」という表現で語られるべきことだ。

Screenshot_2019-02-06-21-43-25.jpgさて、何があったか。2月6日の夜、本を読んでいた私は何気なくBBC Newsのアプリを立ち上げてみた。そこで目にしたものに、思わず崩れ落ちた。

先日も書いたが、今の英国――というよりイングランドのBrexit支持界隈のムードは基本的に完全に "Us vs Them" になっている。 "Us vs Them" はすべてを敵味方に分ける考え方で、「我々に賛成・同調しない者は、みな敵だ」という状態。世界のすべての国を例えば「反日か、親日か」で分けて考えるようなことは、便宜的に、考えや状況を整理するためにやるのならまだましだが(それでも私はそういう考え方はとらない)、実際に何か対立や争いがあるときにその枠組みで考えることは、極めて危険なことだ。「自分たちの思い通りにならないのは、敵のせいだ」という思考で物事をみるとき、そこに見えてくるのは「解決すべき問題」ではなく「叩き潰すべき敵」であるだろう。

そういうのが煽られているときに、「敵」が「暴言」を吐いて、我々を「侮辱」している、というストーリーがあれば、煽られている人々はますます感情を高ぶらせて怒りを募らせるだろう。

ここで見出しになっているドナルド・トゥスクの発言も、それを伝えるBBCの見出しも、絶望的なまでにひどいものだと私は見てとった。こんなの、感情を煽ることにしかつながらない。



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リーアム・ニーソンの発言の炎上、そしてウィンストン・チャーチル――あるいは「誰の人種主義がどのように、どこまで、人種主義と認められるのか」。

(Twitterだけで終わらせようかと思ったけど、ジョン・バーンズがウィンストン・チャーチルを持ち出してきたのは記録しておくべきだと思い、ブログを書いている。)

映画俳優が不用意な発言をして炎上しているだけだったら、見出しを見るだけで終わっていただろう。だが今回炎上しているのはリーアム・ニーソンだ。しかも炎上の中身が「人種差別」。

リーアム・ニーソンについては、日本では特に「ハリウッド俳優」と見なされているし、「米俳優」と呼ばれることもあるが(実際、米国在住だし米市民権は持っているはず)、出身は北アイルランドである。それも、プロテスタントが多数の地域に暮らすカトリック、という立場にあった人だ。北アイルランド紛争下で個人を常に「集団の一員」と見なすのが当たり前という環境の中に身を置いて、それを体験している人が、今ここで「人種差別」で炎上しているというのはどういうことなのか――記事を読まずにはいられなかった。そして読んで、唖然とした。

私が読んだのは、英国の通信社Press Association(日本で言えば「共同通信」のようなところ)の記事である。これをただの「芸能人の問題発言」とはとらえていなさそうな媒体だからという理由でベルファスト・テレグラフを見に行ったのだが、中身はPAだった。

Liam Neeson: I walked streets hoping to kill black person after friend was raped
The actor has said he wanted revenge for the attack.
February 4 2019
https://www.belfasttelegraph.co.uk/entertainment/film-tv/liam-neeson-i-walked-streets-hoping-to-kill-black-person-after-friend-was-raped-37781066.html

PAの記事は、別の媒体(英インディペンデント……あとでリンク)の記事内容をかいつまんでまとめたような記事で、どういう発言があったのか、それがどういう文脈でなされたのかはよくわかる。

いわく、公開を間近に控えた新作映画(またいつもの復讐もの)の主人公の行動について、インディペンデントのインタビュアーが質問したのに対し、ニーソンは「実際にあったことです」と前置きして、自分の体験を語った。発言内容は、次のようなものだ。
「以前のことですが、自分が遠方に行っている間に、友人がレイプされまして。旅から戻ってきてからそういうことがあったのを知ったのです。レイプという状況に、本人は見事に、それは見事に対処していたのですが、私はといえば……まずは彼女に、犯人は誰なのかわかるかと訊いたのですが、わからないと。そこで何色だったのかと (What colour were they?)。彼女の答えでは黒人だと」

「私はコッシュ(棍棒)を持って街を歩き回りました。誰かがちょっかいを出してくるのを待って――こんなことを言うのは、恥ずかしいことなのですが――。1週間くらい、そうしてましたね。黒人のクソ野郎がパブから出てきて、私に言いがかりをつけてきてくれるんじゃないかって思いながら。そういうことになれば、そいつを殺せる、と」

「1週間か、1週間半か、そのくらいずっとその調子でした。彼女に行き先を尋ねられれば『ちょっと散歩にね』と答えていましたよ。『何、どうしたの?』『いや、別に何ともない』というやり取りもありました」

「恐ろしいことでした。今思い返せば、自分がそんなことをしたとは、実に恐ろしい。今まで誰にも明かしたことのない話ですよ。それを(よりによって)ジャーナリストにこうして語っている。実にとんでもないことです (God forbid.)」

「ひどい体験でしたが、そこから私は学んだのです。最終的には『おまえは何をしてるとんだ』思って」

「私はああいう社会の出身で――紛争期の北アイルランドで育ちまして、ハンストで死んだ人たちも数人知ってますし、紛争に深く絡め取られていった知り合いも何人もいます。復讐の必要性というものは、私は理解している。けれどもそれは、さらなる復讐を呼ぶだけです。さらなる人殺しがまた人殺しに。北アイルランドは、それを証明しています。世界中で起きているそういうこと、そういう暴力がその証明です。しかし、初期衝動的に(復讐が)必要だと感じることは、私は(身をもって)理解しています」


一読して、「何と正直な」と感嘆しつつ、呆れかえってしまった。こういうことを、新作映画のプロモーションで、インタビュアーに喋るということの意味がわからなかった。しかもその新作映画が、またいつもの「復讐劇」なんでしょ。私は常々「あの路線つまんないし、リーアム・ニーソンの無駄遣いだからやめれば」と思っているのだが、「復讐」をドラマチックでロマンチックな、一種の「男のロマン」に仕立て上げるお芝居をしながら「復讐はよくない」と言ったところで、説得力ないじゃんね。しかも北アイルランドのベルファストでは、紛争が終わって20年経過してもいまだに、現実にパラミリタリー絡みの殺人事件が発生して、家族が「報復はやめてください」と訴える、ということが起きているのだ。

例えば『スリー・ビルボード』みたいにして「復讐」を描いた作品のプロモーションなら、ニーソンの発言の意義も一応わかると思うけど、事実上シリーズ化している「リーアム・ニーソン主演の復讐もの」にそういうの期待できるかっていうと……。

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2019年02月05日

妄想に規定された、Brexitをめぐる風景(2019年1月以降現在までのざっくりとしたまとめと、覚え書き)

私の見るパソコンの画面の中で、妄想が現実を侵食している。その「妄想」は何も新しいものではない。過去にも見かけはしている。そのときはドン引きしつつ「あー、はいはい」と流したりしていたものだ。しかし、最近――英国会下院でのテリーザ・メイの "meaningful vote" 以降は目に見えて――ドン引きしながらも生温かく見守ることができるという限界を超えている。目にしたら「何これ!」と叫んでしまう。あるいは見なかったことにしてそっ閉じして、その後は近寄らないようにしてしまう。(それがどういうののことかは本稿もっと下の方に書いてある。)

2019年1月15日の "meaningful vote" でメイがEUとの間に取り付けてきた合意(協定)案が歴史的大敗北を喫して以降、Brexit(ブレグジット)をめぐる英国内の論点としては、選択肢は「Brexitしない(英国がArticle 50の発動を一方的に取り消す)」、「期限日(3月29日)の延期」、「合意なし(no-deal)のBrexit」、「再度のレファレンダム(People's Vote)」、そして「メイが持ってきて否決された合意案の修正」の5つになっている。

「Brexitしない」という選択肢は、事実上、理論上のものにすぎない。与党保守党のみならず、最大野党(the Official Opposition)の労働党もEUからの離脱は実行する構えだからだ(2018年12月の時点で、労働党のジェレミー・コービン党首は「総選挙をやって政権交代しても、Brexitは実行する」と明言している)。

同じ理由で、「再度のレファレンダム(People's Vote)」もほぼ可能性はない。2018年10月には、ロンドンでPeople's Voteを求めるデモが、すさまじい規模で行なわれたし、それは日本語圏でもニュースになっていたが、何十万人もが街頭に出たからといって、それがウエストミンスターの議事堂内で討議されることにはならない。労働党は、かなりの数の議員たちがPeople's Voteを支持していても、党執行部は「断固Brexitを推進」の方針を貫いている。そもそも、再度レファレンダムを行なったところで、Brexitしない(EUに残留する)という結論が出るという保証もない(世論調査では「今実施すればEU残留になる」という結果が出ているとたびたび報じられているし、1月以降は企業が次々と英国から出て行くというニュースが続いているので、論理上は「こんなことになるならEUに残留したほうがまし」と考える人が増えていると考えることはできるが、「もうここまできているのだから」と考える人も増えているかもしれない。そもそも「事前の世論調査」があてにならないことは、近年の選挙結果が示している通り)。

というわけで、現時点で現実味のある選択肢として残っているのは、「期限日(3月29日)の延期」、「合意なし(no-deal)のBrexit」、「メイが持ってきて否決された合意案の修正」の3つと言えよう。

そのうち、現政権がやろうとしているのは、「メイが持ってきて否決された合意案の修正」である(当たり前といえば当たり前だが)。その「修正」を要求しているのは、保守党内のBrexit過激派(昔は「欧州懐疑派 Eurosceptics」と呼ばれていた人たちが、今は「Brexit過激派」になっていると思ってだいたいよさそうだ)で、どこをどう修正しろと言っているかというと、例の「バックストップ」である。つまり「バックストップを除去せよ」と。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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