kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2018年12月31日

共訳書が出ました(ウィリアム・ブルム『アメリカ侵略全史』作品社)

10年以上前に翻訳に携わった共訳書が、今月、店頭に並びました。著者は米国人の元国務省職員でジャーナリストのウィリアム・ブルム氏、訳者は益岡賢さんと大矢健さんと私(いけだよしこ)で、原著のタイトル(原題)はKilling Hope: US Military and CIA Interventions Since World War II(直訳すると「希望を殺すこと: 第二次世界大戦以降の米軍とCIAによる介入」)、邦題は『アメリカ侵略全史』。版元は数々の重要な本を出してこられた出版社さんで、Twitterでも注目を集めている株式会社作品社さんです。

内容はタイトル通りで、全56章プラス序章や補章からなる、全部で700ページを超える分厚い本です。しかも上下二段組。原注もそのまま入れていますし、訳注もがっつり入れたので、みっちり詰まってます。むしろ、詰まりすぎ。こういうクリスマスのお菓子が中欧にあるよね、的な詰まり具合です。私の担当は中東(特にイラン、シリア……翻訳作業をしたのはイラク戦争の時期だったのですが、訳稿が塩漬けになっている間に中東の情勢がああなって、よりによって2018年、一番ホットなところじゃないですかー、的な地域。レバノンも入ってますけど)とドイツですが、本全体から見ればそれはごくごく一部にすぎず、中南米、アフリカ、アジア(東南アジア)、西ヨーロッパと満遍なく、表題の件が胸焼けするほどの密度で詰め込まれています(表題の件はペラ1枚でも胸焼けしますが)。

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装丁はソフトカバーなのですが、持った感じはハードカバー。というか辞書。出版社さんから送っていただいた出来本を受けとったとき、思わず「ぐは」と声が出たほどです。今日立ち寄った書店さんでは棚に表紙を出して並べてくださっていましたが、分厚いので2冊載せればスペースいっぱい。という具合ですから、書店でのお買い上げ、ご自宅でのお読みの際は筋肉痛にご注意ください。

ご参考までに、今年初めに出た同様のテーマの本、ジョン・ダワー『アメリカの暴力の世紀』(ハードカバー)との比較写真です。ダワーの本が理論的なまとめとすれば、ブルムのこの本は実証的というか資料を丹念に読み込み、細かく引用した検証と言えるかもしれません。

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米国の外交政策(というか国際的な軍事政策)について、私は個人的に「オバマ大統領の時代はよかった」とは思っていないのですが(やっぱドローン攻撃のこととか、ちょっとひどすぎるんですよね)、それでもトランプ大統領の今の時代……特に「イスイス団終了のお知らせだぁ、ひゃっはー。これで米軍はシリアから引き揚げますっ!」的な、あまりに単純すぎ性急すぎる判断が出てしまうという現実(そしてそれがあっというまにひょっとして取り消しになんの? とすら思ってしまうような展開を見せるという不安定で不確かな現実)の中では、「オバマは少なくともまともだった」と思ってしまうし、そう書いてしまう。その「まとも」はあくまで「ポリシーの継続性」とかいった政権運営のノーマリティという意味でしかないのですが、あまりにたびたびそう思わされることがあると、たまにオバマ前大統領のニュースがあると「オバマの時代はよかった」的なことを思ってしまいます。でもそれはイリュージョンなんです。

そういうことがわかる一冊です。

もちろん、「アメリカはこういうことをしている」は、「こういうことをしているのはアメリカだけ」という意味にはなりません(「みかんは果物である」は、「果物はみかんだけである」にはならないし、「みかんだけが果物だ」にもならない)。けれども「アメリカはこういうことをしている」ことにかわりはないわけです。そしてアメリカは実際問題として「唯一の超大国」。

まあ、この情勢下、個人的には、アメリカ以外のcovert operationの当事国についてもどんどん調査・記録が進んでほしいと思っているのですが。【続きを読む】
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【訃報】サイモン・リケッツ(ジャーナリストにして、Twitter landの良心)

30日、尊敬していた書き手が亡くなったとのニュースがあった。そのニュースの重さを消化しながら、その書き手のブログをまとめて読んだ。「また訃報を聞いてからようやく、その人の成し遂げたこと・遺したものに接するというナンセンスなことをしているな」と思いつつ――その書き手はガーディアンのジャーナリストで、Twitterでの発言も活発だったから、個人的なブログまでは私は読んでいなかった。ジャーナリストなど文章を書き、言葉で生きてきた人の訃報があれば、半ば反射的にいつもしているように彼の(「彼の」というどこかパーソナルな響きのする日本語を使うことに、私はここで違和感を覚えているが、台所できれいにすべきものを重曹やらクエン酸やらにつけている合間の時間に、言葉を精査することは不可能だ)Twitterアカウントを見てみようとしたが、彼のアカウントはきれいさっぱり消えていた。Googleのキャッシュは残っているのでキャプチャを取った

最後のツイートは12月23日。訃報の1週間前だが、時差があるから正確に「1週間前」なのかどうかはわからない。彼のTwitterは大人気だったから(最後のGoogleのキャッシュでは、フォロワー数は49.4kとなっている)、Twitter上での人々の発言には彼のアカウント名への言及が少しはありそうなものだが(訃報の場合、多くの人がリプライを殺到させないように配慮するのか、あるいはほかのマナーのためか、@をつけてのアカウントへのメンションは少なくなるのが通例。でも少しは@での言及があるものだ)、訃報を受けてTwitterでなされる数々の発言には、彼のアカウント名が入ったものはまるで見当たらなかった。最後の投稿から訃報までの1週間ほどの間に、本人がアカウントを消したのだろうか。英国伝統のウィットとユーモアと深い洞察を凝縮し、人間というものについてのかなしみという土台の上に盛り付けたようなあれらの言葉の数々が見られなくなることは、大きな損失だ――広く一般の人々にとって、それ以上に私にとって。

こんなことなら、全部保存しておくのだった。彼の死はいわば「予告された死」であった(末期がんで先が長くないということを、彼は明らかにしていた)。しかし「遺された言葉」の集積体、いわゆる「跡地」になると思われていた場所が消えてしまうことなど、誰が想像していただろう。そう思ってみても、あとの祭りだ。

それを噛み締めながら、彼が消さずに残していったブログを読んだのだ――人々に、Twitterで満足させずにブログを読ませるために、Twitterアカウントを消したのかもしれない。そこには140字/280字の英文には不可能な、饒舌ともいえるストーリーテリングがある。

その中に、こんな言葉があった。
I want everyone to have those same choices I do. I want everyone to be able to live with the freedom that I have. It really is the most simple and basic equality.


「これだ」と思った。何が「これだ」と思ったのかはよくわからない。私の中に出てきた言葉が「これだ」だった。

何が「これ」なのか。「これ」は何なのか――この書き手が一貫して持ち続けていたヒューマニティ。

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2018年12月22日

あれから1年(骨折記)

主人がオオアリクイに殺されたわけではないが、前方不注意の自転車に衝突されて骨折してから1年が経った。長い話を短くすると、昨年12月、当方が自転車で歩道の左側を徐行中に、左側の真横の本来自転車が走行しているはずのない通路(駐輪場からの出口)から、猛スピードで前方不注意の自転車が出てきて、フレームのペダルのすぐ前の部分に激突され、私は吹っ飛ばされて右手から着地し、右肘の中のほうを骨折した。(骨折の診断にはレントゲンでなくCTが必要になるような場所だった。)

pic21dec2018.jpg骨折自体は1ヵ所で、骨の回復は順調に進んだし神経も全く問題なく、日常動作にはほぼ支障はないが、骨折した周囲の筋肉のstiffnessが残っているため、今も2週間に1度、リハビリのために通院し続けている。近所のマクドナルドにいた女子高生八百屋のおかみさんの話では、同様に自転車事故で腕を骨折した人は2年以上通院しているというし、私のリハビリを担当してくれている理学療法士さんも「ぶつかられて骨折した場合、自分で転んだのとは違うように力が加わるようで、リハビリには時間がかかるもの」と元気付けてくれているのだが、まだしばらく、通院は続きそうだ。

普段はもう湿布薬なども貼っていないのだが、ちょっと疲れていたりすると腕がだる〜っと重くなり痛みが出る。折れたのは肘の関節の中だが、主にだるくなるのはその先、手首にかけての部分で、時には肩から肩甲骨にかけてずーっと張っていることもある。台風など大きな低気圧のときもつらくて、タイピングする高さまで右腕を上げられなくて左手だけでタイプしてたこともある。今年はいつまでも暑かったが、気温が下がっていきなり冬になったあとは、寒さと冷えで腕が痛むこともあり、アームウォーマーが欠かせなくなってしまった。あと、何かの拍子で痛みがひどくなることもあり、そういうときは湿布を貼っている。今日は何も力仕事などしていないのにかなり痛い。寒さのせいかもしれない。


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2018年12月07日

フランス、ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)の抗議行動を伝える英語圏に関するメモ(含: 情報戦について)

ネット上の日本語圏ではなぜか「イエローベスト」という英語で語られたりもしているフランスの「黄色いベスト」(現地語で「ジレ・ジョーヌ gilets jaunes」)をシンボルとする大規模な抗議行動について、というかそれが英語圏でどう語られているかについて、1本ブログ記事を書こうとしていたのだが、あいにくその気力も体力も知力もないので、ツイートしたものをお手軽にまとめておこうと思う。こんな記録でも、自分のブログに何もないよりはましだ。

簡単に今回の抗議行動についてまとめておこう。抗議行動のシンボルとなっている「黄色いベスト」は車を運転する人が車に載せておくことを義務付けられているものである。車が故障した際に赤い反射材でできた三角形の表示を出すと同時に、運転者はこの黄色いベストを着用することになっている。つまりこのベストといえば「車を運転する人」の意味になる。特に「トラック運転手」とか「農業従事者」とかいった区別なく、「車を運転する人、すべて」だ。

彼らが抗議しているのは、少なくとも発端としては、政府がディーゼル燃料にかかる税金を増税し、燃料が大きく値上げされたことだ。増税は、化石燃料への課税を大きくして非化石燃料への転換を促すために行なわれたもの。依然、ディーゼル燃料への依存が高いフランスにとっては、環境負荷を小さくしていくことは大きな課題だ。そのためにマクロン大統領はエコカー購入に補助金を出すと同時に、ディーゼル燃料にかかる税金を増やすという手を打った。やりようによってはうまくいったのかもしれないが、マクロンのやり方は完全に悪手だったようで、全国的な抗議行動を引き起こした。

BBCの映像報告(BBCのナラティヴは気になるが)。車がないと生活が成り立たない人の声。「ミドルクラスが消え去って、社会は富裕層と貧困層に両極化した」。「1968年5月の再来だと言う若い人たちもいる」:


この直接行動が始まったのは11月17日(土)で、初日に死者が出たのでBBCなど英語メディアでも少し大きく報じられていたが(でもそのときには日本語での大きな報道はなかったようだし、日本語圏で事態を注視している人もあまりいなかったかもしれない)、国際的トップニュースの扱いを受けるようになったのは2週目の土曜日に「暴動」っぽい状況になったあとだった。日本語でもその段階で「デモ隊が暴徒化」というお決まりのフレーズで報じられるようになり、そうなると今度はニュースを見た人の「これはひどい」という伝言が加速する。初日に死者が出ていることも知らずにいて、「暴徒化」云々で騒げる人たちは、よほど「デモ」が嫌いなのだろうと思う。あるいはパリについて旅行雑誌の描くようなイメージで決めてかかっているか。

とはいえ私も、17日のニュース記事を見たとき、最初は「はいはい、フランスのデモ、フランスのデモ」で終わると思っていた。BBCなどにおいて、「フランスでのデモ」は一過性のニュースで終わるのが常だ(だから英語圏でも最初は扱いが大きくなかったのだと思う。道路上のバリケードに関連した事故が原因で不幸にも亡くなってしまった方々がおられるが、「国家の暴力装置」などニュースになる背景があったわけではなかった)。だから今回もまた、デモを組織している労組なり何なりが「人々の怒り」を政治家たちに見せ付けたあとで、交渉の局面に入るのだろうと思い込んでいた。それにタイミング的にBrexitをめぐるあれこれが(特に北アイルランドで)進行していたし、個人的な関心はフランスには向かなかった。

しかし翌週(24日の週末)もフランスからのニュースは続いた。シャンゼリゼがデモ隊に封鎖されるなど事態はますます激しくなり、警察によって催涙ガスやウォーターキャノンが使われた。「デモ隊(の一部)が暴徒化」という定型表現に落とし込めるようになっていたからか、日本語での報道もなされているようだった(ろくに見てないけど)。デモが暴力的になり、マクロンはそれら「暴徒」を非難するという反応を見せた。後のマリー・アントワネットである。

そのときのBBC News記事が下記。よくまとまっている。

France fuel unrest: 'Shame' on violent protesters, says Macron
25 November 2018
https://www.bbc.com/news/world-europe-46331783

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2018年12月06日

ナイジェル、UKIP辞めたってよ。

2016年6月のEU離脱可否を問うレファレンダムで「離脱」陣営の(非公式の)顔としてすさまじい存在感を(メディアのおかげで)発揮しておきながら、レファレンダムから10日ほど後にはUKIP党首という責任ある立場を辞めていたナイジェル・ファラージが、このたび、UKIPをすっぱり辞めたという。

その「辞めた」という宣言を、テリーザ・メイがEUとの間でやっとのことで合意し、英国会に持ち帰った離脱プランに関する討議の初日(予想されていた以上の、すさまじい荒れ具合を見せている)にぶつけてくるあたり、おぬしもワルよのう……なんだけど、ナイジェル・ファラージがどんなことを画策してきたところで、今さら驚くには値しない。ああ、そうですか、という程度だ。

しかし、UKIPと手を切ることにした理由が、UKIPの現在のリーダーシップが、「トミー・ロビンソン」という活動家名で知られるEDL創設者(実名はスティーヴン・ヤクスレイ=レノン)を党に招じ入れ、彼の「反イスラム」のレトリックを党のレトリックとしようとしていることだ、という辺り、「驚く」とかじゃなくて何というか、ただ呆れて言葉を失うよりなくなってしまい、逆に言葉が大量に噴出するという感覚だ。

ともあれ、この件を私が知ったのはロイターの速報で、そのあとでガーディアンの記事を読んだのだが、ロイター記事とガーディアン記事が「ナイジェル・ファラージとは誰か」という点においてまるで違うので、それをここに書きとめておこうと思う。


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2018年12月05日

「化粧筆を贈呈」のレベルではない、バロンドール授賞式での公然たるセクシュアル・ハラスメント

フランスのサッカー誌(紙)が主催するサッカーの最優秀選手賞、バロンドール(英訳すれば「ゴールデン・ボール」)で、女性部門が今年から新設された。「女性初のバロンドール受賞者」となったアーダ・ヘーゲルベルグ(リヨン)は、男性部門受賞者のルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)、若手部門と言える「コパ・トロフィ」受賞者のキリアン・ムバッペ(エムバペ)と並んで、最高の笑顔を見せていた。

Embed from Getty Images
※ゲッティのキャプションが間違っている。 Ada Hegerbergはスウェーデンではなくノルウェーの人だ。

だが彼女は、フットボーラーとしてのこの最高の日の最高の舞台で、公然とセクハラを受けた。「黄金のサッカーボール」をかたどったトロフィーを彼女に贈呈したフランスの著名人(DJでシンガーソングライターだそうだが)が、壇上で彼女に「トゥワーキングのやり方はご存知ですか」と、へらへら笑いながら言い放った(「トゥワーク」「トゥワーキング」というのは、わかりやすく言えば「尻振りダンス」。女が男に向かって尻を突き出し、くねらせるという動作を行なう)。

瞬間、アーダ・ヘーゲルベルグは凍りついたような笑みを浮かべ、一言「ノン」と答えてその場を離れた。

右から左へ受け流した。

彼女は授賞式の前、「サッカーという男社会と女性プレイヤー」についてインタビューで語っていた。下記ガーディアンの映像は全部で1分程度だが、後半はそのインタビューの映像だ(彼女は英語で語っている)。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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