kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2018年10月21日

10年以上前に書いた文と、トラックバックと、はてなダイアリーについて: 「検証可能」ではなくなるということ

『新潮45』の廃刊を受けて、高橋源一郎さんが書いた文章が、先日、はてなブックマークでおおいに話題になっていた。現時点(10月21日夜)でブクマ数1200件を超えている。

その文章は、どうか各自ご自身で読んで、感想があれば(私にぶつけずに)ご自身でアウトプットして消化していただきたいのだが、私自身は非常にひっかかるものを感じながら読んだし、一読して違和感以外の何ものでもないもの(なのに、別の何かに偽装されているもの)を喉元に詰まらされた感じがした。口に入れれば口の中の水分を全部持っていくカステラ的なおやつを、お茶も水もなく出されて、「どう、美味しいでしょう」という圧力を感じているという感覚だ。これは「志の高い若者が挫折し、ダークサイドに落ちた」という《物語》なのか? Facebookに就職したニック・クレッグのように? (クレッグのことはまた改めて書く)

中でも、最も大きな「?」が頭の上に浮かんだ箇所がここだ。

「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい」というのも類を見ない発想だ。他の雑誌でも「詳細を知らないが」と前置きして書いているのを見かけるので、あえて「知らない」ままで書くのがお好きな方のようだ。おそらく、その方がフレッシュな気持ちで書けるからだろう。とにかく、小川さんに「事実と違う」と指摘するのは意味がないのではあるまいか。だって「知らない」っていってるんだから。しかし、これ、いい作戦かもしれない。おれも、「詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細を知るつもりもない」と前置きして書くことにしようかな。それで文句をつけられたら、「おれの文章をきちんと読め! 知らないっていってるだろ」といえばいいわけだ。でも、それでは、「新潮45」を読むような善男善女の読者はびっくりしたと思う。ふつうは、ある程度、意味を知って書いているはず、と思いこんでいるからね。

--- 高橋源一郎、『「文藝評論家」小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた』
http://kangaeruhito.jp/articles/-/2641


ブコメに書いたんだけど、「『……性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい』というのも類を見ない発想だ」というところで「?」となった。その「類」、けっこうよく見るんですけど……っていう感じ。それもネット上の特殊なところで見るわけではなく、書店の書棚なんかで。

高橋さんのこの記述自体が、この記述において述べられている「詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細を知るつもりもない」的な開き直りの構造になっているから、意図的なことなのかもしれないなと思うけれども、ともあれ、問題はLGBTQなどの用語で表されている「性的アイデンティティの多様化」(というか「男か女かの二分法を超えたアイデンティティ」)について、「マルクス主義がぁぁぁ」「サヨクがぁぁぁ」と叫んで「伝統の解体」だの「社会の破壊」だのをもくろむ陰謀だと主張する向きは、かなり前から、けっこうそこらへんにごろごろしているということだ(私個人が直接観測できる範囲では、LGBTQについて「伝統の解体」だの「社会の破壊」だのという結論を自分の中で導き出し終わっている人が、「では、それはなぜなのか」という理由を求めていった先が「サヨクがぁぁ」言説だった、ということがある。そういう場合は左翼でない/右翼の/マルクス主義の影響を受けていないゲイライツ活動家の実例をひとつふたつ示せば話は終わると思うが)。

そういうトンデモな主張について、私は以前このブログで書いている。私のそのブログ記事の前段階にあったのは、荻上チキさんの「トラカレ」の記事で、今回、高橋さんの文章に対するはてブのコメント欄には、それが読めるURLを貼っておいた。

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2018年10月18日

「そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったから」――2018年の #ブッカー賞は、アンナ・バーンズがMilkmanで受賞

今年で50回目を迎えるブッカー賞は、史上初めて、北アイルランド出身の作家が受賞した。

ブッカー賞は、ざっくり言うと、英語圏で最も参考にされている文学賞。日本でいえば「芥川賞」みたいな存在だ。元々は英国圏(ブリテン諸島、つまり英国とアイルランドと、旧英連邦諸国)の作家・作品を対象としていたが、2014年からは英語全体に対象を広げ、昨年と一昨年は米国の作家が受賞しており、今年も最終候補(ショートリスト)の6点のなかでは、米国の作家の作品が有力視されていたようだ。

その下馬評を覆して受賞したのが「大穴」のアンナ・バーンズ。1962年生まれの彼女にとって、受賞作のMilkman(ミルクマン)は長編3作目だが、デビュー作のNo Bones(2001年)もオレンジ賞の最終候補に残るなど高く評価されている。バーンズは北アイルランドの首都ベルファストの北部にあるアードイン地区に生まれ育ち、1987年にロンドンに移り住み、現在はイースト・サセックスに暮らしているという。

アードイン地区といえば北アイルランド紛争で最も激しく暴力が吹き荒れた場所のひとつである。ユニオニスト独裁政権への抗議行動が続いていた1968年10月(今から50年前)、デリーでの暴力により事態が「紛争」の局面に入ったとき、バーンズは6歳だった。うちらの感覚でいえば小学校入学から25歳までずっと、いろいろと厳しいエリアで、「紛争」の激しい暴力が日常という中で過ごしたのだ。

今回の受賞作Milkmanは、北アイルランドの「どこ」と特定していない町で、「どういう名前のだれ」と特定されていない18歳女子が、一人称で、彼女の身に起きたことを語るという作品である。

2018年1月に出た本で、ハードカバーだけでなく既にペーパーバックも入手できるが、日本から買うなら電子書籍が手っ取り早いだろう。

Milkman (English Edition)
Milkman (English Edition) - Amazon Kindle

Milkman【電子書籍】[ Anna Burns ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
Milkman【電子書籍】[ Anna Burns ] - 楽天Kobo電子書籍ストア

受賞のニュースについて、また作家のインタビューやいろんな人の反応については、下記に(少しだけだが)記録した。

2018年のブッカー賞、同賞史上初めて北アイルランド出身作家の作品が選ばれる
https://matome.naver.jp/odai/2153976930796791501

作品は、審査委員長のクワメ・アントニー・アッピアが「読むのに骨が折れるが、苦心して読んだだけの見返りが十分にある」といったコメントをしているのだが、とにかく全体的に「読みづらい」という評判だ。中には「本を売りたい人には喜ばしいニュースではない」(ガーディアン)とかいう分析もあるし、Twitterを見てたら「本ってのは読まれなきゃ意味がないんだから、読みづらい本なんて存在価値なし」みたいな極論を延々と連投している人もいたのだが、実際にはかなり売れているとアイリッシュ・タイムズのマーティン・ドイルさんは報告している。

私も早速電子書籍を買って読んでいるのだが、確かにすいすい読める感じではない。最近、自分を甘やかしていて、非常にロジカルなパラグラフ・ライティングされた文や、報道機関の定型に乗っ取ったような読みやい文ばかり読んでいるので、こういう、読むときに一呼吸必要な濃密な文、息の長いパラグラフは、読むのに時間がかかる。それに、内容もやはり、読みやすいものではない。あちこちでひっかかる。

だが、そこかしこで言われているように「実験的で読みづらい」とは、特に感じない。これが「実験的」なら、ジェイムズ・ジョイスなどどうなってしまうのか。職業柄、難しい文章を読みなれているアッピアは「スノードン山に登るようなもの」という比喩を使っているが、それならジョイスはエベレストか。あるいは月世界旅行かもしれない。いや、逆に洞窟の中か。

Written with few paragraph breaks, eschewing character names for descriptions, Appiah admitted that Milkman could be seen as “challenging, but in the way a walk up Snowdon is challenging. It is definitely worth it because the view is terrific when you get to the top,” he said. “I spend my time reading articles in the Journal of Philosophy so by my standards this is not too hard. And it is enormously rewarding if you persist with it. Because of the flow of the language and the fact some of the language is unfamiliar, it is not a light read [but] I think it is going to last.”

https://www.theguardian.com/books/2018/oct/16/anna-burns-wins-man-booker-prize-for-incredibly-original-milkman


ジョイスはどうでもいいんだ。

Milkmanの立ち読みは、Amazonの「なか見検索」でも提供されているし、版元のFaber & Faberのサイトでも提供されている。

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posted by nofrills at 04:00 | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

Google+終了の件: 問題は「サービス終了」だけではなく「不都合な事実の隠蔽」

「Google+が閉鎖される」――9日早朝の時間帯、Twitterはその話題でもちきりだった。

それに気付いたのは、PCの画面を見ながらツボ押し棒で腕のマッサージをしていたときに、Twitter (UK) で「Google+」がTrendsに入っていたからだ。Twitterの画面を見ているだけでわかったのは、消費者(一般ユーザー)向けのGoogle+が閉鎖されること(企業向けのは残る)、そしてAlphabet社(なのかGoogle社なのか、厳密なところは判然としないが)がその決定を下す前にウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の報道があった、ということだった。

「Google+の閉鎖」については、時期はいつなのかといったことはTwitterの画面だけではわからなかったが、そもそも自分では使ってもいないサービスなので、閉鎖がいつになろうと関心はなかった。閉鎖されても、まあどうでもいいかな、という感じ。

しかし、「WSJの報道」については無関心ではいられなかった。報道内容は、Twitterでわかる範囲だけでも十分に深刻なものだった。いわく、Google+でユーザーが非公開としている登録情報(名前など)がさらされる(さらされうる)というバグが、今から何ヶ月も前に発覚したが、Google社/Alphabet社ではそれを公表しないことにしていた、という。そして実際、そのバグのことは公表されずにいた。

私が見ていた範囲では、Twitterで見られる「Google+」についての発言らしい発言(メディア記事の見出しのフィードを除いたもの)の半分くらいが、そのWSJの報道内容について「これはひどい」と位置づけるものだった。また「Google+なんて、誰が使ってたのwww」というまぜっかえしのような発言に対し、Google+は(マイナーで奇妙でいいかげんでどうでもよいサービスであるかもしれないが)登録ユーザー自身が自分でアカウントを持っていることを把握してもいないケースが多いという指摘もかなり多く見た。

それらを自分でメモるつもりでTwitterに(雑に)書いておいたら、かなり多くretweetされるなどしていたので、一覧性のためにも、ここでまとめておこうと思う。まとめるに際し、適宜補足もしていこう。

なお、日本語圏では『「Google+」の一般向け終了へ 個人情報関連バグ発見と「使われていない」で 』 (ITmedia News) という方向での見出しがつけられていることが多いようだが、事態は「バグ発見」なんかより全然悪い、というかもろにevilだ、ということだ。「使われていない」などということは、Googleにとっては重大なことかもしれないが、個人情報がさらされた可能性があるユーザーとしては、この際ほんとにどうでもいい。こういった企業のステートメントそのままの見出しを見ると、「あんたら、どっち側に立って、どっち側を見てるの?」と思わざるを得ない。

ちなみに英語圏では、Google to shut down Google+ after failing to disclose user data leak (The Guardian: 一般の新聞) とか、Google shuts down social network after data issue: Tech giant faces privacy crisis after deciding not to reveal problem at Google+ (FT: 経済新聞) とか、Google is shutting down Google+ for consumers following security lapse (The Verge: IT系オンラインメディア) とかいった感じだ。ほか、BBCやCNNなど大手の見出しもTwitterのnewsのタブでざっと見ているが、「使われてないサービスを閉鎖するのはまっとうなこと(企業として健全な経営判断)」という方向に誘導しうる情報が見出しに含まれている例は、英語では見なかった。というか、日本語での報道を見て、びっくりしたんだけどね。

Twitterより(時間が経過したあとの画面で、私が最初に見たときの画面とは違うが):
https://twitter.com/search?f=news&vertical=news&q=Google%2B&src=tyah

google-plus-shutdown-headlines.png
※キャプチャ画像は減色加工をしてあります。

以下、自分のツイートのまとめなど。


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posted by nofrills at 19:30 | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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