kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2018年02月17日

フロリダ州の高校銃撃事件容疑者が白人至上主義団体に所属していたという事実は、確認できていない(活動家のホラにAPが釣られた模様)

APが釣られるとさすがに影響がものすごく大きいようなので、取り急ぎ、メモ程度のことを書いておく。結論だけ先に書くと、「フロリダの高校銃撃犯が、現地の極右団体に所属していたという話は、団体を率いる活動家のフカシで、でたらめ」ということだ。ニコラス・クルスが白人至上主義団体にいたという事実は確認されていない。(そういう思想を持っていたことは否定されていない。ただ、団体への所属という事実はないと思われる。)

以下、詳細。

2月14日、バレンタインデーの米国からのニュースは、米国らしく血まみれだった。メリーランド州フォート・ミードにあるNSA本部ではゲートのところで銃撃・発砲があったと伝えられた。3人が負傷しており1人が逮捕されたという話で、ゲートの脇の不思議な位置に、フロントグラスに銃弾の痕が見て取れる車があって、捜査当局者がお仕事中という空からの写真・映像が配信されてきたが、それはそれっきり沙汰止みとなっていた(たぶん、何があったか明らかにされることなく、忘却されるだけだろう)。死者が出たというニュースは見ていない。

そのNSAのニュースの続報に何となく注意を向けていたときに流れてきたのが、「米フロリダ州の学校で銃撃事件が発生」というヘッドラインだった。

アメリカの学校で銃撃事件が発生したというヘッドラインを見ても、私はいちいち反応しない――そのくらいしょっちゅう起きているし、サンディフック小学校でのあのめちゃくちゃな銃撃事件のあとでも特に何も変わらなかったんだから、アメリカ合衆国はあの問題に対処できない(対処できるシステムを備えていない)としか考えられないし、そう結論してしまっているからだ(服部君、ごめんなさい)。BBC Newsのトップでも発生を報じていたが、「またか」的なことでもニュースバリューはあるしね……。

しかし、今回フロリダ州のパークランドという名の町で起きた学校銃撃事件の詳細が流れてきたときには、さすがに目がさめた。「死者少なくとも15人」という速報(元のTweetの時刻は日本時間で15日の朝7時50分、R/Tの時刻は朝8時過ぎ)などだ。そのときにはもう初報から何時間も経過していて、Twitterはすでに人々の「声」で埋まっていた。そのいくつかはR/Tしたし、Twilogで(元のツイートが削除などされない限りは)いつでも閲覧できるのでそちらをご確認いただきたい(中には、「バレンタインデーですね。大切なあの人に銃を贈りましょう」という販売店の宣伝ツイートをNRAがR/Tしていたが、高校銃撃事件発生でR/Tを取り消した」という報告などもある)。ここではこの事件そのものについて書くことは目的ではない。

【続きを読む】
posted by nofrills at 13:35 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

ジェリー・アダムズがシン・フェイン党首を退いた。

3か月近く前に、「2ヶ月以上前に告知され、『ついに』と思ったことではあるが」と書き始めているので、都合、6か月近くの猶予というか待機時間があったのだが、それでもやはり、またしても、「ついに」という感覚に包まれている。

この件に関心・興味がある人で、このニュースに接して「ついに」という感覚を覚えない人はいないだろう(あるいは、昔は関心を向けていたが最近は見ていなかったという人は、「まだやってたのか」と思うかもしれないが)。

一応、淡々と記録しておくという目的では、「Naverまとめ」を利用して、現地報道機関のフィードや記事を書いた人などのフィードを一覧できるようにしてある。特に3ページ以降は基本的に「リンク集」で、ツイート内に入っているURLから記事を確認していただくことが目的である。私のフィルターバブル内からさらに厳選してあるので、アイリッシュ・タイムズとBBCニュース北アイルランド、ベルファスト・テレグラフが中心だ。(アイリッシュ・インディペンデントとかRTEとかベルファストのニューズレターはほとんど入っていない。)

ジェリー・アダムズが、シン・フェイン党首の座を退く。
https://matome.naver.jp/odai/2151825107742330101


アダムズが引退したのは、臨時党大会で正式に次の党首がメアリ・ルー・マクドナルド(2009年から副党首としてニュースにもよく出てきたダブリン出身の政治家)に決まった2018年2月10日(土)で、日本時間ではちょうど日付が11日になったころ(現地では午後3時ごろ)にメアリ・ルーの演説が始まった。全文は党のサイトで読めるようになっている。(アダムズはフロアにはいたが、発言はなかった。)

メアリ・ルー・マクドナルドの演説は、要するに「これまでの路線を継続していく」という確認で、何かがドラスティックに変わるわけではないということを強く印象付けるものだった。だが、少なくとも見た目は大きく変わる。アイリッシュ・リパブリカンは元々、1910年代の独立運動のころから女性が前に出ていたし、今更「女性党首」で驚くような人は誰もいないだろうが、35年近くも「ジェリー・アダムズの党」だったシン・フェインが、アダムズの娘くらいの年齢の女性政治家が率いる党になるという変化は、「慣れるまでに時間がかかる」ような性質の変化かもしれない。個人的にはこれで、何となく漠然と「アイルランド」を認識してて「アイルランドの政党といえばジェリー・アダムズのシン・フェイン党」と思っているような人が、Brexit関連のニュースなどに際して、最も重要な与党(の中心)FGの発言や、最大野党FFの発言にはまったく関心を示さないのに、正直政治的意思決定という点では外野にすぎないSFの発言には「ほう!」的に反応してみせる、とかいうばかげたことが減ってくるんじゃないかなと思う。

で、NAVERのページを作るときに、メアリ・ルーとアダムズの写真を(NAVERでライセンス取ってるから自由に使えるようになってる)Gettyの報道写真で探して使ったのだけど、そのうちの一枚のこの写真は、これまで見たことがなくてちょっと見入ってしまったものだ。

写真が撮影されたのは2017年3月23日。場所はデリー。マーティン・マクギネスの埋葬のときのものだ。教会でのミサはオンラインで中継されていて見ていたのだが、棺が教会を出たところで中継が終わってしまったので、墓地での埋葬までは生では見ておらず、そこでアダムズが何を語ったかはあとから報道で知った。だから、墓地に設営された演台に上ったアダムズが口を開くまでの様子は知らなかったのだ(ということに、今更気づいた)。

【続きを読む】
posted by nofrills at 02:03 | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む