kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年10月02日

警棒が振り下ろされる、投票しにきた人々の上に。

日本語圏では「暴徒鎮圧」という四字熟語や、「暴徒化したデモを警察が鎮圧」というフレーズがあらかじめセットしてしまうナラティヴが支配的になっていてもおかしくないので、がっつり防具で身を固めた警察官が人々の上に警棒を打ち下ろしているところやそのあとの状況をとらえた写真(静止した写真)が流れると、それを見た人の頭に真っ先に浮かぶのが「暴徒」なる熟語で、その連想が根拠のない思い込みにつながり、そのあとは何を見ても「これは暴徒である」という決め付けに基づいて判断されていくかもしれないと、私自身特にこの事例について明確な根拠を持っているわけでもないのに何となく思っているのだが、その点、映像は強いと思わされる映像が、カタルーニャ独立可否レファレンダム投票日の今日(10月1日)のTwitterには何本も流れてきている。

映像は、何か板状のものにあけられた四角い穴から撮影されている。最初はその穴がふさがれている。

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穴をふさいでいるものがすっと取り去られると、四角い穴の向こうに人々が立っているのが見える。

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20歳くらいの女性や白髪の男性など、多種多様な人々が立っているが、「暴徒化」でおなじみのブラック・ブロックのような黒ずくめは見当たらないし、覆面をしている人もいないし、手には何も持っていない。

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最前列の人たちが画面の右に向かって何かを言い、群集の3列目くらいから後ろのあたりで次々と何も持っていない手のひらが上がる。

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次の瞬間、四角い穴が左方向にパンして、群衆の3列目、4列目あたりの様子を映し出す。

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四角い穴が元の位置に戻ると、群集の中から「せーの」という掛け声のような雰囲気の声があがり、最前列の人々も何も持っていない手のひらを画面右に向かってかかげる。

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そしてさらに多くの手のひらがかかげられ、歌が始まる。

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次の瞬間(歌はまだ2小節も歌われていないくらい)、画面の右からライオット・ギアの警察官が助走をつけて踏み込んでくる。

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画面手前の人々の影になっているが、踏み込んできた警官は群集の最前列の人に警棒を振り下ろしている。

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そして次の瞬間には、画面手前でも右側から警官が突撃してくる。最前列に立っている女性が思わず手を下げて防御の体制をとる。

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勢いをつけて踏み込んできた警官は、思い切り突撃する。その盾でぶつかられているのは、最前列にいる若い女性だ。

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女の人の悲鳴と思われる声が手前でして、潰されそうになった女性は両手で盾を押し返す。

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そしてその一瞬後にはますます多くの警官が画面の中に、つまり群集の最前列に向かって雪崩れ込む。

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群集を散らすことを目的としたノン・リーサルの武器を持って雪崩れ込んできた警官が「バン」と何かを発射する。画面の中ほどでは別の警官が警棒を何かに打ち付けている。

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posted by nofrills at 01:45 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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