kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年05月06日

極右のフリンジがメインストリームに発言の場を得ていても、もう驚くには値しない(英、元EDLのトミー・ロビンソン)

5月2日にこんなことになっていたのを、5日になってから知った。発端までさかのぼってみよう。

5月1日、ガーディアンのComment is Free (Opinion) のコーナーに、次のような記事が出た。Comment is Freeは、ガーディアンの社説(Editorial)を除いては、社員ではなく外部の書き手が書いた文章が掲載されるが、この記事を書いたのは、いわゆる「イスラム過激派」に対するカウンターの活動に重点を置いたロビー団体・シンクタンクのQuilliamでリサーチャーをしているオーストリア人フリーランスジャーナリストのJulia Ebnerという人だ。

The far right thrives on global networks. They must be fought online and off
https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/may/01/far-right-networks-nationalists-hate-social-media-companies

Quilliam(旧称はThe Quilliam Foundation)は、19世紀にイスラム教に改宗して英国に最初のモスクを作ったウィリアム(改宗後はアブダラ)・クィリアムに因んで名づけられており、設立者はかつて実際に「過激派」の組織に属して活動していた英国人3人。「元過激派」として、過激主義に対抗する活動を行おうとこの組織を立ち上げた彼らのうちの1人がマアジド・ナワズ氏である。過激派活動に厳しいエジプトで投獄されるなどの経験をした自身のこれまでを振り返り、なぜ人は過激主義にはまるのかを考察した本を書き、テレビなどでもコメンテーターとして言葉で過激主義の浸透を食い止める活動をしている。Twitterなどソーシャル・メディアももちろん活用している。

0753540770Radical: My Journey from Islamist Extremism to a Democratic Awakening
Maajid Nawaz
WH Allen 2013-05-02

by G-Tools


そのナワズ氏のTwitterに、「トミー・ロビンソン」の名前があった。最近はもうほとんど名前を聞くこともなくなったイングランドの「反イスラム」集団(本人たちは「反イスラム過激主義」と言っていたが)、EDL (the English Defence League) の設立者のトミー・ロビンソンである(この名前は「活動家名」で本名ではないのだが、マスコミも一貫してこの名前を使っているのでそれに倣う)。

ロビンソンは2013年10月に、「組織が人種差別主義者に乗っ取られてしまった」として自分が設立したEDLを抜けているが、この離脱にはQuilliamが深く関わっている。

The turning point came when Robinson and Ansar visited the think tank Quilliam and Robinson witnessed a debate between Quilliam's director, Maajid Nawaz, and Ansar about human rights. Robinson said afterwards to the BBC: "I didn’t think a Muslim would confront Mo Ansar because I thought Mo Ansar was being built as the acceptable face of Islam; and that’s everything that I think is wrong. So when I saw this [debate between Nawaz and Ansar], and I read more about Quilliam and I looked at what Quilliam has done−they've actually brought change, which is what I want to do. I want to bring change. I want to tackle Islamist extremism, I want to tackle neo-Nazi extremism−they're opposite sides of the same coin."

https://en.wikipedia.org/wiki/Tommy_Robinson_(activist)#Leaving_the_EDL


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エディンバラ公の「死亡説」(付: ニセ情報の見分け方)

英国のエリザベス女王(先月、91歳の誕生日を迎えられた)の公務の場には、必ずエディンバラ公(もうすぐ96歳)の姿がある。ご結婚は1947年なので、今年で70年だ。ご夫妻の間に生まれた一番上の息子(チャールズ皇太子)は、68歳……ということを今回改めて確認して、改めて驚いた。

そのエディンバラ公について、日本時間で4日の昼間、ネット上で「死亡説」が流れるということがあった。発端は、英国で草木も眠る丑三つ時にバッキンガム宮殿のスタッフ全員が呼び集められたと報じられたことにあったのだが、その時間帯は英国ではほぼみんな寝ているのでいろいろと制御弁が利かなかったようで、ただでさえ細かいところがわかっていないアメリカの人々の間で「推測 speculation」が一気に「事実っぽいこと」として広まったようだ。その上、ソースを示さずに「英国のメディアによると」などとTwitterに書き込む輩も出現し、さらに王室情報専門のニュースサイト(っぽいところ)が「フランスのメディアが死亡を報じた」と、これまたソースも示さずに記事を出して(すぐに削除されたようだ)、アクセスが殺到してサイトが落ちるくらいにまでなってたそうだ。

その経緯をあとから参照できるようにまとめておいた。

エディンバラ公、公務から引退……のはずが、ネット上に「お悔やみ」とフェイク・ニュースが飛び交う事態に
https://matome.naver.jp/odai/2149390455690544501

おりしも、数日前は「世界報道デー」で、例年のごとく、報道が危機的なことになっている国へ関心を向けるよう促す記事などがTwitterにはたくさんフィードされていたが(今年はトルコがその筆頭だった……ほんの数年前まで「EU加盟」の可能性がかなり現実的だったあのトルコが、ついに)、それに加え、米大統領自ら陰謀論にはまりまくっているという考えがたい状況下にある現在の「報道(と一般の人々が思っているもの)」の抱えている問題点や、ネットで「報道(に見えるもの)」に接するときの注意点がわかりやすくまとめられたフィードもいくつかあった(後述)。

ネット、特にソーシャルメディアという「個人の意見や感想、感情の吐露」が、文脈なく、少ない文字数で流れてくる場では、誰にも何の悪意もなくても、「無根拠な情報」が「情報」としてひとり歩きすることがある。アーセナルのサポが「来シーズンこそはアーセナルがリーグ優勝するに違いない!」というつもりで、その文脈が共有されている人々だけに向けていろいろ省略して「アーセナル優勝!」と書いたものが、遠く離れたところで、イングランドのサッカーに興味はないけれど、友人が熱心なファンなのでチームの名前だけは知っているというような人の目に入って、「そういえば『アーセナル優勝』ってさっきネットで見たよ」というふうに伝言され、それが「『アーセナル優勝』だって」となっていく、というようなことはありうる。誰も「ニセ情報」をばらまくつもりがなくても、「ネットで見たよ」ってだけできわめてカジュアルな感じで「誤情報」が広まる。そこにガチで「ニセ情報」をばらまこうとするデマ屋も入ってくることがあるし、本当に実に混沌としていて、いろいろやりづらくなって、息苦しくなってきたと思う。

息苦しくなってきたんだけど、まだ、個人個人でそれを打開しようと思えば方法はある。「すべてが信じられない」わけではない。「すべてが信じられると思うわけにはいかない」だけで、「信じることができないもの(誤情報・ニセ情報と思われるもの)」をふるいにかけて取り去ることは、個人個人でできるのだ。


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posted by nofrills at 01:18 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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