kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年03月03日

ストーク・オン・トレント補選(2月23日)結果……あれでもまだ、議席を取れないUKIPは注目に値する政党なのか?

英国では選挙が行なわれるのは木曜日という慣行があるが、今日は木曜日で、北アイルランド自治議会(ストーモント)の解散・総選挙の投票日である。ということは、ぼーっとしているうちに、前回の「英国での選挙」から1週間すぎたということで、それについて私は書こうとしていたのに、何という体たらくか、ということだ。

前回の「英国での選挙」というのは、2月23日(木)に投開票が行なわれた、英国会下院(庶民院)の補欠選挙のことだ。この日、2つの選挙区で補選が行なわれ、うち1つについては補選が決定した経緯も当ブログで書いている。つまり、トリストラム・ハント(労働党)の件だ。

2017年01月14日 英国的な、あまりに英国的な(ヴィクトリア&アルバート博物館の新館長)
http://nofrills.seesaa.net/article/tristram-hunt-resigns-as-mp.html

ハントが議員辞職したことで補選が引き起こされることになった選挙区は、ストーク・オン・トレント・セントラル。日本では(何らかのイメージがあるとすれば)おそらく「陶芸の町」というイメージが最も強いであろうイングランド中西部(ウェスト・ミッドランズ)の大都市、ストーク・オン・トレントのいくつかある選挙区のひとつだが、この都市の産業を製陶以上に支えてきた石炭産業・製鉄産業が1990年代以降衰退し(製陶産業も、特に2008年の金融危機以後、縮小している)、近年ここが注目されるのは(注目されることがあるとすれば)「かつて労組(労働党の支持基盤)の町だった産業都市と、極右思想への支持の拡大」という文脈でのことが多かった。BNP (the British National Party) が英国で「伸張する極右」の代名詞だった2000年代、BNPが議席を獲得した地方議会としてメディアで大きく取り上げられていた中には、ストーク・オン・トレント市議会も含まれる(2011年にBNPは同市議会の議席をゼロにしている)。BNPが崩壊したあとのことは、労働党支持の新聞、ガーディアンで「ストーク・オン・トレント」のタグのついている記事の一覧をさかのぼって見ると、様子がつかめるだろう(ヴィクトリア朝を専門とする学者でもあるトリストラム・ハントがウェッジウッド博物館の存続を求める論説を書いていたりするのも味わい深いが)。
https://www.theguardian.com/uk-news/stoke-on-trent

stoke-on-trent-euref-results.pngストーク・オン・トレントは、昨年6月の「EUレファレンダム」の際は、「離脱」派が優勢ということで注目を集めた「イングランドの衰退した工業都市」のひとつだった(「注目を集めた」といっても、この都市に関しては、例えばサンダーランドなどとは異なり、帰結がどうなるかではなく、「離脱」票が「残留」票にどの程度の差をつけるかということだったと記憶しているが)。実際、投票が終わってみれば、右図の通り、「離脱」が69.4%、「残留」が30.6%というすさまじい結果だった(投票率の65.7%は、全イングランドの73.0%という数値を大きく下回っている。投票結果についてはウィキペディア英語版が見やすい。地域ごとに「離脱」「残留」のパーセンテージが一覧できる表がある。並べ替えも可能)。かくして、ストーク・オン・トレント(を含むスタフォードシャー)は「ブレグジットのハートランド Brexit heartland」などとも呼ばれてきたのだが、EUレファレンダム投票直前の2016年6月14日のガーディアンの現地ルポが、Brexitというものをめぐる市井のムードについて、生々しい。

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posted by nofrills at 06:00 | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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