7月29日(火)の午前2時から午後2時の間、Seesaaさんでサーバのメンテがあるため、
閲覧ができなくなります。詳細はSeesaaさんの運営のブログをご参照ください。



詳細

2007年12月09日

この多事なる世界――漱石忌に

12月9日は漱石忌である。

夏目金之助がロンドン留学中、明治34年(1901年)に正岡子規に宛てて書いた書簡が、『ロンドン消息』として伝わっている。近況報告なのだか病床の友人への元気付けなのだか愚痴なのだか、「五目鮨司のような感じ」の文章だが、これが滅法おもしろい。(ただし非常に暗い。)

『倫敦消息』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/779_14973.html

どこで切ったらよいものやらさっぱり見当もつかないから、長々と引用する。改段落がないのは原文ママである。四月九日付けの書簡から。
……なるほどこの妹はごく内気なおとなしいしかも非常に堅固な宗教家で、我輩はこの女と家を共にするのは毫も不愉快を感じないが、姉の方たる少々御転(おてん)だ。この姉の経歴談も聞(きい)たが長くなるから抜きにして、ちょっと小生の気に入らない点を列挙するならば、第一生意気だ、第二知ったかぶりをする、第三つまらない英語を使ってあなたはこの字を知っておいでですかと聞く事がある。一々勘定すれば際限がない。せんだってトンネルと云う字を知っているかと聞た。それから straw すなわち藁という字を知っているかと聞た。英文学専門の留学生もこうなると怒る張合もない。近頃は少々見当がついたと見えてそんな失敬な事も言わない。また一般の挙動も大に叮嚀になった。これは漱石が一言の争もせず冥々(めいめい)の裡にこの御転婆を屈伏せしめたのである。――そんな得意談はどうでも善いとして、この国の女ことに婆さんとくると、いわゆる老婆親切と云う訳かも知れんが、自分の使う英語に頼みもせぬ註解を加えたり、この字は分りますかなどという事がたくさんある。この間さる処へ呼ばれてそこの奥さんと談(はな)しをした。するとその人が大の耶蘇(ヤソ)信者だからたまらない。滔々と神徳を述べ立てた。まことに品の善い、しとやかな御婆さんだ。しかる処 evolution と云う字を御承知ですかと聞かれた。「世の中の事は乱雑で法則がないようですがよく御覧になると皆進化の道理に支配されております……進化……分りますか」。まるで赤ん坊に説教するようだ。向(むこう)は親切に言ってくれるんだから、へーへーと云っているより仕方がない。それはこの婆さんのようにベラベラしゃべる事はできない。挨拶などもただ咽喉の処へせり上って来た字を使ってほっと一息つくくらいの仕儀なんだから向うでこっちを見くびるのは無理はないが、離れ離れの言語の数から云えばあなたよりも我輩の方が余計知っておりますよといってやりたいくらいだ。それからよく御婆さんを引合に出すが、もう一人御婆さんがある。この御婆さんがせんだって手紙をよこしてその中に folk という字を使っている。ただ使っているばかりなら不思議はないが、その字に foot note が付いている。これは英国古代の字なりとあった。「ノート」を自分の手紙へつけるのも面白いが、そのノートの文句がなおさら面白い。この御婆さんと船へ合乗をした時に、何か文章を書け、直してやるというから、日記の一節を出してよろしくおたのもうす事にした。すると大変感心したといって二三所一二字添削して返した。見ると直さなくってもけっして差支のない所を直している。そしてとんでもない間違った事が例のノート的で書いてある。この御婆さんはけっして下等な人でない。相応な身分のある中流の人である。かくのごとき人間に邂逅する英国だから、我下宿の妻君が生意気な事を云うのも別段相手にする必要はないが、……四月九日夜。

【続きを読む】
icon タグ(当ウェブログ内関連記事へ) icon
英語 ロンドン
posted by nofrills at 23:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日本語
dontattackiran.gif
詳細