kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2016年12月04日

フィデル・カストロ(の遺灰)、最後の旅

フィデル・カストロから国民への最後のメッセージは、「死んだ後、個人崇拝はしてくれるな」というものだった。自分の名を冠したモニュメントは作るな、道路にも自分の名をつけるな、と。

11月25日(現地。日本では26日)にその死が公表され、翌日には遺言に従って遺骸は焼かれた。かねてより、「個人崇拝」に反対してきた人だった(チェ・ゲバラはハバナの大きな広場に面した大きな壁にどかーんと描かれているが)。そしてフィデル・カストロは小さな箱に収まって特別の車に乗せられ、首都ハバナから、島の反対側の端にある革命発祥の地、サンティアゴ・デ・クーバへと運ばれ、12月4日に同地で国葬が執り行われる。運ばれていく沿道には人々が並び、「コマンダンテ」を見送った。

From 29 November to 3 December the casket carrying his ashes traveled along a 900 kilometre route to Santiago de Cuba, tracing in reverse the route of the "Freedom Caravan" of January 1959 in which Castro and his rebels took power.

https://en.wikipedia.org/wiki/Death_and_state_funeral_of_Fidel_Castro


現在ブラジルを拠点としているガーディアンのジョナサン・ワッツ記者(以下、日本時代の著書『ほんまのロンドン』での呼称にちなみ、「ジョンさん」)が、ハバナからサンティアゴへの旅程を同時にたどって詳細な記事を書いている(後述)。この記事には入っていないが、ジョンさんのSNSで沿道の様子がわかりやすく紹介されている。

Farewell Fidel. Cubans watch the passage of the ashes of the man who dominated their lives.

A video posted by Jonathan Watts (@watts.jonathan) on




最初の方で、画面右で市民が振っている2本の旗がある。1本はキューバ国旗、もう1本の赤と黒のは、私は調べなければわからなかったのだが、バティスタ政権を倒した「7月26日運動」の旗だ。画面をよく見ると、電柱か街灯の柱かはわからないが道路脇に立っている柱にも、画面中央奥の建物の脇にも、この赤と黒の旗が翻っている。沿道に立っている市民は、半分くらいは白と黒という地味な服装だが(学校の制服かもしれない)、中には誰がどう見ても「ド派手な普段着」の人もいる。一方の手で国旗を掲げ、もう一方の手を胸に当てて居住まいを正している人もいるし、拍手をしている人もいるが、多くはスマホで撮影をしている(一眼レフのカメラで動画撮影をしている人もいるが)。手を上げて、さようならと呼びかけている様子の女性は、フィデル・カストロよりは年下だろうが、それでもかなり高齢のようだ。

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2016年12月03日

「誰か、あの議員をジョー・コックスってよ」とツイートした人物は、どうやら本物のネオナチだ。

物事を単純にすることが大好きなメディアの世界で、米大統領選以後は「Facebookイコール偽ニュース (fake news)」という印象付けが盛んに行なわれるようになったが、それ以前からずっと続いているのが「Twitterイコール脅迫や暴言 (abuse)」という単純な印象付けだ。

Twitterが脅迫や暴言の場となってきたことは事実だが、脅迫や暴言だけの場であったわけではなく、普通にポジティヴで生産的な会話・対話がなされた回数の方が、脅迫・暴言の回数よりきっと多いだろう。だが、うちらの生きている世界は、「実際にどうであるか」よりも「どのようなイメージか」のほうが、多くの場合、重要だ。「広告」のために。「投資家」たちのために。そして「イメージ」を引き起こしたり定着させたりするため、情報が盛られたり歪められたりするのはごくごく当たり前のことで、そこではもはや「実際にどうであるか」など、ほとんど関心を向けられることもない。「ろくな話を聞かないなあ」、「粗暴な人ばかりが集まっているイメージがある」、etc etcで話は終了だ。かつては「独裁・専横国家での民主化推進のツール」のイメージだったのにね。

というわけで、Twitterについて「暴言や脅迫の場」というのは、多くの場合はただの「イメージ」に過ぎないのだが、それでも、実際にものすごい暴言や脅迫が行なわれることはある。私は、個人的な(&公開されている)やり取りの末に公然と脅されるという経験をしているが、いきなり知らない人から「○ね」と言われるような事例も多く報告されているし、直接 @ で名指しにされず、当人がいわゆる「エゴサ」(エゴサーチ)をして脅迫がなされていることを発見した、という事例もある(この場合、「ひとりごと」かもしれないが、そうであるかどうかを客観的に証明し、また判断することはほとんど無理だ。「話者の意味」はテクストには直接的には出てこない)。

(ただし、こういうことがあるのはTwitterに限ったことではない。投稿のしやすさなどは作用しているかもしれないが、「Twitterだからこそ、脅迫・暴言という問題が起きている」、「Twitterでなければそういう問題は起きない」のではない。)

んで、今日また、Twitterでのそういう「脅迫・暴言」の事例が報告されていた。これが、私の見た中でもとびきりひどい。

Police investigate tweet calling for someone to 'Jo Cox' MP Anna Soubry
Haroon Siddique, Friday 2 December 2016 16.39 GMT
https://www.theguardian.com/politics/2016/dec/02/police-investigate-tweet-jo-cox-mp-anna-soubry

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2016年11月30日

痛ましい事故でファースト・チームがほぼ全滅しようとも、それは「終わり」ではない。 #ForcaChape

clb-tt01.pngあまりにも痛ましいし、悲しすぎる。あまりにも突然だ。あまりにも被害が大きい。そしてあまりにも衝撃が大きい。

Twitter Trends (UK) に「コロンビア」が入っている(右キャプチャ参照。日本時間で、2016年11月30日午前0時50分ごろ取得)。普段、英語圏で「コロンビア」という国名が大きなニュースになるのは、最近では政府とFARCの和平交渉・和平合意のトピック、もう少し広く見ると麻薬・ギャング関連と決まっているようなものだが、今、ColombiaがTrendsに入っているのはまったく別のニュースに関してである。

コロンビアで飛行機が墜落したのだ。チャーター便で、乗っていたのはブラジルのサッカーチーム、シャペコエンセ(現地語では「シャペコエンシ」のほうが近いそうだ)。欧州で言えばUEFAヨーロッパリーグ(旧UEFAカップ)に相当する南米のクラブチームによる国際大会「コパ・スダメリカーナ」の決勝戦のため、相手チームのホームに乗り込もうとしていたところだった。プレイヤー、監督、コーチやスタッフ、そして帯同のジャーナリストたちと搭乗員81人のうち、生き残ったのはプレイヤー3人、搭乗員2人とジャーナリスト1人の6人だけだ。下記はコロンビアの航空当局の声明の英訳(ガーディアン掲載)。

Colombia’s civil aviation authority has confirmed the names of six people who survived the crash - not five as previously reported.

The surviving players are named as defenders Alan Luciano Rushel and Helio Hermito Zampier, and the goalkeeper Jakson Ragnar Follman. It does not name the team’s other goalkeeper Danilo, who is believed to have survived the initial impact but died of his injuries.

The other survivors are named as crew members Ximena Suárez and Erwin Tumiri, and journalist Rafael Valmorbida.

https://www.theguardian.com/world/live/2016/nov/29/brazilian-team-chapecoense-onboard-plane-that-crashed-over-colombia-latest?page=with:block-583d8cfbe4b049350cc94291#block-583d8cfbe4b049350cc94291


なお、コロンビア当局のこの声明で「生存した状態で救出されたが、後に負傷のため死亡」とされているDanilo選手(GK)については、コロンビア赤十字が重ねて情報を出している(初期段階で情報の混乱があったようだ)。亡くなったDanilo選手がチームの正ゴールキーパー、救出されたJakson Ragnar Follman選手は控えのGKで、Alan Luciano Rushel選手とHelio Hermito Zampier選手はディフェンダー。こう書きながらも、あまりに痛ましいことで、言葉に詰まって、しばらくぼーっとなってしまう。

シャペコエンセは、サッカーの盛んなブラジルで、「地方の弱小チーム」だった。それが、2014年に1部リーグに昇格してわずか2年でコパ・スダメリカーナ(南アメリカ杯)の決勝まで到達した。日本語でツイートしているブラジル人記者のTiago Bontempoさんが、その経緯を詳しく書いてくれている。ほんの数年のうちに4部から1部まで来て、南米大陸の大会でトップになろうとしていた……プレイヤーもスタッフも、彼らの家族や友人たちも、どれほど力を入れて日々を過ごしてきたことか。どれほど真剣に取り組んできたことか。

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2016年11月27日

「メインストリームになるくらいなら燃やしてしまえ!」とおぼっちゃまが親から受け継いだ財産を燃やした件。

親から受け継いだ「私有財産」を豪快に燃やしてわはは、ということをやった人がいるというニュース。その人の名はジョゼフ・コーレ。父親はマルコム・マクラーレン(2010年没)、母親はヴィヴィアン・ウエストウッド。父親は「セックス・ピストルズを世に出した商売人」。母親の作る衣類は「パンクの魂」がなんちゃらと言われているが、冷静に見れば、クソ高くて普通のバイトをしてる学生や労働者には手が出せない高級デザイナー・ブランドで、「パンクの魂」はX万円ですと値札をつけて陳列されたものを、はいそうですか、とありがたがって買える人は実は「パンク」でも何でもなく、店頭でためつすがめつして試着して、「また今度」と店員に微笑みかけて店を出て、そして自宅にあるシーツやカーテンでさっき試着したのと似たようなものを自分で作るような人が「パンク」だ……なんてことは、私が気がついたときにはもう言われてたんだが。私が気がついたときってのは、80年代だ。当時、消費税はなかったが、今のように1000円台で服が買えるような時代ではなく、どんなに安い量販店でもだいたい3900円、そういう価格でタータンチェックのヒザ上丈のギャザー・スカートやティアード・スカートを買って、場合によってはあれこれくっつけたり改造したりして……というのが、雑誌に載ってるコムデギャルソンやヴィヴィアン・ウエストウッドなどのブランドものを買うという選択肢のない一般人の定石だった。(もちろん、そんな人たちだけではなく、ハマトラ系、ワンレンボディコンの人もいたが……というかそちらのほうがずっと多数だったが。)そして80年代が90年代になって、バギーパンツにTシャツが「ファッショナブル」ということになって、いろいろと解放されたよね。Tシャツは「ピタT」が出てきたし、定番ものの幅が広がった。そして、グローバライゼーションの時代、「安価な労働力」「コスト削減」とビジネスライクに表現される環境が当たり前になり、そういう「消費財」はどんどん安くなった。80年代に私が3900円出したようなスカートは、今は1900円で買えるだろう。北欧の有名ブランドの大きなお皿など、以前は確か5000円台だったはずのものが、今はメイド・イン・タイランドで3000円弱だ。

英国人で48歳だったら、そういうのをど真ん中で経験しているはずなのだが(英国の場合は「日本の不況でジャパン・マネーが撤退」、「欧州統一市場」、「英国企業の生産拠点が中国や東南アジアに移り、英国内の産業は空洞化」というのもある)、ジョゼフ・コーレ氏の場合はどうなんだろうね。マルコム・マクラーレンのロンドン・パンクってのは、根はシチュアショニストだし、そういう点についてのメッセージが出るかな、と思っていたのだが……(苦笑)

私、「(苦笑)」ってめったに使わないんですよ。でも使わざるを得ない。そのくらい「苦笑」してる。「爆苦笑」とか「激苦笑」と書きたいくらい。

機関誌『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』には冒頭部「『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』に発表されたすべてのテクストは、出典を明記しなくても、自由に転載、翻訳、翻案することができる」という表記があるが、これは旧来のブルジョワ的な私的所有を批判し、新しい価値を生み出そうと試みる、転用の思想を端的に表わしている。

シチュアシオニスト・インターナショナル/アンテルナシオナル・シチュアシオニスト | Artwords | Artscape


私的所有に対するアンチテーゼとしての財産の焼却というのなら、賛同する・しないは別として、まあそれなりの形式っすよね。でも今回のはそうじゃない。

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2016年11月26日

【訃報】フィデル・カストロ

理想を語ること(言葉にすること)は必要だし、理想を語る個人もまた常に必要だ。しかし、理想化された個人をやみくもに称揚することは、「理想を語ること」とは全く別だ。ニュースがあって数時間、いろいろな言葉に接し、例によって消耗して、少し時間を置いて自分の中でいろいろと落ち着いたとき、ふとそんな言葉が浮かんできた。

日本語圏では特に「ひとつの時代の終わりを感じる」という言葉を多く見かけたが、今日終わった「時代」は、とっくの昔に終わっていた。今から10年前、2006年7月には既に、フィデル・カストロは第一線から退いていた。その2年ほど前の2004年11月には、ヤッサー・アラファトが急逝している。世界が「イラク戦争」で騒然とする中、「あの時代」は完全に終わっていたのだ。

2006年にフィデルが健康問題を理由に5歳年下の弟のラウルに指導者の座を預けたとき、それは「健康が回復するまでの一時的なこと」と言われていた。年齢を考えたときに、それを本当に信じた人がいたとは私には思えないが、信じた人もいただろう。それも多く。しかし、結局それっきりになった。そして2013年12月に他界したネルソン・マンデラの追悼式典の場に各国の指導者たちが参集したときに、ラウル・カストロは米大統領のバラク・オバマと握手を交わした。マンデラは、死んでなお、かつてのアパルトヘイト政権支持者たちによって「テロリスト」と罵倒されていた。米国の大統領がオバマでなかったら、米国のトップがマンデラの追悼式典に出席するなどということは起きていなかったかもしれないし、あの劇的な(劇場的な、と言ってもよい)「キューバの政治トップとの握手」も実現していなかっただろう。そしてフィデル・カストロ自身、その後進展した(そして本当に現実になった)米国とキューバの間の関係改善には、極めて批判的なことを述べている。



今日の訃報は、「こういうことを言う人が、いなくなった」ことを伝えるものだ。とっくに終わっていた時代が、本当に終わった。そういうことだ。

英語圏、特にキューバと時差がほとんどないアメリカのSNS上の報道機関のフィードや人々の反応は、下記に記録してある。英国は、時差があるので、第一報から数時間後にようやく活動時間帯に入っている。日本では土曜日の午後に入ってきたニュースだが、時間帯的に土曜の午前に初報があったアジア諸国も反応は早く、下記「まとめ」にはインドの大統領と首相、ネパールの首相、パキスタンのイムラン・カーン(元クリケット代表だが、現在はガチの政治家)の反応も含めてある。

【訃報】フィデル・カストロ死去
https://matome.naver.jp/odai/2148014723958692101

国境関係なく、人々が同じ訃報を話題にしている。英語では、こういうのを "The world remembers/reacts/mourns." と、主語を「世界」にして言う。しかしTwitter上の英語圏という「世界」には、キューバそのものから流れてくる言葉がない。戦乱の独裁国家シリアでさえ、内部からの発言が頻繁にSNSに投稿されるのに。

SNS上の英語圏に不在の国は、ほかにもいくらでもある。北朝鮮、ビルマ(ミャンマー)、ブータン、ウズベキスタン……ユーラシア大陸だけでもたくさん思いつく。英語圏のジャーナリストやNGOが現地から発言することはあるかもしれないが、その土地の人が直接、英語で(あるいは英語での検索でひっかかるような形で)SNSで何かを発言するということがほとんどない国。「Twitterが英語圏中心だから」っていうのとは、ちょっと違う。

それでも、少しは聞こえてくる。

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2016年11月22日

今日の地震で、またあの「ニセ写真」がツイートされていた。

今朝6時ごろ、また福島県沖を震源とする大きな地震が発生した(2011年3月11日の地震の余震がまだ発生しているのだそうだ)。先ほど先月の鳥取での地震に際して、TwitterのTrendsでどういうことになっていたかを書いたエントリに追記するという形で、今日の私の関連ツイートは転記してあるので、それは繰り返さない。津波警報が発令されていたので世界的大ニュースになったようだが(そしてTwitterでは例によって「日本のために祈りを」)、津波は観測はされているが特に大きな被害が出たという報告は聞こえてきていないし、津波警報はほどなく注意報となり、注意報も午後に入ってほどなくすべて解除された。国内のニュースでは、福島第二原発での冷却機能停止が大きく取り上げられていたが、それは無事復旧したそうだ。負傷者情報は、「転倒して骨折」、「室内でガラスで軽傷」といったことが伝えられているが、大きな被害が生じているという報告はない。

一方で、ネットでは「マグニチュード7.4」という数字(暫定の値でもっと大きな数字も一時出たが、最終的には7.4)に驚いたのか、あるいは「Fukushima」(カタカナで書くと怒られるからローマ字)という国際的に馴染みのある地名で、また前回と同じように地震が起きて、また前回と同じように原発で「トラブル」なのかということから「またか!」的心情でニュースに釘付けになる人が多く出たのか、またはその両方かで関心を持った人は多く、さらに時差もいろいろあり、「今起きてニュースを見た」という人が次々と大勢書き込んだためだろうが、宮城県や福島県の海岸の道路に車が戻ってきたり、沖に避難していた漁船が港に戻ってきたりして日本国内では「大きな被害がなくてよかった」というムードになったずっとあとでも、「日本のために祈りを」が続いていたりした。

そんな中、またあの「ニセ画像」を見かけた。さすがに今回はこの1点だけだったが。。。

fakepic22nov2016.png


この「道路を泳ぐサメ」は、4年前、2012年秋に米東海岸に上陸し、甚大な被害をもたらした「ハリケーン・サンディ」のときにネット上に出回って広く知られるようになったものだ。実際には「サンディ」の前、2011年の「ハリケーン・アイリーン」のときにも既にばらまかれていた「ニセ写真」である。詳細は既にいろいろ調べてまとめてある(下記URLを参照)。
https://matome.naver.jp/odai/2135165075038988901?&page=3

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英国で、所謂Snooper's Charterが法律として成立した。国家に属する「国民」にとって、もう「プライバシー」は存在しないも同然。

さて、米大統領選挙の結果で全世界が騒然とし、「新政権の顔ぶれ決定」的なニュースがそれに続く中で顔面蒼白にならない理由を探すのが大変というような状況の一方で、英国でも大変に大きな動きがあった。だが、米国のニュースがすさまじいので、英国のとんでもないニュースはBBC Newsのトップページのような「全世界に知らされるニュース」ではとても影が薄かった。私も個人的にいろいろ疲れていて、ネットなんか見ないで本を読んでたりしたので単に見逃したのかもしれないが、それにしても影が薄かった。

といっても、英国があえて「トランプの当選」というすさまじいニュースにぶつけたわけではない。ことが決まったのは国会でのことで、国会での審議の日程はずっと前(米大統領選挙の前)に決められていただろうし、そもそも米大統領選は、結果が出るそのときまで、ほぼ間違いなく「米国初の女性大統領誕生」ということになると考えられていた。米大統領選から1週間も経過した時点で、英国で「民主的な法治国家」と個人のあり方を完全に変えてしまうような法律が成立すれば、「米国初の女性大統領」をトップニュースから落としていただろう。

それがそうならず、いつまで経っても「米国の大統領選挙」の話題がトップニュースに居座っているのは、ひとえに、結果がああだったからで、新たに大統領となる人物の側近・取り巻きが、そろいもそろってアレだからである。

というわけで、米大統領選が穏当な結果になっていたら、11月第3週に世界的トップニュースになっていたのではないかと思われる件。週が明けても、おそらく、少なくとも英国のメディアでは、各種論説記事などがごんごん出ていただろう。日本では2年前の「特定秘密情報保護法」のころのことを思い出せば、かなり近いのではないかと思う。

何だか棚ボタで首相になった感のあるテリーザ(テレサ)・メイが内相になったときからぶちあげていた「国家の権限の強化」という方針にのっとってまとめられた法案、Snooper's Charterが議会を通過し、法律になった。

snooperscharter.png


通称Snoopers' Charterこと、Draft Communications Data BillについてはWikipediaを参照するのが手っ取り早い:
https://en.wikipedia.org/wiki/Draft_Communications_Data_Bill


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2016年11月19日

「誤訳」は「意訳」「超訳」ではないし、「意訳」「超訳」は「誤訳」ではない。(実例つき)

学生さんが試験に通るための英語のお勉強を見るなどしていると、やたらと「フィーリング」、「意訳」という言葉で言い訳をするという例に遭遇することがある。特に英文和訳について生じることが多い。どうにもこうにも点数をあげることができない答案を書いている学生さんになぜこんな日本語訳になるのかと問うと、「フィーリングで何となく」とか「意訳しました」と弁解するのだが、実は「フィーリング」とか「意訳」とかいうレベルには到底達していない(全然グダグダである)ことが多い。(英語が得点源になるような人は「フィーリング」とか「意訳」とかはあんまり自分からは言わないというのが、個人的観測結果としてあるのだが。)

英文和訳では、元の英文の構造が取れているかどうか、その文の内容(言わんとしていること)が正確に解釈できているかどうかを確認する。それぞれ「1か、0か」の白黒くっきりではなく段階的なトーンがあるが、どちらも完璧にできている答案もあれば、どちらもまるでダメという答案もある。そして、英文の構造は取れていなければ話にならないのだが、文の内容が正確に解釈できているかどうかは多少は幅がある。「フィーリング」とかいう話になるのは後者のほうで、前者についてはそんな甘いものが入る余地はほぼない。

単語単位の誤訳は、基本的に後者の範疇に入り、多くの場合はさほど大きな問題にはならないが、その文の中で中心的な単語を誤訳すれば、意味そのものが取れていないことになり、大きく減点される。He bought an apple. を「彼はパイナップルを買った」としている例は1点減点で済むだろうが、「彼はリンゴを食べた」としていたら文意がまるで違うレベルなので0点になるかもしれない。一方で、He bought a lot of apples. を「彼はいくつかのリンゴを買った」としていようが、「彼はたくさんのパイナップルを買った」としていようが、それぞれ1点減点で済むだろう。

Love Trumps Hate by Diana Robinson, CC BY-NC-ND 2.0さて、あるテレビ番組が、"Love trumps hate." を「トランプは嫌い」としたことが話題になったが、これは文の構造(Loveが主語、trumpsが述語、hateが目的語)が取れていないので、0点。これが試験の答案だったら、何をどうひっくり返しても点数を与えることができない。「試験の答案」ではなく実社会での訳例なのだから、この場合は「0点」ではなく「誤訳」と言う。そして「誤訳」は「意訳」ではない。ましてや「超訳」ではない。原文はそんなこと言ってないというものを、本質的にはまともな「翻訳」の一種である「超訳」として扱うことなど、絶対にできない。2+2=5とすればそれは「計算間違い」であって、「誤差」ではないのと同じだ。

「意訳」においても「超訳」においても、文意そのものは正確に把握されていなければならない。例えば、He bought an apple. を「わざわざ金出して、リンゴをねぇ」とか「あいつ、たかがリンゴに金払ったんだぜ」と訳出することは文脈によっては可能だろう。これが「意訳」、「超訳」の類だ。しかし、「彼のリンゴは買い物に行く」、「リンゴは彼にとっては高いが買いだ」などとしていたら、それは単なる「誤訳」である。その文は、そんなことは言っていない。

Love trumps hate. を「トランプは嫌い(トランプのことが嫌い)」とするのは、He bought an apple. を「彼のリンゴは買い物に行く」とするのと同じく、単なる「誤訳」である。

実際には、これを「誤訳」と扱うことすらできるかどうか、微妙なのだが……trumpという単語に動詞の用法があることを知らず、したがって「3単現のs」にも気がつかない人が、単に字面だけ見て訳語を並べて、日本語が意味が通るように調整したのでなければ、このような日本語が出てくるはずはないからだ。しかも主語のloveがどこかに消えてしまっている。それは「翻訳」ですらない。「作文」だ。だから「誤訳」とも呼べないかもしれない。

そういうものを、擁護のつもりなのか何のつもりなのかわからないが、「意訳」だとか「超訳」だとかいう扱いをして差し上げたがる人々がいるようだ。

日テレ炎上!レディー・ガガ発言を「超訳」してしまう業界構造|情報戦の裏側|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/108293

via http://b.hatena.ne.jp/entry/diamond.jp/articles/-/108293

当方のブコメ:
「誤訳」を「超訳」としてかばってさしあげる必要が? 「数字がほしいので過激に」云々以前の問題。あれは掛詞を理解していない(trumpの動詞を知らない)人による中学生レベルの「誤訳」。翻訳をバカにするな。

http://b.hatena.ne.jp/entry/308478746/comment/nofrills


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2016年11月17日

『誰が音楽をタダにした? 』(早川書房)を読んで、私が端っこから見ていたあの「革命」の時代を回想する。

それは、カネの流れを変えるはずだった。一方的に価格を設定し、暴利をむさぼり、著作者たちを囲い込み、契約で縛り、他人の著作物を我が物として扱い、それをネタにカネを儲け、重役たちに高給を出している大手企業に入っていくカネの流れを変えるはずだった。少なくとも、語られていた「革命」はそういうことだった。しかし実際には、カネの流れを止めてしまった。行き先が大手であれインディであれ、録音された音楽にカネを出す人は激減してしまったのだ――読後、そのことを改めて思った。

The Pirate Bayが挑発的な態度で注目を集め、Kim Dotcomがその巨体に匹敵するような富を蓄えているとわかったあのとき、何が起きていたのか。

スティーヴン・ウィットの『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(関美和訳)は、膨大な文書を調べ、何十人もの人に話を聞き、5年近くの歳月(「あとがき」による)をかけてまとめられた本だ。

4152096381誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち
スティーヴン・ウィット 関 美和
早川書房 2016-09-21

by G-Tools


話は1980年代から始まる。「ネット上の音楽ファイル」の標準規格となったmp3がどこでどのようにして開発されたかを描く第一章は、しかし、「mp3の死が宣告されたのは、1995年の春、ドイツのエアランゲンの会議室だ」という一文で始まる。いきなり主人公が死んでしまった! だが実際には、彼は生き延びていたのである……という展開なのだが(それをそう書いても「ネタバレ」にはなるまい。じゃなきゃ、うちら、mp3なんて使ってないわけで ^^;)、この本においては、この「ドイツの技術者たち」の苦闘は、Aメロ、Bメロ、Cメロのうちの1つにすぎない。

第二章は、米国の非都市部(今回の大統領選で青くならなかったほうの「アメリカ」)でCDのプレス工場で単純労働にいそしんでいる青年の物語。黒人で労働者階級、祖父・父ともに機械いじりが得意、1989年には高校生ながらPCを購入し、そのローンのためレストランの厨房で単純労働を経験する。まじめにこつこつ働いていれば評価されるということを身をもって知った彼は、1994年に地元のCDプレス工場で誰でもできるような仕事についた。この時代、米南部の製造業は(一時的に)活況を呈していた。職場の友人とは、肌の色も性格も違っていたが、「パソコン好き」という共通点があった。……と、こういう青年なのだが、彼が後に、音楽産業を「ぶっ潰す」ためのハンマーをがんがん振り下ろすことになる(本人はそこまでのことをしているとは思っていなかったにせよ)。「初めからグローバーの動機はちょっとした物欲だった。もっといい車が欲しかった」。(ただし、彼は盗んだ音楽を直接的にカネに変えたわけではない。音楽ファイルのシェアは、直接的にはカネは絡んでいない。そのことが、いろんな意味を持っていた。)

第三章で登場するのは、音楽産業の超大物ビジネスマンだ。彼は元々はミュージシャンになろうとしていたがうまくいかず、レコード会社お抱えのソングライターとなった(1960年代あるある)。その後、クリエイティヴ職から経営方面にシフトし、1970年に立ち上げた自分のレーベルが、1978年にアトランティック・レコード傘下に入り、アーメット・アーティガンと……って、こりゃ60年代以降のポピュラー音楽史ですがな。ともあれ、このビジネスマンは「よい音楽より売れる音楽」という方針でビジネス的に成功をおさめ(そして世間にゴミをばらまいたのだが)、「CDを売る」というビジネスモデルが確立した1990年代には、ワーナー・ミュージックを率いていた。「そこに大金が転がっていた。ひと世代がまるまるレコードからCDに移り、ウィスコンシンあたりの少年がツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』のリマスター版CDを買えばそのたびに、モリスにも儲けが入る」。1995年、ワーナー傘下の「インタースコープ」が、女性蔑視やら犯罪自慢やらしょーもないことばかり満載されたギャングスタ・ラップ専門のレーベルと契約を交わしたのも、その「売れる音楽」を追求する経営方針ゆえのことだった。ただしそれは、自身の立場を危うくすることでもあり、最終的には彼はインタースコープごとワーナーという大企業をお払い箱になった。

昔のSFで「家庭用ジュークボックス・システム」的に夢見られた音楽のインターネット・ストリーミングを現実化するために必要な圧縮の技術の開発者、ありふれた物欲と、インターネットへの関心の持ち主だったCD工場の労働者、「CDへの切り替え時期にCDが売れに売れたこと」を忘れられない才覚ある商売人……この3つのメロディが、絡み合うようで絡み合わず、別個に流れながら、ひとつの物語を語る。実際にコーラス・グループでそんなふうだったら、多分前衛的すぎて聞いていると頭が痛くなってくるだろうが、書物の場合はそれがスリリングである。『誰が音楽をタダにした?』は、そういう本である。脇役としてシーグラム・グループのCEOだとかFBIの囮捜査官なども出てくる。もちろん、アップルのスティーヴ・ジョブズも。

電子書籍版なら、「前書き」から第三章まで(紙の本では73ページまでに相当)、出版元(早川書房)が「無料拡大お試し版」としてネットで公開しているので、まずはそこからどうぞ。Amazon (Kindle), 楽天KOBO, Book Walkerなど、各電子書籍書店にある。

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パリ同時多発テロから1年、最愛の妻を殺された人は、「悲嘆は私とともにある。私はそれを望んでいる」と語る。

今週日曜日は、「あの日」から1年の日だった。

1年前の11月13日。金曜日の夜を楽しむパリの普通の人々を、イスイス団の戦闘員たちが襲った。日本時間では14日の朝、早い時間帯だった。Twitterでタイムラグが極小に抑えられた形で流れてくる140字以内の断片的な情報から、それが「(ほぼ)同時多発」で複数個所を攻撃するという形での暴力だと気づくには、少し時間がかかった。その前、例えばカナダのオタワでの銃撃事件の際、パニクった人々の間での伝言ゲームで、ありもしない「ショッピングセンターでの銃撃」が発生するなどしていたので(オーストラリアのシドニーでの事件のときも見られた現象だが)、パリでも同じようなことになっているのだろうと身構えたのだ。実際には、流れてきた「攻撃」情報の一部は正確で、一部は勘違いだった。私の場合は、最初に目にしたのがパリ中心部での「銃撃」の情報だったので、郊外の「爆発」の報告で少々混乱してしまった。逆に、郊外での「爆発」を先に聞いて、2005年のバンリュー暴動のような事態を即座に思いついたという人の話も聞いたことがある。いずれにせよ、その日、パリという西欧社会の中心的な都市は、それ自体が標的とされ、高度に組織化された戦闘員によって攻撃された。

それだけでも十分に衝撃的なことだっただろう。フランスの情報当局や警察はいろいろとぐだぐだで、通り抜けられる網の目はいくらでもある、なんて話を聞いてた人でも、「まさかこんなことが行なわれるとは」と思わずにはいられないような攻撃だった。だが、個人的に私に口もきけなくなるほどの衝撃を与えたのは、その標的として、大バコのライヴハウスが選定されていた、ということだった。

日本語の報道記事では「コンサート会場」と言われたが、「コンサート会場」という言葉からは、座席のある施設が想起される。東京で言えば渋谷公会堂やNHKホールのような施設だ。一方で、2015年11月13日にテロリストによって襲撃されたパリの施設、Le Bataclanは、東京で言えばStudio CoastやLiquidroomのような位置づけだろう。元は19世紀の劇場で歴史のある施設だが、現在は音楽のライヴ会場で、出演するのは名前のあるロックバンド、特に「オルタナ」系が多い(NINも1994年のTDSのツアーでこの会場を使っている)。襲撃されたときにステージに立っていたのは、米国のオルタナ系ロックバンドのEagles of Death Metal(EODM: 「デスメタル界のイーグルス」というふざけた名前で、別に意味はないし、やってる音楽も「デスメタル」ではない)だった。

EODMのライヴが襲撃されたこと、EODMのライヴを見に行っている人たちが攻撃対象とされたことは、「衝撃」という言葉では語り尽くせないものがあった。私は個人的にはEODMは特に好きではない。何曲かは知っているが、アルバムは聞いたことないし曲を買ったこともなく、ライヴも見たことはない。それでも、そういう「系統」の音楽はよく聞いているし、EODMのライヴを見に行くような人とは、いろいろと音楽的趣味も合う部分が多いだろう。イスイス団のカラシニコフが向けられたあの人々は、たぶんある程度は「私のような誰か」であり、それ以上に濃厚に、「私の友人のような誰か」だ。

私は私が殺されることは別にかまわない。しかし、私の大切な友人があのような暴力の標的とされることは、耐え難い。その友人に守りたい、守らねばならない人々がいるとなればなおさらだ。EODMはそういう、「守らねばならない人々」がいる年齢層のオルタナ系のロック好きが見に行くようなバンドだ。

エレーヌはそのひとりだった。

エレーヌのことを、私は事件後に、彼女の夫が書いた文章で知った。

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2016年11月15日

ジョー・コックス議員殺害事件で起訴されたネオナチ共感者の裁判が開始された。

報道記事に出ている顔写真は「普通の人」に見える。凶悪そうな雰囲気は特にない。むしろ、「テレビドラマでよく知られた脇役俳優」と説明されたら疑わないだろうなと思わせる風貌だ。だが、実際には、この人物はネオナチ共感者で、殺人者だ。ただし本人は「殺人」を否認している(とBBC報道記事にあるが、具体的には、起訴されたあとに有罪もしくは無罪の申し立てをすることを拒んだので、手続き上、被告本人は容疑を否認、「無罪」を主張しているという扱いになるそうだ)。凶行の現場からすぐ近くで、武器を所持した状態で逮捕されているにもかかわらず、である。(裁判の進行としては、陪審団はまず、この殺人を行なったのがこの人物であるかどうかというところから見ていかねばならないことになる。)

この人物は、「標的」のスケジュールを調べて待ち伏せをし、「標的」が到来したところに襲い掛かり、15回も刺し、3回も撃ったとして起訴されている。法的根拠は単なる「刑法(での殺人罪)」ではなく「テロ法」だった。
At that hearing, on 23 June, a provisional trial date was scheduled for 14 November, with a preliminary hearing on 19 September and a plea hearing on 4 October. Saunders stated that the case would be handled as part of "the terrorism case management list" on which cases related to terrorism (as defined by the Terrorism Act 2000) are placed.

https://en.wikipedia.org/wiki/Killing_of_Jo_Cox


襲撃者が手にしていた武器(凶器: weapon)については、事件発生当時から断片的ではっきりしない目撃情報が伝えられていたが、今回法廷で陪審団に対し証拠として写真で示され、その写真が報道記事に出ている。見たことのない異様な形の銃は、事件当時「手製 homemade」と伝えられていたが、長い銃の銃身を切るなどして拳銃状に改造したものだという。

Jurors were shown pictures of the .22 Weihrauch bolt-action weapon with its stock and most of its barrel removed, leaving it just 12 inches long.

http://www.standard.co.uk/news/crime/jo-cox-trial-thomas-mair-used-homemade-gun-and-knife-to-murder-mp-a3395496.html




この事件は、日本語圏ではどの程度記憶されているだろうか。

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2016年11月11日

Twitterfeedが終わってしまったので、Dlvr.itに乗り換えた。

しばらくブログをほとんど書かずにいた間に、Twitterfeedがサービスを停止してしまっていた。



Twitterfeedは、Twitterが始まってすぐにスタートした「老舗」と言えるサービスで、ニュースサイトやブログなどのRSSを拾ってTwitterに流してくれるという便利なものだ。開発者はMario Mentiさんで、私がTwitterのアカウントを取って最初にフォローしていたBBC Newsやガーディアンなど大手報道機関のアカウントは彼が取得したアカウントで、サイトのRSSを拾ってフィードするよう設定されていた。(その後、大手報道機関のTwitter利用が進むにつれて、RSSフィードを食わせていただけのMarioさん設営のアカウントは、報道機関に譲られて各自で運営されるようになっている。)

Twitterfeedは2011年8月にBitlyによって取得された。BitlyはURL短縮サービスで、2011年1月のエジプト以降、「ソーシャルメディア、特にTwitterでニュースを広める」といったニーズが高まったときに、当時まだt.coの短縮URLがなく、普通にニュースサイトのURLを投げたりするとそれだけで140字使い切ってしまうという問題を解消するため、Twitterで非常に頻繁に使われて、知名度と価値を上げたアメリカのIT企業だ(確か、当時最も広く使われていたクライアントのTweetdeckでのデフォルト設定で、短縮URLはBitlyになっていたのではなかったか)。




そのBitlyが、2016年10月末で、Twitterfeedのサービスを打ち切ることにしたのだそうだ。いよいよTwitterが「衰退」の局面に入ったのだなあと胸が熱くなるが、驚きはない。それでも、Twitterfeedほど広く使われている地味なサービスを終了という判断が出たことには驚いた。それも、告知からサービス終了まで、2週間程度という短さだった。






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2016年11月10日

アメェーリカァ〜〜

今言うとバカみたいなんですが、特に根拠なくぼんやりと、こうなるとは思っていました。投票前にそれを文字にすると、本当にそうなったときに「文字にしたから現実化した」などとオカルトめいた考えを呼びそうなので書かずにいたのですが、「トランプ支持」に意味があったというより、「ヒラリーだけは絶対にやだ」という強い「ヒラリー不支持」に意味があったのではないかと思うのですよね。何となくぼーっと見てただけですが、バーニー・サンダースが勢いづいていたころからの流れで。ただ、選挙戦の終盤でトランプがあまりに「わが道を行く」態度だったので、微妙なトーンの「アンチ・ヒラリー」の票を積極的に取りに行くわけでもないのかなとは思いました。その頃にはもう、そういうのは終わってたんですね。

しかし民主党は「クリントン」というブランドで押し切れると思っていたようですね。共和党が、「ブッシュ家」や「期待の新鋭」ではなく、政治家としては全くぺーぺーの新人を候補者とすることになったときに、民主党の選対は安堵していたんじゃないかと思います。「クリントン」を相手に太刀打ちできそうにもないような政治経験ゼロの「リアリティTVのホスト」が共和党候補者になったんですから。夫が2期8年を務めた元大統領、本人は上院議員を務め、国務長官も経験している政治家。そんなすばらしい候補者が、トンデモ発言を連発する「リアリティTVのホスト」に負けるはずはないと。

今回の米大統領選は、Brexitを決めたEUレファレンダムとの類似もさんざん指摘されていますが、要するに、「アンチ・エスタブリッシュメント」というのは、「アンチ・ネオコン」、「アンチ・リベラル・インターナショナリズム (liberal internationalismは固有の概念を表す名詞)」であり、「アンチ・ネオ・リベラリズム」、「アンチ・国境を否定するインターナショナリズム」(雇用から犯罪まで、幅広い分野で国境を重視するナショナリズム)です。「エスタブリッシュメント」は、「俺たち・私たち」の生活を破壊し、その上で繁栄しているものとして認識されているんです。地元の製鉄工場をつぶし、漁民を失業させて、金融街の資本家・投資家だけが金儲けのゲームにいそしんでいる。Brexitの背景はそういう、情け容赦のない新自由主義です。それについて「反グローバリズム」を叫ぶためのバックグラウンドのある層(インテリ)と、より直感的で単純な理想主義的・ユートピア的ナショナリズムを信じる層(非インテリ)というような違い・分断はあるけれども、大変に多くの人が、同じものに、同じような「怒り」を抱いている。それをうまく自分たちの政治的ゲインにできる人々がいるということです。

個人的には、「オキュパイ」運動の、極めて白黒はっきり単純化された「99%対1%」の世界観の行き着くところはこうだと思ってました。つまり「1%」に泡を吹かせてやることが、少なくとも一部では、よりよい社会の実現のための手段でなく、それ自体が目的化するということ。そのことは、「オキュパイ」が流行っていた当時、どこかで書いたと思います。

最も頭が痛いのは、UKでBrexitが決まったとたんに、それまで周縁にいた極右の移民排斥論者(議員を銃撃して殺害するような奴や、「ポーランド人狩り」をやっちゃう連中を含む)が我が物顔をしだし、「ここは俺たちの国だ、お前ら移民は出て行け」という発言を公然としはじめたように、USAでも「極右の我が物顔化」が現実になるだろうな、ということです。「極右」だけならまだチャールストンの教会襲撃事件後のあれこれで、いわゆる「免疫」があるかもしれませんが、ドナルド・トランプの支援者には「極右」と「突き抜けた極右」(KKKのようなファンタジーの世界の住民)と、「陰謀論者」(アレックス・ジョーンズ系、Infowars系、ほか)が大勢います。彼らが「我が物顔」をしだしたときのことを考えてみてください。それを、国際政治という文脈で考えてみてください。(ちなみに「陰謀論」はある国が積極的にばらまいている情宣の一部でもあります。)

頭が痛いなんてもんじゃないと思います。

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2016年11月09日

2015年11月のパリ攻撃、2016年3月のブリュッセル攻撃双方に関わったと思われる人物を情報機関が特定した。

2015年11月13日から、そろそろ1年が経過する。金曜の夜のパリの街を血で染めたあのすさまじい暴力を計画し組織化したのは誰だったのかという点について、新たに進展が報じられている。

Belgian jihadist Atar 'co-ordinated' Paris and Brussels attacks
http://www.bbc.com/news/world-europe-37906961

BBC Newsは記事のタイムスタンプを廃止してしまったので記事が出た正確な時間がわからないが、今これをアップしようとしている時点で7 hours agoとなっている。

私がこの記事に気づいたのは、11月9日の朝8時ごろ(日本時間)、PCを立ち上げて、米大統領選の結果がそろそろ入り始めるころかとBBC Newsのサイトを見たときだったが、その時点でも大して目立たない位置に配置されていた。米大統領選の特設コーナーは別として、この時点でのトップニュースはインドの唐突すぎる500ルピー札と1000ルピー札の廃止で、これはトップニュースになって当然だ。次の、オーストラリアのテーマパークの遊具の話はこんなに扱いが大きいのがちょっと不思議だが「ビジネスニュース」的な意味はあるのだろう。その他、いろんなニュースが並んでいるが、少なくとも、昨年11月のパリ攻撃と今年3月のブリュッセル攻撃のマスターマインドについてのニュースは、ハリー王子が付き合ってる彼女についての英マスコミの扱いがひどい(蔑視的である)と述べたという話より重要なように思えるのだが(しかもこちらのほうが記事が新しいのに)、ハリー王子のニュースより下位に配置されている。

bbcnews09nov2016s.png


Twitterに記事URLを投げてみても、あまり注目されている様子はない。URLでひっかかるのは全部で15件。私が日本語で内容をメモっているのを除けば、ジャーナリストのアカウントもbotのアカウントもみな、基本的に、ヘッドラインをただ淡々とフィードしているだけだ。

tw37906961.png

※キャプチャに使っているソフトウエアの仕様が原因で、一部、はしょったようにしかキャプチャされていないところがある。

という次第で、非常に地味に見えるニュースだが、内容は濃い。

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2016年11月07日

Twitterがまた落ちた。(2016年11月7日)

日本時間で7日(月)午後、Twitterがまた落ちた。私が気づいたのは3時ごろで、10分か15分で復帰はしたが、復帰後も動作が重たい。

10月22日の早朝に落ちたとき(原因はIoTのウイルス)ととてもよく似ている。というか、ユーザー・エクスペリエンス的には同じである。

今日の不具合に気づいたのは、自分の投稿がInternal server errorとなって投稿できていなかったことによる。ここ3年くらいはめっきり減っているが、この「内部サーバエラー」は「Twitterにはよくあること」なので、とりあえず少し(1分ほど)時間を置いてリロードするなり何なりするのがクセになっているのだが、今日はリロードしてもまだダメだった。即座に10月22日のことを思い出したので、投稿しようとしてエラーになった内容はとりあえずはてブに投げて、しばらく様子を見てみることにした。

10月22日は、ツイートをエンベッドしようとしたときにコードが表示されなかったことで異状に気づいたのだが、今回はどうだろうか。開いていた自分のTLで適当にエンベッドのコードを表示させてみよう。

まず「Embed this」を選んで……

twitterdown_07nov2016.png


……やはり表示されない。

twitterdown2_07nov2016.png


タイムアウトしちゃう。

twitterdown5_07nov2016.png


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「ユーフラテスの怒り」……ラッカ奪還作戦が始まった。 #シリア

表題どおり、ラッカ奪還作戦が始まった。

2014年6月にイラク軍が逃げ出したことによってイラクのモスルを掌握した「イスラム国」を自称する勢力(ISIS, ISIL, またはIS。ネットスラングで「イスイス団」)が「国家樹立」を勝手に宣言し、「サイクス・ピコ協定で定められた国境線の終わり」をアピールする写真をSNSを含むネット上に大量に流した次に大きな(彼らにとっての)「進展」を見たのが、同年8月のラッカの掌握だった。

ユーフラテス川に面したシリア北部の都市ラッカは、同名の県の県都であり、人口20万人を超える規模があるが、シリア国内のほかの大都市からはかなり離れている。2011年の「革命」勃発後、この都市でも民主化要求の平和的運動が起きたが、ホムスやダルーアなどとは異なり、勢いは続かなかったという。2012年、シリア各地で激しい武力行使が見られるようになったあと、ここには各地から避難してくる人々が集まり、シリア政府はラッカは比較的平穏であるとみていた。しかしその状態も長くは続かず、ラッカもまたシリア政府軍(アサド政権軍)と反政権の諸勢力の間の戦闘と陰惨な暴力の場となっていく。そして2013年3月、シリア自由軍(FSA)、ヌスラ戦線(JaN)、イスラミック・フロントなどによる反政権勢力によって政府軍が放逐され、ラッカ県は完全に反政府側の掌握するところとなった(ソース)。このときに「ラッカ解放」を祝う声があったことは覚えているが(ジーンズにスウェットシャツに、髪を覆うヒジャブというような服装の女性が「自由シリア」の旗を壁にかけていた)、その後、ラッカでは世俗主義者より宗教勢力が支配的となり、「解放」を祝った世俗主義の平和的民主化運動の活動家たちは地下に追いやられていく。そして、JaN・アルカイダとイスイス団の離反(2014年初め)を経て、2014年8月にはイスイス団がラッカを掌握し、やがては彼らの自称する「国家」の「首都」としてしまった。ちなみにラッカは796年から809年にかけて、アッバース朝の首都だったことがある。

ラッカを掌握したイスイス団は、市内のキリスト教教会やシーア派のモスクを破壊し、クリスチャンを処刑また追放し、市民たちには「ぼくたちのかんがえるただしいイスラム」を強制し、「市民はわれわれを歓迎している」というプロパガンダをぶちかまし、西欧諸国を含む世界各地の共感者に「きみも理想国家の建設に参加しよう」と呼びかけた。輝かしい光の戦士となることを夢み、また「新たな国」の子供たちを生み育てることを理想とする男女が大勢、ラッカの住人となった(彼らが「国」から与えられる家は、イスイス団に追い出されるなどした元々のラッカ市民の家だったが)。「ジハーディ・ジョン」と呼ばれた西ロンドン出身の男もそうだし、ロンドンのイーストエンドの学校に通っていた10代の女子3人組もそうだ。フォーリーさんもソトロフさんも、ヘインズさんもヘニングさんもカッシグさんも、カサスベさんも湯川さんも後藤さんも、この町のどこかか、あるいはその近郊で殺された。ミュラーさんはこの町の標的に対して行なわれた米国を中心とする連合軍の空爆で殺された。そういった「外国人の犠牲者」は国際的に報道されるが、元々のラッカ市民や、イスイス団による掌握前にラッカに避難してきていたシリア人の死や苦境は、報道という形では極めて限定的にしか接することができない。そもそもラッカには、イスイス団の息がかかっていない報道はない(そういう映像を、あたかもうちらの感覚でいう「報道の映像」であるかのように、日本のメディアがそのまま流したこともあった。後藤健二さんがとらわれていたときだ)。そもそも「報道」と呼べるものなのかどうかはさておき、ラッカ内部での/からの報道は、インターネット上の彼らのチャンネルで流されるイスイス団のプロパガンダ以外にはないといってよい状況だ(フォーリーさんたちと同じように拘束され、イスイス団の「広報」担当にされてしまった英国人ジャーナリストのカントリーさんの例などを参照)。そういうわけで、時おりラッカから逃げてきた一般市民の話に基づく記事が国際メディアに出ているが(リンク先はアルジャジーラ、2015年1月)、ラッカはほぼ「密室化」の状態にある。

ネット上でアラビア語と英語の2言語で活動する組織、「Raqqa is Being Slaughtered Silently (ラッカは静かに息の根を止められつつある: Raqqa SL)」は、基本的に、2011年の「革命」期の平和的活動家たちによる、ラッカを「密室化」させまいという取り組みである。ウェブサイトとTwitterは下記。
http://www.raqqa-sl.com/en/
https://twitter.com/raqqa_sl



その彼らのTwitterアカウントで最初に動きが報告されたのは、日本時間で6日(日)の早朝だった。現地では土曜の夜。「ラッカ: 昨晩、どの勢力かは不明であるが軍人たちが、ラッカの南にあるカスラット村に(たぶん空から)入り、数人のイスイス団戦闘員を拘束した」。
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2016年11月05日

イギリスがおかしい。

「人民(国民)の敵」――デイリー・メイルの一面にそんな文言がどかーんと出ている。

誰かの発言の引用ではない。ジョークを意図したものでもない。

そして、その文言を添えられて顔写真を「さらされて」いるのは、スパイだとか政府の金を横領した人物だとかではなく、「仕事中」の服装をした判事である。

最初にこの画像を見たときは、「デイリー・メイルのこういう一面はまだですか」という主旨の風刺作品だろうと思った。しかし、ほんの10秒ほどで、風刺作品ではなく本物だということが確認できた。BBCで毎日「今日の新聞一面」を淡々とフィードする記者のアカウント(「事件記者」めいた「電話で真顔」のアバターの由来は、おそらく電話中の首相の真顔である)が、これを淡々とフィードしているのが確認できたからだ。

dailymail-enemiesofthepeople.png


「法の統治」という大原則を、デイリー・メイルのような歴史ある報道機関が知らないはずはない。しかしそれでも、高等法院の判事(裁判官)たちのことを引用符つきで 'out of touch' と断罪してみせているのは、これまでずーっと「負け」続けてきて今年の6月にごく僅差で「勝った」ためにやたらと勝ち誇り、「民主主義」をただの「多数決」にしようとしている「一般大衆 the people (と自認しているであろう人々)」の聞きたいことを言ってあげて売り上げとPVを稼ぎながら、彼らを煽動し、彼らを方向付けるためである。

あの英国で、まさかこんなことが起こるとは、誰が予想していただろう。いくらデイリー・メイルでも、である。

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2016年10月28日

LとRとHi-NRG/ユーロビート(訃報: ピート・バーンズ)

英語のLとRの聞き分けは難しかった。今でも難しい。語頭にある場合は文脈なくても聞き分けられると思うが (lidとrid, lightとrightなど)、語中にあるときは文脈を頼って判断していると思う(flyとfryなど)。でもずっと以前は、語頭にあるときも聞き分けなんてできなかった。聞き分けができないから書くときも間違えた。テストでくだらないところで失点する原因になると言われ、「受験地獄」の時代、私はあせった。スペルミスは1箇所で-1点なので、1点を争う入試などでは致命傷になりかねない。

今のように「ネイティヴがしゃべる英語」へのアクセスがほとんど無尽蔵にある時代とは違う。聞き取りの練習には、基本、英語教材か、ラジオの英語講座か、英語の映画(もちろん吹き替えではなく字幕)しかなかった。ただし、地理的条件が合えば、米軍のラジオ放送を「英語のシャワー」的にかけっぱなしにしておくという荒技も使えた。当時のFEN (the Far East Network: 現在はAFN, the American Forces Network) である。

FENは基本、DJがおしゃべりしながら音楽を流している局で、定時にはニュースがあり、大相撲の中継などもあったが(力士の名前が英語訛りで読まれ、"Push, push, push" などと絶叫で中継されるのは、おもしろかった)、基本的には「そのときどきのヒット曲や、オールディーズと呼ばれる曲が延々と流れている局」だ。実際には音楽目当てでかけっぱなしにしていても、「英語の聞き取りに役立つから」という名目があるから、親に「また『ながら勉強』なんかして!」と怒られずに済むという便利な局だった。かかる曲はテレビの「ベストヒットUSA」(これもまた「小林克也の英語が勉強になるから」という名目が立ち、「親に怒られずに毎週見ることができる番組」だった)と大差なかった。1980年代、商店街の店の多くは店頭でラジオか有線放送かカセットテープを流していて(今のように、著作権管理団体がうるさくなかった)、そこでもヒット曲が常に流れていた。八百屋ではおやじさんが「さかなはあぶったイカでいい」と有線に合わせて鼻歌を歌っていたし、こじゃれた雑貨屋はFENだったり「海外チャートもの」の有線放送で「洋楽」を流していた。もっと本格的に「音楽好き」の人は、それなりのリソースやアクセスがあれば、チャートもの以外の音楽を聞いていただろうが、「チャートもの」の音楽は、どこにいても必ず耳にした。

LとRの壁にぶち当たっていた私に光を投げかけてくれたのは、そういう「チャートもの」の曲のひとつだった。

You spin me right round, baby, right round
Like a record, baby, right round round round


発音記号もどきで書くと、 [rai], [rau], [lai], [re], [rai], [rau], [rau], [rau]. これだけのバリエーションが間髪いれずに流れてくる。それも、ものすごい美声で、しかもLとRの違いがはっきりわかる。


※全体の歌詞はこちら: http://www.metrolyrics.com/you-spin-me-round-lyrics-dead-or-alive.html

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2016年10月26日

英デイリー・テレグラフが伝えた言語的に意味不明の域に達するWHOの新方針+「またスプートニク(元ロシアの声)の誤訳か」=カオス

「ねとらぼ」さんの下記の記事。「なんぞこれは」としか言いようがない。

「性的パートナーがいない人は障がい者?」誤訳を元に波紋広がる 元記事は不妊の定義変更を取り上げたもの
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1610/22/news041.html

ざっと見て、なるほど、また例のメディアがデタラメを書いて、それを真に受けた日本語圏のネット界隈が盛り上がっちゃったんですね、という話ではあるようだが、この記事を読んでも意味がよくわからない。報じられている「不妊の定義変更」(WHOの基準が更新される)というものが、内容面で、言語的に意味不明の域に達しているからだ。かつて、知人が「メールマガジンの無料購読という日本語がわからない」と言っていたことがある。「購読」の「購」の貝へんは「貨幣」を表し、「購読」という漢字はすなわち「対価を払って読むこと」を意味しているはずだから、「無料で購読する」というのは意味不明のオキシモロンだ、というのだ。確かに言われてみればそうかもしれないが、実際には「言葉は生き物」であり、「購読」はメールマガジン以前から、有償・無償を問わず用いられていた(無料で配布されている企業のPR誌についても「定期購読」という言い方はなされていた。「本誌は無料配布ですが、定期購読をご希望の方は郵送代金分の切手を添えてお申し込みください」といった形で)。今回のWHOの「不妊 infertile」の定義変更には、「お金を払わないのに*購読*って言うのはおかしい」という感覚に近い違和感を覚える。数十年後の植物の研究者などは、一般人との感覚のずれに頭を悩ませることになるのではないか。

ともあれ、「ねとらぼ」さんの記事を、まずは参照しよう。この記事は、日本語圏でこの話題が(例によって)「まとめサイト」のセンセーショナリズムによって、間違った、歪んだ形でバイラルしたことを中心のトピックとしている。

では、その「まとめサイト」の曲解はどこから生じたのか、という点について、「騒動の発端は海外紙を引用して報じられた『性的パートナーを見つけることができない人は障害者扱いに』とするSputnikの誤訳記事」と述べ、「スプートニク」(旧称「ロシアの声」)の記事のスクリーンショットを掲載している。そのスプートニクの記事は:
Sputnikの記事は海外紙「The Telegraph」の記事をもとに、“世界保健機関(WHO)が不妊を障害とみなしつつ、性的パートナーを見つけられない人を障がい者と同一視することになった”とする内容となっていますが、元記事の「disability」を狭義での「障害」としているなど、正確な翻訳とはいえないものとなっています。


……ええと、「ねとらぼ」さんの地の文の意味がわからない。「保健 health」という文脈におけるdisabilityの「障害」という語義に、狭義も広義もないのでは。
http://www.dictionary.com/browse/disability

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2016年10月25日

ホメオパシーがまた話題になったので、「英国でのホメオパシー」について約6年前のことを振り返り、最新状況も見てみよう。

「ホメオパシー」がまた「ネットで話題」になっている。というか、「はてブを使っている人と、それを見ている人の間で話題になり、機動力に優れたBuzzFeed Japanが記事にしたことで、さらに話題になっている」。ただしここで「話題」にしている人々は、かなりの程度まで、同じ人々だろう。ホメオパシー(およびそれを含む「ニセ科学」)については、「新しくネタが出ると話題にする界隈」があり、基本、その界隈の外では話はほとんど広がらないか、一過性で終わってしまう。ざっくり言えば、ホメオパシーについて頻繁に話題にしているのは、信奉者か批判者のいずれかということになるだろう。

ホメオパシーについては、大手一般紙が記事にし、広く人々の目にその「話題」が触れることもときどきある。前回ホメオパシーが広範囲で「話題になった」のは、記録を見返すと2010年のことだ。前年の2009年に、ある助産師が乳児に必要なビタミンKの代わりにホメオパシーの「レメディ」を与え、乳児が死んでしまうというあまりにひどいことが起こっており、その件での裁判について大手新聞が報道を行なったときである。(その後、同年8月には「日本学術会議の金沢一郎会長が『ホメオパシー』と呼ばれる代替医療の効果を否定する談話を発表」し、「代替医療推進」の立場だった当時の鈴木寛副文部科学相もその談話を受け入れるという形で、ホメオパシーの効果は公的に否定されている。このときの顛末は、「碧猫」さん [RIP] の当時のブクマに詳しい)。

報道がなされた場合、この問題にある程度の関心を払ってきた人は注目し、話題にもするだろうが、そうではない多くの人々、とりわけそれまで「ホメオパシー」なるものを知らなかった人は、ニュースを見て、「ホメオパシーっていうのがあるらしいけど、何か怪しいっぽい」という漠然とした印象を抱いて、次の話題に関心を移してしまうだろう。その「何か怪しいっぽい」という印象が残っていれば、誰かから薦められることがあってもその人は手を出さずにいるだろうということを期待したいし、それが期待されて然るべきだが、もしも私がホメオパシー商材の販売を仕事にしていたら(&売れればいいというスタンスだったら)確実に、その「何か怪しいっぽい」という漠然とした印象を利用するだろう。「何か怪しいっぽいっていう印象があるじゃないですかー。私もそう思っていたんですよ。でも……」という話法でターゲットを説き伏せるのだ。

この話法は、「ニセ科学」に限らず詐欺商法でもカルトでもよく使われる。「怪しいという印象がありますよね」と語りかけられたターゲットが「そうですね」と反応すると、薦める人は言葉巧みに(というか、「人と人の会話として極めて自然な流れを作って」)ターゲットが何をどの程度知っていて、どう考えているのかを探る。そして、「私がこれからあなたに紹介する "これ" は、あなたがネガティヴな印象を抱いている "それ" とは同じでありながら別のものだ」という誘導を行なう。例えば、「○○商法って、昔ニュースになって、逮捕者が出たじゃないですか。今はその時代とは違って、あのときのことを十分に反省して、システムを変えたので……」云々というふうに話を進めるわけだ(←今書いているこの例は架空のもの。私がこれを書きながら適当にでっちあげたものであり、万が一現実と呼応したりしていても、それはただの偶然である)。あるいは、「私も怪しいと思ってたんですよ。でも怪しいと言い切るのもおかしいかなと思って、いろいろ勉強して、自分なりに納得できたんです。そして、やってみたらとてもよいものだったので、多くの人にそのよさを知ってもらいたくて……」云々。

「私も、かつてはあなたと同じように、『それ』についてこういう態度だった(が、今はそうではない)」というのは、英語圏で「ex-なんとか」を冠した運動(という日本語は変かも。movement)などで使われる定番の話法である。根本的には「同性愛は治療できるので治療すべき」という主張である「ex-gay」ムーヴメント(2013年に中心的団体が欺瞞を謝罪し、崩壊)はかなり組織的にそういう話法を使っていた。そこまで組織的でなくより個人的な語りとしても、「ex-信仰者」(信仰にはイスラム教、キリスト教などがあり、「無神論者」になった人もいれば「改宗者」となった人もいる)などは、そういう語りを完全に組み込んでいる(興味のある方はアヤーン・ヒルシ・アリなどを見てみるとよい)。

そういう語りが広く採用されるのは、それが効果的だからだ。うちらの日常にも(無害な)例はたくさんある。「銀杏は食わず嫌いだったが、食べてみたらおいしかった」とかいう類のものだ。また、そういうのが、物を売ろうとするときの広告に使われることもある。「クセの強さに苦手意識を抱いている人が多いパクチー。実はこんなうまみ成分があって、それを適切に引き出す調理法が……」(←適当に考えた架空の例です。パクチーにうまみ成分があるのかどうか、私は知りません)とか、「ばい菌に雑菌……『菌』にはネガティヴなイメージがありますね。しかし古来日本人は……」(←同上)とかいった語り口は、いかにも広告くさく聞こえるだろう。

話が広がってしまったが、今回、2016年10月に、またぞろホメオパシーが「ネットで話題」になったのは、ある有名ブロガーが、上記のような「○○には、ネガティブなイメージがあるが……」の系統の語り口を使って、ホメオパシーについてブログに書いたことが発端だった。(ただしその「有名ブロガー」が話題になっているのは、私は全く関心を持っていない界隈で、私はその人の名前と漠然とした風貌と、東京からどこかに移住したという程度のことしか知らない。彼の書いたものを読んだこともほとんどなく、何を書いてるのかも知らないし、どのくらい「ビッグな」存在なのかもわからない。)

【魚拓】【ホメオパシー】ムカデや蜂に刺されたときは「エイピス」を飲むと治るらしい。 : まだ東京で消耗してるの?
http://b.hatena.ne.jp/entry/megalodon.jp/2016-1011-1430-25/www.ikedahayato.com/20161011/66275429.html

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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