kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2018年12月07日

フランス、ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)の抗議行動を伝える英語圏に関するメモ(含: 情報戦について)

ネット上の日本語圏ではなぜか「イエローベスト」という英語で語られたりもしているフランスの「黄色いベスト」(現地語で「ジレ・ジョーヌ gilets jaunes」)をシンボルとする大規模な抗議行動について、というかそれが英語圏でどう語られているかについて、1本ブログ記事を書こうとしていたのだが、あいにくその気力も体力も知力もないので、ツイートしたものをお手軽にまとめておこうと思う。こんな記録でも、自分のブログに何もないよりはましだ。

簡単に今回の抗議行動についてまとめておこう。抗議行動のシンボルとなっている「黄色いベスト」は車を運転する人が車に載せておくことを義務付けられているものである。車が故障した際に赤い反射材でできた三角形の表示を出すと同時に、運転者はこの黄色いベストを着用することになっている。つまりこのベストといえば「車を運転する人」の意味になる。特に「トラック運転手」とか「農業従事者」とかいった区別なく、「車を運転する人、すべて」だ。

彼らが抗議しているのは、少なくとも発端としては、政府がディーゼル燃料にかかる税金を増税し、燃料が大きく値上げされたことだ。増税は、化石燃料への課税を大きくして非化石燃料への転換を促すために行なわれたもの。依然、ディーゼル燃料への依存が高いフランスにとっては、環境負荷を小さくしていくことは大きな課題だ。そのためにマクロン大統領はエコカー購入に補助金を出すと同時に、ディーゼル燃料にかかる税金を増やすという手を打った。やりようによってはうまくいったのかもしれないが、マクロンのやり方は完全に悪手だったようで、全国的な抗議行動を引き起こした。

BBCの映像報告(BBCのナラティヴは気になるが)。車がないと生活が成り立たない人の声。「ミドルクラスが消え去って、社会は富裕層と貧困層に両極化した」。「1968年5月の再来だと言う若い人たちもいる」:


この直接行動が始まったのは11月17日(土)で、初日に死者が出たのでBBCなど英語メディアでも少し大きく報じられていたが(でもそのときには日本語での大きな報道はなかったようだし、日本語圏で事態を注視している人もあまりいなかったかもしれない)、国際的トップニュースの扱いを受けるようになったのは2週目の土曜日に「暴動」っぽい状況になったあとだった。日本語でもその段階で「デモ隊が暴徒化」というお決まりのフレーズで報じられるようになり、そうなると今度はニュースを見た人の「これはひどい」という伝言が加速する。初日に死者が出ていることも知らずにいて、「暴徒化」云々で騒げる人たちは、よほど「デモ」が嫌いなのだろうと思う。あるいはパリについて旅行雑誌の描くようなイメージで決めてかかっているか。

とはいえ私も、17日のニュース記事を見たとき、最初は「はいはい、フランスのデモ、フランスのデモ」で終わると思っていた。BBCなどにおいて、「フランスでのデモ」は一過性のニュースで終わるのが常だ(だから英語圏でも最初は扱いが大きくなかったのだと思う。道路上のバリケードに関連した事故が原因で不幸にも亡くなってしまった方々がおられるが、「国家の暴力装置」などニュースになる背景があったわけではなかった)。だから今回もまた、デモを組織している労組なり何なりが「人々の怒り」を政治家たちに見せ付けたあとで、交渉の局面に入るのだろうと思い込んでいた。それにタイミング的にBrexitをめぐるあれこれが(特に北アイルランドで)進行していたし、個人的な関心はフランスには向かなかった。

しかし翌週(24日の週末)もフランスからのニュースは続いた。シャンゼリゼがデモ隊に封鎖されるなど事態はますます激しくなり、警察によって催涙ガスやウォーターキャノンが使われた。「デモ隊(の一部)が暴徒化」という定型表現に落とし込めるようになっていたからか、日本語での報道もなされているようだった(ろくに見てないけど)。デモが暴力的になり、マクロンはそれら「暴徒」を非難するという反応を見せた。後のマリー・アントワネットである。

そのときのBBC News記事が下記。よくまとまっている。

France fuel unrest: 'Shame' on violent protesters, says Macron
25 November 2018
https://www.bbc.com/news/world-europe-46331783

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2018年12月06日

ナイジェル、UKIP辞めたってよ。

2016年6月のEU離脱可否を問うレファレンダムで「離脱」陣営の(非公式の)顔としてすさまじい存在感を(メディアのおかげで)発揮しておきながら、レファレンダムから10日ほど後にはUKIP党首という責任ある立場を辞めていたナイジェル・ファラージが、このたび、UKIPをすっぱり辞めたという。

その「辞めた」という宣言を、テリーザ・メイがEUとの間でやっとのことで合意し、英国会に持ち帰った離脱プランに関する討議の初日(予想されていた以上の、すさまじい荒れ具合を見せている)にぶつけてくるあたり、おぬしもワルよのう……なんだけど、ナイジェル・ファラージがどんなことを画策してきたところで、今さら驚くには値しない。ああ、そうですか、という程度だ。

しかし、UKIPと手を切ることにした理由が、UKIPの現在のリーダーシップが、「トミー・ロビンソン」という活動家名で知られるEDL創設者(実名はスティーヴン・ヤクスレイ=レノン)を党に招じ入れ、彼の「反イスラム」のレトリックを党のレトリックとしようとしていることだ、という辺り、「驚く」とかじゃなくて何というか、ただ呆れて言葉を失うよりなくなってしまい、逆に言葉が大量に噴出するという感覚だ。

ともあれ、この件を私が知ったのはロイターの速報で、そのあとでガーディアンの記事を読んだのだが、ロイター記事とガーディアン記事が「ナイジェル・ファラージとは誰か」という点においてまるで違うので、それをここに書きとめておこうと思う。


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2018年12月05日

「化粧筆を贈呈」のレベルではない、バロンドール授賞式での公然たるセクシュアル・ハラスメント

フランスのサッカー誌(紙)が主催するサッカーの最優秀選手賞、バロンドール(英訳すれば「ゴールデン・ボール」)で、女性部門が今年から新設された。「女性初のバロンドール受賞者」となったアーダ・ヘーゲルベルグ(リヨン)は、男性部門受賞者のルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)、若手部門と言える「コパ・トロフィ」受賞者のキリアン・ムバッペ(エムバペ)と並んで、最高の笑顔を見せていた。

Embed from Getty Images
※ゲッティのキャプションが間違っている。 Ada Hegerbergはスウェーデンではなくノルウェーの人だ。

だが彼女は、フットボーラーとしてのこの最高の日の最高の舞台で、公然とセクハラを受けた。「黄金のサッカーボール」をかたどったトロフィーを彼女に贈呈したフランスの著名人(DJでシンガーソングライターだそうだが)が、壇上で彼女に「トゥワーキングのやり方はご存知ですか」と、へらへら笑いながら言い放った(「トゥワーク」「トゥワーキング」というのは、わかりやすく言えば「尻振りダンス」。女が男に向かって尻を突き出し、くねらせるという動作を行なう)。

瞬間、アーダ・ヘーゲルベルグは凍りついたような笑みを浮かべ、一言「ノン」と答えてその場を離れた。

右から左へ受け流した。

彼女は授賞式の前、「サッカーという男社会と女性プレイヤー」についてインタビューで語っていた。下記ガーディアンの映像は全部で1分程度だが、後半はそのインタビューの映像だ(彼女は英語で語っている)。

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2018年11月27日

ジャッキー・チェンとピアース・ブロスナンの「北アイルランド紛争もの」映画の劇場公開決定とのことで、本棚の本を紹介したときのログをまとめてアップする

2019年GWの公開が決まった映画について、「北アイルランド紛争(北アイルランド問題)について知ってないと難しいかも……」という感想がちょこちょこあるようだが、うちの本棚の中身の一部のリストは、少しはお役に立てるだろうか(→本エントリについて、「前置きは不要」という方向けのショートカット)。

nibooksall.jpg


話は少しさかのぼる。もう1年ほど前のことだが、ある新作映画をめぐり、私が観測するネット上の英語圏で一斉にお茶ふき大会となったことがある。当時の報道のヘッドラインを並べてみよう。

The film where Pierce Brosnan plays a Gerry Adams type figure is coming to Netflix - here's what the critics made of it
https://www.dailyedge.ie/pierce-brosnan-gerry-adams-netflix-3712273-Nov2017/

Pierce Brosnan as Gerry Adams: the movie you need to see now
https://www.irishtimes.com/culture/film/pierce-brosnan-as-gerry-adams-the-movie-you-need-to-see-now-1.3327490

(・_・)

(この時点で「人名わかんないよ」って方は、まずはこっちからどうぞ

この映画のポスターやトレイラーが公表されたのはさらにその数ヶ月前、2017年夏のことで、そのときにも私が観測するネット上の英語圏では一斉お茶ふき大会が起きていた。



Pierce Brosnan as an ex-IRA government official in The Foreigner film poster looks even more like Gerry Adams than Gerry Adams
https://www.independent.ie/entertainment/movies/movie-news/pierce-brosnan-as-an-exira-government-official-in-the-foreigner-film-poster-looks-even-more-like-gerry-adams-than-gerry-adams-35857696.html

その時代(2017年)を生きていないと、単に「役者ってすごいな」という話になってしまうかもしれないが、2017年夏といえば、3月にマーティン・マクギネスがこの世を去り、11月にジェリー・アダムズが党首の座を退くまでの間に位置しており、何というか、手を血で染めまくった世代のIRA/シン・フェイン指導部が退いて(「IRA/シン・フェイン」という表記には問題があるが、ここでは便宜的に使用する)、同年年頭にマクギネスが退いたあとシン・フェインの北アイルランドのリーダーを引き継いだミシェル・オニールのような「紛争を知らない子供たち」の世代、手に血がついていない世代が、「アイルランド全島規模の政党であるシン・フェイン」を率いてアイルランド政治に深くかかわっていこうとするようになるまでの間の時期だ。

2017年夏には、ジェリー・アダムズの声を日常のニュースで聞かなくなる日々なんて、想像できなかった。同年11月の党首引退から1年経過した現在、それは何の違和感もない日常の一部になっている。むしろ、たま〜にアイルランドの議会関連のニュースなどで久しぶりに声を聞くと、ぎくっとなってしまう。時間が経過するということは、そういうことだ。接点がなくなって、日常の中では忘れていても、きっかけさえあれば、リアルタイムの流れとは別に自分の中に流れている「記憶の流れ」が、再度表面に出てくる。あの声を聞くと、グッドフライデー合意 (GFA) 後にIRAの武装解除をめぐってもめていた2000年のニュース(私がロンドンにいて直接TVで見ていたニュース)を思い出す。そのころはまだ、Real IRAがロンドンで活動していたし(彼らの最後の実行された爆弾攻撃は2001年8月のイーリングのパブ爆破だった)、Real IRAはIRA(Provisional IRA)とは別の団体ではあるが、GFAからまだ2年で、「北アイルランド紛争は本当に終わったのか」という疑念が支配的だった。その不安。

ともあれ、「アダムズの声をニュースで聞かない日常」について想像しようとしても想像できないという段階にあった2017年夏、ジェリー・アダムズという人物が既に「歴史化」されていく過程にあるということを見せ付けたのが、この「有名な映画スターが、アダムズの容姿をコピーしている」という現実だった。

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2018年11月07日

戦没軍人追悼の赤いポピーの季節に絡み合う、Brexitとアイルランドと「英国の二枚舌」

「本決まりになる前」という予想していなかったタイミングで動きがあったので、何か(何が)あったのだろうとウォッチしていたら、伝統芸「二枚舌」が出てきた――本エントリをまとめるとこんな感じか。そこに戦没軍人追悼の赤いポピーなども絡んでくる。まるで一篇の物語のようだ。

英国のEU離脱 (Brexit) をどのようにやるかについての交渉で「最後の5%」が決まらないということは日本語でも報じられているが(リンク先参照。「5%」について「定量的になんちゃらかんちゃら」と言いたい人は、私にではなくリンク先の記事元であるNHKにどうぞ)、動きがあったのはその「5%」の部分だ。つまりthe Irish borderがかかわる部分。

「アイルランドのボーダー」については先日、ざっくりと書いてある(が、「ざっくり」なので、厳密な正確性についてはあまり期待しないでいただきたい。正確なことは各自本を読むなりしてご確認のほど)。それがBrexitの交渉のボトルネックとなっているということは、「関税同盟と英国」で説明したがる日本語圏ではあまり知られていないかもしれないが、英語圏(というかUK語圏)では常識だ。この数ヶ月ずっと、どのメディアを見てもthe Irish borderが焦点となっている。(私はBrexitが決まったすぐ後に「アイルランドどうなるの」と気になりだしたクチだから私の感覚では当てにならないと思われるかもしれないが、その場合、実際に英メディアの記事を見ていただければ、それが事実だという確認が取れるはずだ。)

「アイルランドのボーダー」に関する話し合いは、Brexitに関するほかの分野・項目の話し合いとは異なり、英国とEUだけで行なわれるわけではない。そもそもアイルランド島に「ボーダー」が存在している原因である北アイルランドの代表者(といっても、今は民主的な手続きで成立しているはずの北アイルランド自治議会が機能を停止しているので、法的には非常に曖昧な立場の「代表者」だ)も、アイルランドの代表者も加わる。そのシステムのベースにあるのが1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意、以下その略称を使って「GFA」と表記する)である。

GFAは「北アイルランド紛争を終わらせた」と武力・軍事面で語られることがほとんどだが、実はそれと同様に重要なのは、北アイルランドの問題を北アイルランドだけの問題とすることをやめた(がっさり言うと成立時には北アイルランドは「自治領」で、独自のパーラメントを持っていた。それについても以前書いているが、北アイルランドというのはそういう存在なのだ。じゃあ独立すればと思わずにはいられないのだが、北部6州を他の26州から切り離した人々は「独立国家」になることには興味はなく「英国の一部」であることを求めた――でもロンドンの支配は受けないという)だけでなく、英国政府とアイルランド政府が協議するという手続きを確立したという点だ。つまり、北アイルランドは当面(つまり、帰属について住民の意思を問うレファレンダムが行なわれるまで)「英領」ではあるが、英国の一存で動かせることばかりではない、ということになった。

だからBrexitという「英国とEUの問題」に、必然的に「北アイルランドの問題」もついてきて、それに関してアイルランドが当事者として関わっているのである。

さらに言えば、アイルランドは憲法を普通に明文化していて、だから1998年のGFAのときに「島全体でひとつの国」とする条項、すなわち北アイルランドの領有権を主張する条項を消すということができたのだが、一方で、英国は明文化された憲法を持たない。北アイルランドの帰属の問題は英語ではconstitutional problemと言うが、そのconstitutionが、英国の場合、どこにあるどういうものなのかがよくわからないと言ってもよいような存在で、つまり交渉のときに「だってほら、ここにこう書いてあるじゃないですか」と詰め寄る、的なことができない。

そういう中で、「残り5%」は、いつまでたっても「残り5%」のまま固まっていて動かないのだが、とにもかくにも何とかしなければならないので、北アイルランドの国技である「エクストリーム交渉」が、北アイルランド、アイルランド、英国、EUを巻き込んで続いている、というのが現在の状況である。

しかしそれがようやく動くか、という報道があったのが、アイルランドのお祭り、ハロウィーンが過ぎたあとのことだった。


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2018年11月05日

米中間選挙直前、仕事の雑な詐欺師が跋扈し、ネットでは「デマ」がばら撒かれている。

11月6日の米国の中間選挙の投票を前に、ヘイト・クライムが立て続けに発生したのと同時に、ネット上の英語圏は「デタラメ」が横行し、その「デタラメ」を暴くとか潰すとかいったことが次々と行なわれて、かなりにぎやかだった(その時期、日本語圏は「渋谷のハロウィーン」とか「英雄扱い」とか「フェミがぁぁぁ」とか「移民がぁぁぁ」で盛り上がってただけかもしれないが)。

中でも「すごいな……」と唖然としたのがこれ。

MeToo便乗デマ: トランプ支持者がでっち上げた「特別検察官の疑惑」が、あまりにも雑すぎて唖然。
https://matome.naver.jp/odai/2154101196908466101

「元モサド職員が設立した調査会社」を名乗る会社(?)が、ドナルド・トランプのロシアとの関係の真相を明らかにしようとしているロバート・ムラー特別検察官(「ムラー」は日本語圏では「モラー」「マラー」などとも表記される)にセクハラ疑惑が! と言い出し、極右陰謀論者や極右の情報サイト(ヲチャは知ってると思うけど、例の「パンディット」のところね)がそれに乗っかって、ネット上でやんややんやと騒ぎ始めたが、そっこうでその「元モサド職員が設立した調査会社」に実態がないことが暴かれた、という顛末。「笑い話」としてまとめておいた。

「実態がない」ってほんとに実態がない。携帯電話のワン切りやスパムメールで行なわれる「あなたのアダルト番組の使用料金が未納になってますよ」詐欺で使われる「○○省何とかかんとか部」みたいな架空のお役所と同じくらい、実態がない。何しろ、本当にネット上にしか存在しない。サイトで「調査会社の職員」として並んでいる人々の写真は、ネット上から拾い集めたものだ。それも写真の見栄えがよい人を選んでいるのか、モデルとか俳優とかが入っている。Google画像検索ではひっかからなかったらしいが、Yandexを使えば一発でバレる嘘だったようで、間抜けすぎて実話とは思えない。昔よくあった「3バカの珍騒動」の映画みたいだ(身内で「博士」とか呼ばれて「あったまいーな、お前!」と褒められる奴がやってそう)。

「笑い話」ではあるのだが、「アミナ」こと「ダマスカスのゲイ・ガール」や、ブラジルの非実在「イケメン戦場カメラマン」や、議員をひっかけるためにネット上の美女の写真を使って「ネカマ」戦術を用いた記者のことなどを思うと、笑えない。

でもやっぱり、雑すぎて笑える。

そして、CNNなどに対し「フェイクニュース!」と叫んでいる側の連中がこういうことをやっているという事実には、やはり、笑えない。




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2018年11月01日

ハロウィーンの日、本場アイルランドについて、今熱い「ボーダー(境界線)」について、改めてまとめてみる

ハロウィーンの日、本場、デリー(アイルランド)/ロンドンデリー(北アイルランド・英国)の毎年恒例のパレードは今年もネットで中継されるようだ。本場のパレードがどういうものか、見たい人は、チェックしておいていただきたい。ごく最近になってハロウィーンというものが入ってきた日本では「仮装してバカ騒ぎができる日」という変な受容がされているが、元々は死者が帰ってくるというケルト(キリスト教以前)の「お盆」のような日だ。仮装するのは、そのときに一緒にやってくる悪霊をびっくりさせて追っ払うためだそうだ。

今年、2018年は1993年から25年(四半世紀)の節目の年だが、1993年の10月といえば、北アイルランド紛争で最も血なまぐさく陰惨な「暴力の連鎖」が起きている。あとから見ればそれが「最終盤」だったのだが、当時、暴力の真っ只中にいた人たちは、それが「最終盤」だとは思っていなかっただろう。

その1993年の「暴力の連鎖」については、5年前(20周年のとき)にまとめてある。

20年前の1993年10月、シャンキル・ロードからグレイスティールへ、暴力は連鎖した。
https://matome.naver.jp/odai/2138320196046648301

そして25年経過した2018年、北アイルランド紛争とは直接関係のないことで、また、北アイルランドが前景化している。いや、正確には「北アイルランドが」ではなく「アイルランド島にあるあのボーダー(境界線)が」と言うべきだろう。

その「ボーダー(境界線)」は、日本語では「国境」と呼び習わされているが、あれを「国の境」と呼ぶことができるかどうかはとてもデリケートな問題で、私個人は「国境」とは呼びたくない。その理由は、しばらく前(「パレスチナ国」が、名目だけであるかもしれないが、できる前)のイスラエルとパレスチナの間のボーダーを「国境」と呼ぶことはできないことの理由(パレスチナが「国」ではないから)とは、似ているようで違う。アイルランドはさほど大きくない1つの島であり、1つの島が1つの国であるのが当然だという考えに、私が寄っているからだ。

その「1つの島が1つの国」の考え方をするのが、20世紀以降のアイリッシュ・ナショナリズムである。彼らは「アイルランドの統一」、つまり「統一アイルランドの実現」を望んでいる。IRA(を含むリパブリカン)の政治的暴力の大義はそれであった(彼らが求めていたのは「北アイルランドの独立」ではない、ということは、何度も書いているとおりである)。

周知の通り、アイルランドは、1921年のアングロ・アイリッシュ条約で「南」の26州と「北」の6州に分断された。両者の間に引かれたのが、2018年の今問題になっている「ボーダー(境界線)」だ。

アイルランドは古くから、アルスター、マンスター、レンスター、コノハトの4つの地域に分かれていたが、1921年に確定された現在の「ボーダー」はそれに従っているわけではない。アルスターのうち、一番北にあるドニゴールと、南に近いキャヴァン、モナハンの3州は切り離され、「南」の一部ということにされた。その理由は、「北」はプロテスタントが数的優位に立っていなければならなかったことにある。「プロテスタントの住民たちが望んで、カトリックのアイルランドではなくプロテスタントの英国の一部として留まることになった」という形式が、絶対に揺らいではならなかったのだ。

「アイルランド問題」は20世紀のものだが、その実、本質的には19世紀の植民地主義の積み残しだ。そして英国は「好き勝手に境界線を引くこと」について、間違ったことだとか問題だとかいった見方は全然していなかった。彼らの思う「合理的」な境界線を、現地を無視して引くことに、何も問題は感じていなかった(最もわかりやすい例としては中東を見よ)。「アルスター」の歴史は英国の恣意的な境界線によって一貫性を断ち切られ、「北」の6州と「南」の3州に分けられて、さらに「アイルランド」全体が「北」の6州と「南」の26州に分けられた。そして「南」は、「アイルランド自由国 the Irish Free State」となり、「アイルランド共和国 the Republic of Ireland」となった。

そのままだったら、「アイルランド共和国」は「南の26州から成る国家」で確定されていただろう。しかし現実にはそうはならなかった。アイルランド(南)には常に、「1つの島で1つの国家」という理念があった。ざっくり説明すれば、26州から成る「アイルランド共和国」は仮のもので、いつかは「アイルランド国」として32州から成る国家になるのだ――という理念だ。アイルランドの憲法(アイルランド共和国の憲法、と言うと不正確になるのだが、実質的にはアイルランド共和国の憲法と考えておいてよい)は、そのために、「アイルランドは36州から成る」ということを明文化していた。「1つの島が1つの国」という形式を明文化していたのでる。

一方の英国は、明文化された憲法というものを持たない、とてもややこしい存在である。

1990年代、「北アイルランド紛争」が武装勢力の武装活動停止という大きなモメンタムを得て交渉交渉また交渉の日々の末に「和平合意」という形で終わったとき、当事者は北アイルランドの各武装勢力と各政党と、英国政府と、アイルランド(アイルランド共和国)政府で、それぞれが譲歩した。

北アイルランドの武装勢力は活動停止と武装解除という譲歩を行なった(武装解除すべき勢力が武装解除し終わったのは11年後だったが)。政党は武装勢力の代弁者である政党にも政治の場を与えることに同意した(この同意をしなかった政党がDUPである)。

英国政府は「北アイルランドは絶対に何があろうともずっと英国の一部」という立場をさらに少し緩め、「そのうちにそういう風向きになったら、実際にアイルランド島に住んでる人たちで投票をして、帰属を決めていい」というスタンスを明示的に取るようになった(英国が譲った部分がとても小さいということに留意)。

そしてアイルランド(アイルランド共和国)は、憲法から「アイルランドは36州から成る」という条文を削除した(憲法修正。レファレンダムで支持を得て決定された)。

これが1998年の和平合意、すなわち「ベルファスト合意」もしくは「グッドフライデー合意」である(英語圏の報道などでは「グッドフライデー合意」の呼称が一般的で、略称はGFAである)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Good_Friday_Agreement

そしてこの合意の結果、「北アイルランド」は将来的にはどうなるのか、結論できていない、ということになった。

The agreement acknowledged:

- that the majority of the people of Northern Ireland wished to remain a part of the United Kingdom;
- that a substantial section of the people of Northern Ireland, and the majority of the people of the island of Ireland, wished to bring about a united Ireland.

Both of these views were acknowledged as being legitimate. For the first time, the Irish government accepted in a binding international agreement that Northern Ireland was part of the United Kingdom. The Irish Constitution was also amended to implicitly recognise Northern Ireland as part of the United Kingdom's sovereign territory, conditional upon the consent for a united Ireland from majorities of the people in both jurisdictions on the island. On the other hand, the language of the agreement reflects a switch in the United Kingdom's statutory emphasis from one for the union to one for a united Ireland. The agreement thus left the issue of future sovereignty over Northern Ireland open-ended.

https://en.wikipedia.org/wiki/Good_Friday_Agreement#Status_of_Northern_Ireland


この点の理解が、日本語圏では十分でないようで、「あー、あのー、ちょっとそれは……」という記述に遭遇することは、珍しくない。

以下、書きかけ。

とりあえず、いい本あるから読んでちょー。見て楽しく、読んで勉強になるすばらしい1冊:

図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)
図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)



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2018年10月30日

72時間で3件……10月の終わり、中間選挙直前の米国でばらばらに起きた憎悪犯罪

先週後半のアメリカからのニュースはめまぐるしかった。72時間の間に3件のテロ/ヘイト・クライムが、それぞれ別々に、立て続けに起きた。3件のいずれもが、ざっくり言えば「右」の側からの政治的暴力で、「同時多発」という用語は用いられていないが同時多発の状態。たぶんどれかが別のどれかを触発したとかいう関係にさえないのだろうが、ひとつのムードを共有している。

大きく取り上げられているのは3件のうち2件だ。残る1件は、タイミングのせいもあるだろうが、私も記事は1本しか見ていない(英国のメディアをチェックしているからそうなのであり、米国の報道を見てればここまで少ないということはないかもしれない)。ケンタッキー州の食料品店で51歳の白人の男が銃を乱射し、60代のアフリカ系アメリカ人男性2人が殺されたという事件で、警察が「人種が動機となった可能性がある」と見ている、という報道だった。BBC記事のタイムスタンプは27日(土)で、私がメモっているのが28日(日)夜、それっきりこの事件についての報道は目にしていない。容疑者の名前などで検索すれば続報があるだろうが、ほかの2件が大きすぎてそこまで手が回らない状態である。

「ほかの2件」のうち1件は、先週米東海岸と西海岸で相次いで爆発物(パイプボム)が送りつけられた件での容疑者の逮捕・起訴である。ボムが送りつけられたのは、昨今の「陰謀論」では主役を張っているジョージ・ソロス、「陰謀論」の世界では人を殺しまくっているということになっているクリントン夫妻、「陰謀論」の世界では「アメリカ生まれではない隠れムスリム」だったりするオバマ前大統領をはじめとする民主党の要人たちと、映画賞という場でめっちゃストレートなトランプ批判を繰り広げたロバート・デニーロが経営するレストラン、そしてCNN。最初にソロスのところの件が報じられたときには「ユナ・ボマー」とかを連想して長期化するかもと思っていたのだが、1週間もせずに容疑者は特定され逮捕された。爆発物にはイスイス団の旗をデザインしたステッカーに見えるものが貼り付けられるなど小細工がなされていたが、そんなことより指紋か何かが残っていたようで、それが手がかりになったらしい。そして逮捕された容疑者は、筋骨隆々たる50代の元ストリッパーで、数年前に破産して母親と同居しているという人物。所有する白いヴァンの窓に、ネットでしか見ないようなおどろおどろしい「トランプ支持」の図像を印刷したものをべったりと貼っていて、近所の人がいやがっている。SNS使用歴があり、アカウント閉鎖前にサルベージに成功したジャーナリストが分析したところ、ある特定の日を境に、「酒と料理と美女が好きなお気楽マッチョマン」的な投稿ばかりの状態から、急に「イスイス団をぶっ潰せ」みたいな投稿ばかりの状態に変わっているという。その変化に影響していると思われるのは……おっと、ここまでだ。

続きは下記にて。同じことをあちこちに書くのはいやなので。

中間選挙前、米国で連続テロ(爆発物送付、シナゴーグ銃撃など)。トランプは「メディアが悪い!」
https://matome.naver.jp/odai/2154083007447928801

先週立て続けに起きた3件目のテロ/ヘイト・クライムは、1つ前のエントリで書いたGabの件を引き起こした、土曜日のピッツバーグのシナゴーグ銃撃テロである。これは、日本ではどうも「過激な個人のやったこと」扱いがされているようだが(ディラン・ルーフの黒人教会襲撃のような)、より大きな《物語》の中にあることは疑いようがない。つまり「反ユダヤ主義」という《物語》だ。容疑者は「1488」という記号を、SNSの自分のページに掲げるような人物である。

ボム送付、シナゴーグ銃撃、どちらについても、トランプ本人とその政権の反応は、「陰謀論」臭がすさまじい。そしてそれが今のnormである。

その件も、上記の「まとめ」にて。


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「オルタナティヴなTwitter」として知られるGabが居場所を失った件

10月27日(土)、米ペンシルヴァニア州ピッツバーグで、安息日のシナゴーグが攻撃されるという卑劣なテロがあった。トランプ政権はこのテロについて「頭のおかしな個人がやったこと」的な誘導(ざっくり言えば)を行なっているし、今もケリーアン・「オルタナティヴなファクト」・コンウェイが「反宗教」という枠組で片付けようとしているというフィードを見たばかりだが、銃撃を行なった人物は「反ユダヤ主義」に染まり、「陰謀論」を信じ込んで、政治的な目的を持ったテロリストとして指弾すべき人物だ(順番が前後するがこの事件そのものについて詳細はこのあとで書く)。MSNBCのベン・コリンズ記者が掲示している、容疑者が投稿したミーム画像を見れば、どういう方向の「陰謀論」に染まっていたかがわかるだろう。

gaboffline4.png

11人を撃ち殺したこのテロ容疑者が公然と発言するのに使っていたSNSが、GabというSNSである。「オルタナティヴなTwitter」という位置づけのこのSNSは、2016年夏にベータ版がスタートし、2017年5月に本格サービスを開始した。「オルタナティヴなTwitter」というのは、Twitterが(不十分でかなりでたらめな面もあるとはいえ)発言の内容によってはユーザーの活動・サービスの利用を制限・停止することもあるという一方で、Gabは「言いたいことは何でも言える」状態にあるということだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Gab_(social_network)

Gabを設立したアンドルー(アンドリュー)・トーバは、「オルタナティヴ」とか「言論の自由」といった概念を、まったくの中立の観点から使っている人物ではない。「世間は左傾した大企業が牛耳っている」的な世界観の持ち主である。その「言論の自由」は(「政府による検閲が行なわれないこと」などではなく)、はっきり言えば、「陰謀論を主張する自由」であり「人種差別をする自由」である。

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2018年10月28日

「本物は言うことが違うよね」って、「本物」が「戦場が流動的」とか「最強のなんとか」とか言うか、タコ。(ある「デマ」の記録)

安田純平さん解放・帰国のニュースがあって、「ああ、よかった」と胸をなでおろしているときに、またぞろ、ネット上で拡散されているとてつもなく雑な「デマ」のことを知った。

その「デマ」をぱっと見て、「出典を確認するような検証ならネットロアさんが腕をふるってくれそうだが、これはid:hagexさんがこんなふうにつっこみながらまとめてくれるんじゃないかな」と思って、1秒もしないうちにああそうだ、あの人もういないんだ、あの人、私たちから奪われたんだということに思い至った。殺害されるっていうのはこういうことなんだよね。理不尽な暴力が原因で、あの人が新たにものを書くことは二度とないし、あの人が「ネット上のデマ」を見て分析し、ツッコミを入れることも二度とない。

その「デマ」は、安田さんの解放というタイミングで広めている連中には明らかに政治的な思惑があると思われ、つまり英語のrumourを含め「不確か・不正確な情報」を何でもかんでも「デマ」と呼ぶ日常の日本語のおかしな用語法による「デマ」ではなく、定義どおりの「デマ(デマゴギー)」だ。(関係ないけど、かっこつけて「デマ」を「デマ」という省略形を使わずに言おうとして「デマゴーグ」と言ってる人に案外よく遭遇する。著書のあるような人でも混同しているようだが、「デマゴギー」と「デマゴーグ」は、「プロパガンダ」と「プロパガンディスト」くらい、「ギター」と「ギタリスト」くらい、「キャベツ」と「キャベツ農家」くらい意味が違うので注意されたい。)

この「デマ」は、わりと早い段階で「デマである(根拠がない)」と指摘され、報道機関でもその旨報道されているが(HuffPo, 共同通信東スポなど)、2万数千回もリツイートされているそうだし、ネット上にウヨウヨしている「話題になったことをまとめるサイト」や個人ブログ、個人のFacebookなどの投稿を含めれば、「デマ」を「デマ」と指摘する報道が追いつかないくらいに広まっているだろうし、それに、それこそid:hagexさんがずっと問題視していたような、「これはデマかもしれないけど、でも、言ってることは結局は正論/いい話だからいいじゃん?」的なヌルい受容のされ方もしているだろう。そういう場合、「発言主とされている人がこんな発言はしていないにしても、言ってることは妥当」などとして、根拠のない発言が一人歩きする可能性も低くない。つまり私は頭痛がして頭が痛い。特に「反日」「国に迷惑をかけるな」とカキコしたくてウズウズしている人々(いわゆる「ネトウヨ」)の間では、これが「戦場取材の鉄則」として既成事実化されるに違いない。私はやたらと「この道はいつか来た道」と言ってみせるというパターンには鼻白む思いをしている系だが、それでもこれは明確に「この道はいつか来た道」だ(あの四字熟語の大合唱が起きたのは14年半前のことだから、知らない人、忘れている人もいるかもしれないが)。実際、東スポの記事でスマイリーキクチさんが「渡部さんご本人も否定しているし、フェイクニュースだと伝えられているのに、今もこのデマを事実と捉えて拡散している人達がいる。感情に流されて自身の非を受容しない。デマを見抜けない人より、デマを認めない人が危険なんだ」と述べていることが紹介されている。

その「デマ」は「○○氏が語った戦場取材の掟」というものだ。実在するフォトジャーナリスト(ユニークな話し方と温厚な人柄が受け、一時テレビにひっぱりだこで、しかも一般的にかなり好かれていた)の名を挙げたうえで、全8か条が箇条書きにされているのだが、そのいずれもが雑としか言いようがない。「何ですか、これは」と反応するよりないというか、「戦場が流動的なところには行かない」というのは、ええと、そこは岸田今日子が住んでる砂丘か何かなんですか。「国外の難民キャンプとかを中心に取材する」の「とか」って何ですか。あたしの素の文じゃあるまいし。だれか文章校正しろよ。

だから、これはおそらく「ネタ」なのだろうと思うし、そうである場合「ネタにマジレス」の状態になると思うが、それでも、こんなん、ほっといちゃいかんのだろうなと思うし、同時にとてつもなく頭に来るじゃん。

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2018年10月23日

「反・西洋」という密かな熱狂が、邪悪な殺人を正当化するために利用されているかもしれない。

いわゆる「欧米」圏の外での出来事について、「欧米」が批判するなり非難するなりする場合、「欧米が欧米の価値観を押し付けようとして騒いでいるだけだ」ということにしてしまえば、静かであってほしい界隈は静かになる、というのがある。(ここで私が曖昧にぼやーっと書いている理由は察していただきたい。)

私が鮮明に記憶している例は、ずーっと前、10年以上前ではないかと思うが、中央アジアやイエメンでの若年女子と、中年・老年男性の強制結婚という「習慣」について、「人権上の問題であると言う者は、『普遍的人権』という『欧米』の価値観を押し付けようとしているだけだ」という反発があったこと。あと、インドの「ブライド・バーニング」についても、パキスタンの「名誉殺人」についても、スーダンやコンゴでの「性奴隷」についても、そのような「これはこの土地の習慣だ」論を見たことがある。(それらはたまたま被害者と位置づけられる側が女性で、フェミニズム方面での指摘が盛んだったのだが、被害者は女性とは限らない。例えば性暴力は男性にも向けられている。)

実際、イスイス団が特にヤジディの女性たちにめちゃくちゃひどいことをしまくりながら世界的規模で蛮行を先導/煽動したことで、全世界が「暴力反対」みたいなムードに傾いていなかったら、たぶん今でもこのような人権侵害について「この土地のやり方」云々が主張され、それが受け入れられていたのではないかと思う。その意味でも、今年のノーベル平和賞で性暴力に対する活動をしてきたヤジディの活動家、ナディア・ムラドさんと、とコンゴ(DRC)の医師、ドニ・ムクウェゲさんが受賞者となったことには大きな意義があると思うが、それですら、「ノーベル賞なんて欧米の云々」という発言を生じさせるだけの界隈もあるだろう。

そもそもその「欧米」とは厳密に何なのか、ということはひとまず措いておこう。通例、日本語で「欧米」といえば英語のthe Westのことなので、そう考えておく。

そのthe Westに対する反感、というかthe Westを敵視する主義主張のことを、Occidentalism(オクシデンタリズム)という。下記引用の (i) の意味。

Occidentalism refers to and identifies representations of the Western world (the Occident) in two ways:
(i) as dehumanizing stereotypes of the Western world ...
(ii) as ideological representations of the West ...

https://en.wikipedia.org/wiki/Occidentalism
※引用に際して読みやすくなるよう書式に手を加えた。


2006年と少し前の本だが、イアン・ブルマの本が新書になっている(アヴィシャイ・マルガリートとの共著)。

反西洋思想 (新潮新書)
反西洋思想 (新潮新書)


オクシデンタリズムは「欧米」の中に生じることもある。例えば、昨今の新自由主義社会での格差拡大などを身近に見て「西洋的な価値基準が絶対的に善というわけではない」と考えるところから、自分が属し、根ざしている社会そのものに疑問を抱くということがある。非常に大雑把にいえば、そういったベースの上では、「西洋でないもの」は「とりあえず無条件で受け入れるべきもの」となるし、「西洋的なもの」は「とりあえず否定すべきもの」となる。G7のような場についての報道で、日本の首相は(西洋の首相ではないということだけで)とりあえず無条件で肯定的な光のもとに置かれる、という状況は確実に存在する。たとえトランプとマブダチであることをアピールしまくっているような人物であっても、トランプが厳しく批判されている場面で「中立の人物」として解説される、といったことが実際にある(今年のG7サミットでのメルケルとトランプの写真についてるキャプションで見た。どのメディアで見たのかを忘れてしまったので、ソースが今探し出せないのだが……)。

マーティン・スコセッシの映画『沈黙』は、私が見た限り英語圏の一般メディアでは「よくわからないけど仏教を貶めてない?」という方向で不評だったのだが、それは「日本」という「非西洋」の残虐性がそのままむき出しに描かれていたためだったようだ。英語圏の人たちは、研究者やよほどのオタクでもない限り、日本にキリスト教徒迫害の史実があることなど知らないから、あの映画が「仏教批判」に見えるのだろう。そしてもちろん、「スコセッシの宗教臭い映画」を「見る価値なし」と一蹴する彼ら・彼女らは、あの映画が日本人作家である遠藤周作の小説をほとんどそのまんま映像化したものであることを知らない。

沈黙 -サイレンス-(字幕版)
沈黙 -サイレンス-(字幕版)

『沈黙』を「仏教批判映画」と位置づけた彼ら・彼女らの中にあるのは、「自分がよく知らないもの」に対する遠慮というか、ある意味での思慮深さと寛容だろう。そしてそういう思慮深さと寛容は、「僕は関係ないけど、あの人たちにも思想の自由・発言の権利はあると思うよ」「その発言の内容が変ならそれに対する批判が出てくるし、その発言はまともに受け取られることはないはずだ」といった形で、所謂「イスラム過激派」に場を与えたことは事実だ。少なくとも、(アメリカではどうか知らないが)イギリスではそうだった。

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2018年10月21日

10年以上前に書いた文と、トラックバックと、はてなダイアリーについて: 「検証可能」ではなくなるということ

『新潮45』の廃刊を受けて、高橋源一郎さんが書いた文章が、先日、はてなブックマークでおおいに話題になっていた。現時点(10月21日夜)でブクマ数1200件を超えている。

その文章は、どうか各自ご自身で読んで、感想があれば(私にぶつけずに)ご自身でアウトプットして消化していただきたいのだが、私自身は非常にひっかかるものを感じながら読んだし、一読して違和感以外の何ものでもないもの(なのに、別の何かに偽装されているもの)を喉元に詰まらされた感じがした。口に入れれば口の中の水分を全部持っていくカステラ的なおやつを、お茶も水もなく出されて、「どう、美味しいでしょう」という圧力を感じているという感覚だ。これは「志の高い若者が挫折し、ダークサイドに落ちた」という《物語》なのか? Facebookに就職したニック・クレッグのように? (クレッグのことはまた改めて書く)

中でも、最も大きな「?」が頭の上に浮かんだ箇所がここだ。

「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい」というのも類を見ない発想だ。他の雑誌でも「詳細を知らないが」と前置きして書いているのを見かけるので、あえて「知らない」ままで書くのがお好きな方のようだ。おそらく、その方がフレッシュな気持ちで書けるからだろう。とにかく、小川さんに「事実と違う」と指摘するのは意味がないのではあるまいか。だって「知らない」っていってるんだから。しかし、これ、いい作戦かもしれない。おれも、「詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細を知るつもりもない」と前置きして書くことにしようかな。それで文句をつけられたら、「おれの文章をきちんと読め! 知らないっていってるだろ」といえばいいわけだ。でも、それでは、「新潮45」を読むような善男善女の読者はびっくりしたと思う。ふつうは、ある程度、意味を知って書いているはず、と思いこんでいるからね。

--- 高橋源一郎、『「文藝評論家」小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた』
http://kangaeruhito.jp/articles/-/2641


ブコメに書いたんだけど、「『……性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい』というのも類を見ない発想だ」というところで「?」となった。その「類」、けっこうよく見るんですけど……っていう感じ。それもネット上の特殊なところで見るわけではなく、書店の書棚なんかで。

高橋さんのこの記述自体が、この記述において述べられている「詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細を知るつもりもない」的な開き直りの構造になっているから、意図的なことなのかもしれないなと思うけれども、ともあれ、問題はLGBTQなどの用語で表されている「性的アイデンティティの多様化」(というか「男か女かの二分法を超えたアイデンティティ」)について、「マルクス主義がぁぁぁ」「サヨクがぁぁぁ」と叫んで「伝統の解体」だの「社会の破壊」だのをもくろむ陰謀だと主張する向きは、かなり前から、けっこうそこらへんにごろごろしているということだ(私個人が直接観測できる範囲では、LGBTQについて「伝統の解体」だの「社会の破壊」だのという結論を自分の中で導き出し終わっている人が、「では、それはなぜなのか」という理由を求めていった先が「サヨクがぁぁ」言説だった、ということがある。そういう場合は左翼でない/右翼の/マルクス主義の影響を受けていないゲイライツ活動家の実例をひとつふたつ示せば話は終わると思うが)。

そういうトンデモな主張について、私は以前このブログで書いている。私のそのブログ記事の前段階にあったのは、荻上チキさんの「トラカレ」の記事で、今回、高橋さんの文章に対するはてブのコメント欄には、それが読めるURLを貼っておいた。

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2018年10月18日

「そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったから」――2018年の #ブッカー賞は、アンナ・バーンズがMilkmanで受賞

今年で50回目を迎えるブッカー賞は、史上初めて、北アイルランド出身の作家が受賞した。

ブッカー賞は、ざっくり言うと、英語圏で最も参考にされている文学賞。日本でいえば「芥川賞」みたいな存在だ。元々は英国圏(ブリテン諸島、つまり英国とアイルランドと、旧英連邦諸国)の作家・作品を対象としていたが、2014年からは英語全体に対象を広げ、昨年と一昨年は米国の作家が受賞しており、今年も最終候補(ショートリスト)の6点のなかでは、米国の作家の作品が有力視されていたようだ。

その下馬評を覆して受賞したのが「大穴」のアンナ・バーンズ。1962年生まれの彼女にとって、受賞作のMilkman(ミルクマン)は長編3作目だが、デビュー作のNo Bones(2001年)もオレンジ賞の最終候補に残るなど高く評価されている。バーンズは北アイルランドの首都ベルファストの北部にあるアードイン地区に生まれ育ち、1987年にロンドンに移り住み、現在はイースト・サセックスに暮らしているという。

アードイン地区といえば北アイルランド紛争で最も激しく暴力が吹き荒れた場所のひとつである。ユニオニスト独裁政権への抗議行動が続いていた1968年10月(今から50年前)、デリーでの暴力により事態が「紛争」の局面に入ったとき、バーンズは6歳だった。うちらの感覚でいえば小学校入学から25歳までずっと、いろいろと厳しいエリアで、「紛争」の激しい暴力が日常という中で過ごしたのだ。

今回の受賞作Milkmanは、北アイルランドの「どこ」と特定していない町で、「どういう名前のだれ」と特定されていない18歳女子が、一人称で、彼女の身に起きたことを語るという作品である。

2018年1月に出た本で、ハードカバーだけでなく既にペーパーバックも入手できるが、日本から買うなら電子書籍が手っ取り早いだろう。

Milkman (English Edition)
Milkman (English Edition) - Amazon Kindle

Milkman【電子書籍】[ Anna Burns ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
Milkman【電子書籍】[ Anna Burns ] - 楽天Kobo電子書籍ストア

受賞のニュースについて、また作家のインタビューやいろんな人の反応については、下記に(少しだけだが)記録した。

2018年のブッカー賞、同賞史上初めて北アイルランド出身作家の作品が選ばれる
https://matome.naver.jp/odai/2153976930796791501

作品は、審査委員長のクワメ・アントニー・アッピアが「読むのに骨が折れるが、苦心して読んだだけの見返りが十分にある」といったコメントをしているのだが、とにかく全体的に「読みづらい」という評判だ。中には「本を売りたい人には喜ばしいニュースではない」(ガーディアン)とかいう分析もあるし、Twitterを見てたら「本ってのは読まれなきゃ意味がないんだから、読みづらい本なんて存在価値なし」みたいな極論を延々と連投している人もいたのだが、実際にはかなり売れているとアイリッシュ・タイムズのマーティン・ドイルさんは報告している。

私も早速電子書籍を買って読んでいるのだが、確かにすいすい読める感じではない。最近、自分を甘やかしていて、非常にロジカルなパラグラフ・ライティングされた文や、報道機関の定型に乗っ取ったような読みやい文ばかり読んでいるので、こういう、読むときに一呼吸必要な濃密な文、息の長いパラグラフは、読むのに時間がかかる。それに、内容もやはり、読みやすいものではない。あちこちでひっかかる。

だが、そこかしこで言われているように「実験的で読みづらい」とは、特に感じない。これが「実験的」なら、ジェイムズ・ジョイスなどどうなってしまうのか。職業柄、難しい文章を読みなれているアッピアは「スノードン山に登るようなもの」という比喩を使っているが、それならジョイスはエベレストか。あるいは月世界旅行かもしれない。いや、逆に洞窟の中か。

Written with few paragraph breaks, eschewing character names for descriptions, Appiah admitted that Milkman could be seen as “challenging, but in the way a walk up Snowdon is challenging. It is definitely worth it because the view is terrific when you get to the top,” he said. “I spend my time reading articles in the Journal of Philosophy so by my standards this is not too hard. And it is enormously rewarding if you persist with it. Because of the flow of the language and the fact some of the language is unfamiliar, it is not a light read [but] I think it is going to last.”

https://www.theguardian.com/books/2018/oct/16/anna-burns-wins-man-booker-prize-for-incredibly-original-milkman


ジョイスはどうでもいいんだ。

Milkmanの立ち読みは、Amazonの「なか見検索」でも提供されているし、版元のFaber & Faberのサイトでも提供されている。

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2018年10月09日

Google+終了の件: 問題は「サービス終了」だけではなく「不都合な事実の隠蔽」

「Google+が閉鎖される」――9日早朝の時間帯、Twitterはその話題でもちきりだった。

それに気付いたのは、PCの画面を見ながらツボ押し棒で腕のマッサージをしていたときに、Twitter (UK) で「Google+」がTrendsに入っていたからだ。Twitterの画面を見ているだけでわかったのは、消費者(一般ユーザー)向けのGoogle+が閉鎖されること(企業向けのは残る)、そしてAlphabet社(なのかGoogle社なのか、厳密なところは判然としないが)がその決定を下す前にウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の報道があった、ということだった。

「Google+の閉鎖」については、時期はいつなのかといったことはTwitterの画面だけではわからなかったが、そもそも自分では使ってもいないサービスなので、閉鎖がいつになろうと関心はなかった。閉鎖されても、まあどうでもいいかな、という感じ。

しかし、「WSJの報道」については無関心ではいられなかった。報道内容は、Twitterでわかる範囲だけでも十分に深刻なものだった。いわく、Google+でユーザーが非公開としている登録情報(名前など)がさらされる(さらされうる)というバグが、今から何ヶ月も前に発覚したが、Google社/Alphabet社ではそれを公表しないことにしていた、という。そして実際、そのバグのことは公表されずにいた。

私が見ていた範囲では、Twitterで見られる「Google+」についての発言らしい発言(メディア記事の見出しのフィードを除いたもの)の半分くらいが、そのWSJの報道内容について「これはひどい」と位置づけるものだった。また「Google+なんて、誰が使ってたのwww」というまぜっかえしのような発言に対し、Google+は(マイナーで奇妙でいいかげんでどうでもよいサービスであるかもしれないが)登録ユーザー自身が自分でアカウントを持っていることを把握してもいないケースが多いという指摘もかなり多く見た。

それらを自分でメモるつもりでTwitterに(雑に)書いておいたら、かなり多くretweetされるなどしていたので、一覧性のためにも、ここでまとめておこうと思う。まとめるに際し、適宜補足もしていこう。

なお、日本語圏では『「Google+」の一般向け終了へ 個人情報関連バグ発見と「使われていない」で 』 (ITmedia News) という方向での見出しがつけられていることが多いようだが、事態は「バグ発見」なんかより全然悪い、というかもろにevilだ、ということだ。「使われていない」などということは、Googleにとっては重大なことかもしれないが、個人情報がさらされた可能性があるユーザーとしては、この際ほんとにどうでもいい。こういった企業のステートメントそのままの見出しを見ると、「あんたら、どっち側に立って、どっち側を見てるの?」と思わざるを得ない。

ちなみに英語圏では、Google to shut down Google+ after failing to disclose user data leak (The Guardian: 一般の新聞) とか、Google shuts down social network after data issue: Tech giant faces privacy crisis after deciding not to reveal problem at Google+ (FT: 経済新聞) とか、Google is shutting down Google+ for consumers following security lapse (The Verge: IT系オンラインメディア) とかいった感じだ。ほか、BBCやCNNなど大手の見出しもTwitterのnewsのタブでざっと見ているが、「使われてないサービスを閉鎖するのはまっとうなこと(企業として健全な経営判断)」という方向に誘導しうる情報が見出しに含まれている例は、英語では見なかった。というか、日本語での報道を見て、びっくりしたんだけどね。

Twitterより(時間が経過したあとの画面で、私が最初に見たときの画面とは違うが):
https://twitter.com/search?f=news&vertical=news&q=Google%2B&src=tyah

google-plus-shutdown-headlines.png
※キャプチャ画像は減色加工をしてあります。

以下、自分のツイートのまとめなど。


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2018年09月28日

注目され続ける極右活動家「トミー・ロビンソン」ことスティーヴン・レノンと、ネット上の支持者

tommyrobinsontt27sep.pngふとTwitterの画面を見たら、UKでTommy RobinsonがTrendsに入っている。「また何かやったのか」と見てみると、オールド・ベイリーに出廷したことがニュースになっている。そういえば確かおととい、「トミー・ロビンソンが出廷する日が迫り、大勢の支持者が詰め掛けることが予想されているので、その日は周辺のパブは臨時休業」というニュースを見かけた。おそらく商業の側の自主的な休業判断だろうが、経済的に実害と呼べるであろうものが出ているわけだ。ロンドンは大変に大きな都会なので同一視はできないが、ベルファストの「旗騒動」においては政治的示威行為で経済的に影響が出たという前例を、彼らイングランドの極右活動家たちも十分に踏まえてはいるだろう。その方向性で影響力をweaponiseするということにならなければよいが。

……などということを、しとしと降る雨でとても寒い東京(今日は17度で、明日は25度以上の予報)でぼんやりと考えつつ、Twitterの画面を見てみた。いつもと同じく、報道機関のアカウントからのフィードと、反極右・反レイシズムの調査団体Hope Not Hate (HNH) のフィードが並んでいる。

HNHの今日の最初のフィードは、活動名「トミー・ロビンソン」ことスティーヴン・レノン(スティーヴン・クリストファー・ヤクスレイ=レノンというのが本名)についてまとめられた記事だ。「ロビンソン」ことレノンの名前は、英国、特にイングランドで売れるようになってからもう10年ほどになるが、ここ数年は北米でも名前を定着させつつあるし、さらにここ数ヶ月はスティーヴ・バノンが欧州で極右の連携と連帯をさらにステップアップさせるために活動を活発化させる中で「ロビンソン」ことレノンが注目されている。「ロビンソン」ことレノンは、もはやイングランドの「ローカルな活動家」ではなく「グローバルな極右のシンボル」になりつつあるような印象を私も抱いている。

そういう展開に寄与した要因のひとつは、今年3月、Twitterがレノンを恒久的に出禁にしたことだろうし、さらに大きな要因は逮捕や起訴だ。2017年5月、彼は法廷内でカメラを使用したことにより「法廷侮辱罪」で有罪となった。その後、2018年5月には、判事により報道が規制されていた裁判(ロビンソンらが「ムスリムの連中がいたいけな子供たちを食い物にした」と糾弾している事件。なお、イングランドでは白人によっても同様の事件は引き起こされているが、彼らは加害者が白人の場合は「子供を守れ」的な言動はとっていない)について、法廷の建物の外でネットで実況中継を行い、「平安を乱した罪」で逮捕された。これが広く英語圏の極右の間で「トミー・ロビンソンを解放せよ」というハッシュタグ運動となって広まった

その経緯は、ウィキペディアでは次のように(ソースを細かく示しながら)記載されている。

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2018年09月26日

"dehumanize", "less than human" と「人間以下」: Twitter社のブログと翻訳ギャップ

「なぜそういう反応が?」――26日午後、「人間以下」というフレーズがTwitter上ので話題になっているのを見てみたら、私にはイマイチわからない光景が展開されていた。どうやらTwitter社が規約を改定する方針を示したようだが、日本語圏で起きていることは意味が取れない。ギャグというかボケているのかもしれないが、おもしろくないし笑えない(重複表現)。こういう場合、疑うべきは「文化の違い」で、このケースもまたそのようだった。私は生まれも育ちも日本で母語は日本語で日本のパスポートを持っているのであらゆる点で日本人だし日本の文化にどっぷりつかっているはずだが、ネット上の日本語圏とはいろいろと分かち合えていないのだから(例えば漫画には興味がないのでその話題はわからないし、90年代からネットを使っているが「テキストサイト」とかはほとんど知らない。ちなみに生魚が嫌いで寿司は食べられず、村上春樹も読んでいなくてジャパニメーションとかちょっとかんべんしてくださいっていう感じで、つまり西洋のインテリや日本通が「日本人」と聞いて思い浮かべる人物像ともかけ離れているので、挨拶後のスモールトークの段階での「気まずい沈黙」の経験は多い)。

そういう場合、私は私にわかる圏で、その言葉をめぐって何が起きているのかを把握すればよいだけだ。そのときのメモが私にしては多くのretweetsをいただいていたので、こちらにも投稿しておこうと思う。

そもそもその話題のフレーズ「人間以下」とは何なのか。いや、「以下」だとか「未満」だとかじゃなく(それ、この文脈ではかなりどうでもいいことです。揚げ足取り)、社会科学系としてはUntermenschを連想せざるを得ないじゃないっすか。Twitterがついにネオナチ(ヒトラーとナチズムの信奉者)を直接標的にしたのか?
Untermensch (... underman, sub-man, subhuman; plural: Untermenschen) is a term that became infamous when the Nazis used it to describe non-Aryan "inferior people" often referred to as "the masses from the East", that is Jews, Roma, and Slavs – mainly ethnic Poles, Serbs, and later also Russians. The term was also applied to most Blacks, and persons of color, with some particular exceptions, such as the Japanese. Jewish people were to be exterminated in the Holocaust, along with Romani people, and the physically and mentally disabled. ...These concepts were an important part of the Nazi racial policy.

Etymology
Although usually incorrectly considered to have been coined by the Nazis, the term "under man" was first used by American author and Klansman Lothrop Stoddard in the title of his 1922 book The Revolt Against Civilization: The Menace of the Under-man. It was later adopted by the Nazis from that book's German version Der Kulturumsturz: Die Drohung des Untermenschen (1925).


ナチスがその政策において用いたこの "Untermensch" という用語は、上述の通り、英語では "subhuman", "under-man" と表される。その英語の用語の意味を英語で解説すると、 "less than human" となる。今回「人間以下」(少し後に「人間未満」に改訳されたらしい)として日本語圏でぶんぶん飛び交っているのは、この "less than human" を直訳したフレーズであるようだ。

……と、話はここでは終わらない。どうやら今話題の "less than human" は、ナチスも採用した人種主義思想の用語という文脈にあるものではないらしい、ということに気付くまでには、ほんの2秒程度しかかからなかった。「人間以下」というフレーズだけでおちゃらけている(&自分たちがそもそもTwitterが何を言っているのかを理解していないということを把握せずに、何かを生産的な形で考察しているつもりになっている)日本語圏を一歩出てみたら、それは明白なことだった。

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2018年08月26日

教皇のアイルランド訪問とシリア難民: 2年前、全然英語ができなかった少女が、8万人の前で語るとき

フランシスコ教皇は難民に関して活発に動いてこられた方だ。2016年4月には、シリアをはじめ中近東から中央アジアにかけての地域から脱出してきた人々がトルコからヨーロッパに入る入り口となっていたギリシャのレスボス島を訪問し、難民として収容されていた人々と握手をし、肩に手をかけ、話に耳を傾ける(必要に応じてそれぞれの言語の通訳者を介して)という活動を行ない、帰りの飛行機にシリア難民12人を乗せていき、「ヨーロッパはもっと難民を受け入れるべきである」ということを、言葉ではなく行動で示していた。

このレスボス島訪問の少し前にキリスト教の東西の教会の対話が行われ、訪問は「東」の教会のトップと一緒に行われたということも、特筆に価するだろう。特に今回のアイルランド訪問で、プレスビテリアン、メソジストなどプロテスタントの教派のトップがダブリン城(「城」という名称だが、機能としては「会館」である)でのイベントへの招待を受けるという形で、教派の垣根が取り払われたことを見ると、フランシスコさんはのちのちまで語り継がれる存在になるだろうけど、その注目ポイントの一つは「宗派間の対話の促進」に置かれるだろうと思ったりもする。

閑話休題。ここで書いておきたいのは難民のことだ。

今回のアイルランド訪問に際し、空港に到着した教皇はサイモン・コヴニー外務大臣とそのご家族をはじめとするアイルランドの人々の出迎えを受けたあと、大統領官邸でのレセプションを受けた。

ちなみに大統領はあの見た目がかわいいマイケル・D・ヒギンズ大統領だが、この方もフランシスコ教皇と共通する部分の多い人道主義者である。下記のスライドショーはGetty Imagesでエンベッドできるようになっている写真から5点選んだが、お2人が並ぶとまるで映画に出てくる「善の長老たち」みたいだ。

Embed from Getty Images

ともあれ、アイルランドに外国の国家元首などが訪問するとこのように大統領官邸でレセプションがあり、そこではアイルランドの軍隊(といってもアイルランドは中立国だし、戦闘機など攻撃能力は持っていない。国連PKOで活躍している)を前に閲兵が行われるのだが、今回の教皇訪問ではその軍隊が陸軍ではなく海軍だった。上記スライドショーの2枚目から4枚目で確認できる通りである。

ここで海軍を持ってきたのは、「難民」が理由だという。アイリッシュ・タイムズの記事より:
He was greeted by the President Michael D Higgins and his wife Sabina in front of a guard of honour made up of members of the Irish naval service. They were chosen to reflect the importance of the naval service in the ongoing Mediterranean operation aimed at disrupting the activities of people smugglers and assisting migrants to prevent loss of life at sea.

https://www.irishtimes.com/news/social-affairs/religion-and-beliefs/papal-visit/syrian-family-of-asylum-seekers-meet-pope-francis-at-%C3%A1ras-an-uachtar%C3%A1in-1.3607785

つまり、アフリカ北岸から欧州を目指して地中海を渡ろうとする人々が海に飲まれて犠牲となることを防ぐための活動において海軍が重要な役割を果たすので、海軍が選ばれたというのだ。アイルランドの大統領は儀礼的な存在で政治には関与しないが、ヒギンズ大統領はこうすることで海軍を讃えると同時に、教皇と世界に対し、「やれることをやっていきましょう」というメッセージを送っているのだろう。

そして、大統領官邸でのレセプションではゲストが記念植樹をするのが慣わしなのだが(アイリッシュ・タイムズ記事によると、1853年から続いているのだとか)、その植樹のセレモニーにたずさわっていたのが、シリアから逃れてきたハッスーンさんたちの家族だった。

一家は男性2人、女性2人と幼い子供3人の7人。一番下の子は1歳だという。



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「新しくなったアイルランドへようこそ」(教皇のアイルランド訪問)

実に、約40年ぶりのことである。そしてその約40年ぶりの賓客を迎える側の政治トップ(首相)はゲイ男性であり、閣僚にはかつて修道女だった人と結婚し、彼女の最期を看取ったゲイ女性もいる。40年前、彼ら・彼女らはカムアウトすることもできなかっただろう(アイルランド独立前に制定された19世紀の英国の法律の下で、男性間の関係は違法だった。社会的に、女性同士のそれは存在しないものと扱われていた)。

この変化の大きさには、今まで何度息を呑んだかわからないが、今また息を呑む。人口460万人程度の小さな国は、何らかの権威による上意下達の指示によってではなく、投票を通じて示された人々の意思で、一気に変わったのだ。変化の道のりは決して平坦なものではなく、いろいろと、醜い言葉が叫ばれるなどもしたが、変化はもたらされたのだ。



前回、アイルランドの地をカトリック教会のトップ(教皇。日本のマスコミ様用語では「法王」)が訪問したのは1979年。北アイルランドでは「カトリック系住民」(マスコミ様用語)と「プロテスタント住民」(同)の対立が武力紛争として日常を覆うようになって久しく、「一にも二にも反カトリック」という思想を過激な言動に乗せて社会に拡散し続ける原理主義者(根本主義者、プロテスタント過激派)、イアン・ペイズリーが、欧州共同体(後のEU)に懐疑的な欧州議会議員として議場でわめきたてていたころだ。
Paisley opposed the European Economic Community (EEC), but stood for election to the European Parliament to give a platform to his views and those of his supporters. In June 1979, in the first election to the European Parliament, Paisley won one of the three Northern Ireland seats. He topped the poll, with 29.8% of the first preference votes. On 17 July, Paisley interrupted the opening proceedings of the European Parliament to protest that the Union Jack outside the building was flying upside down. Louise Weiss, who presided over the Parliament, dealt with the interruption swiftly and later said of it that she was used to dealing with "recalcitrant youngsters". On 18 July, Paisley tried to interrupt Jack Lynch−then Irish Prime Minister and President of the European Council−as he was making a speech in the Parliament. Paisley was shouted down by other MEPs.

https://en.wikipedia.org/wiki/Ian_Paisley#Election_to_European_Parliament


それから39年。

その間に北アイルランド紛争は終結し、イアン・ペイズリーは「カトリック」のマーティン・マクギネスと2トップで北アイルランド自治政府を率い、TVの子供番組でおなじみのコメディアン2人組にちなんで「チャックル・ブラザーズ」と呼ばれた。そして2019年の現在では、ペイズリーもマクギネスも既にこの世になく、つい先日はチャックル・ブラザーズの1人も他界した。今の大学生は紛争を記憶していないし、高校生は紛争が終わったあとに生まれている。

アイルランド共和国ではカトリック教会運営施設における子供や女性たちに対する身体的・精神的・性的虐待の実態(実相)が明るみに出て、それに関する包括的な調査が政府によって進められ、報告書としてまとめられ、首相の謝罪が行われるなどした(首相が国民に対して謝罪したのである)。さらに、ここ数年の間にアイルランド共和国は国民投票という形で婚姻の平等(同性結婚の合法化)を実現し、妊娠中絶を「非合法」から「条件付き合法」にした。カトリック教会の影響力が100パーセント消え去るということはないと思うが、かつてアイルランドで生活の隅々にまで及ぼされていたカトリック教会の影響力は、たいへんに弱まった。今のアイルランドで、映画『ローズの秘密の頁』のようなこと――若く美しい女が「お前は男の関心を引く。それは罪だ」と神父によって断罪され、彼女がプロテスタントの男と(プロテスタントの教会でひそかに)結婚したことは無視され、英軍に加わって戦争に行った夫は「カトリック系」の武装組織によってリンチされて殺され、彼女が夫との間になした子は神父によって取り上げられ、彼女は精神病院に隔離される、などということ――は、起こりえないことだと断言できるが、かつてはそんなようなことが実際に起きていたのだ(『ローズの秘密の頁』はフィクションではあるが、映画の原作となった小説は、作者が大叔父の忘れ去られた配偶者にどのようなことがありえたかを作家が思い描いて作品化したものである)。いや、もっとひどい。神父が力ずくで性の道具とした子供に向かって「お前は治療しなければならない」と言い、スティグマを与えるようなことが起きていた。そしてカトリック教会は見てみぬふりをしていた。

それが「とてもひどいこと」であると月曜日に公式の言葉にして認めた教皇が、土曜日にアイルランドの地を踏んだ。それを迎えるアイルランドの人々は、歓迎一色でもなければ抗議やボイコット一色でもない(関係ないが「ボイコット」はアイルランド由来の英語表現である)。歓迎する人々もいれば、抗議する人々もいる。

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posted by nofrills at 12:45 | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

当ブログに入れている広告を少し整理しました。

※以下はPC(パソコン)での場合について述べています。スマホで閲覧する際に表示される広告はseesaaブログが挿入しているものであって当方ではどうすることもできないので、ご寛恕ください。(この点について末尾に追記あり)


当ブログで表示させている広告に、よからぬものがあることがわかったので、遅きに失した感はありますが、Google AdSenseの管理画面で広告を少し整理しました。

Google AdSense (GAS) は自分のところのを自分でクリックしてしまうといろいろとややこしいことになりかねないので、自分では表示させないようにしています(広告ブロッカーで制御)。そのため、気付くのがとんでもなく遅くなっていると思います。もしご迷惑をおかけしてしまっていたら、ごめんなさい。

今回整理した広告には、「ドライバが古くなっています!」系のメッセージを引っさげてくる押し売り屋(例えばこういうのとかこういうのとか)、「あなたのパソコンにエラーが!」とか「ウイルスが!」と脅しつけてわけのわからないソフトウエア(有償)をダウンロードさせようとするもの(例えばこういうのとかこれとか)、便利ソフトを装ったブラウザハイジャッカー(例えばこんなのとか)の広告がありました。これらに気付かず放置していたことは痛恨の極みです。面目ない。

ほか、非表示にしたものには、直接GASで配信しているのではなくアドネットワーク経由だったためにすり抜けていたのではないかと思うのですが、出会い系サイトと占い(オカルトかも)のポータルのようなものの広告がありました。

その他、いわゆる「情報商材」と思われるものの広告(ああいうのを「投資」と呼ぶのは違和感あるんですが、いわゆる投資関連……ただし、暗号通貨関連のは暗号通貨関連だというだけでは非表示にはしていません)、「美少女ゲーム」の広告(banするかどうかという点で考えると躊躇がないわけではなかったんですが、ああいうエロティシズム満載の変な顔に風船みたいな胸を描かれ、そういう目線・そういう目的で消費されることが前提の絵がポルノグラフィーとしてフィルターされないのは、不快であるとかいうの以前に、やっぱおかしいと思うんっすよね。レンタルビデオ屋なら「18」ののれんの向こうでしょ、ああいうの)も、今回、個別に非表示に入れました。

化粧品やシャンプーなどは、基本、非表示にはしていませんが、ホメオパシーなど明確なニセ科学関連のは元から非表示設定しています。

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posted by nofrills at 08:32 | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

「書籍が無料」をうたうフィッシングサイトの言ってることが、「googleメンバーシップリワード」の当選詐欺のそれによく似ている

最近立て続けに2度、広告ブロッカーを入れていない環境で英語圏大手新聞社のサイトを閲覧中に、ページがGoogleと見せかける妙なサイトに切り替わってしまうという事象に遭遇した

切り替わった先のサイト(ウェブページ)はGoogleっぽいが一目で真正ではないとわかるロゴを掲げた上で「googleメンバーシップリワード」を標榜しており、内容は非常に古典的な、「あなたが特別に選ばれました」&「あと○秒で手続きしないと、当選の権利は別の人に移行します」という文言での詐欺である。

それについての詳細は、8月3日にInternet Watchに出ていたので、ご一読いただきたい。

突然「Googleをお使いのあなた! iPad Air 2の当選者に選ばれました」と表示された
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/column/dlis/1136222.html


※この記事では、「ウェブを閲覧していると、あるとき突然に新規タブが開き、『おめでとうございます! Googleをお使いのあなた! <製品名>の当選者に選ばれました。OKをクリックして景品をお受け取りください』と表示される」と述べられているが、私が遭遇した事例では、新規タブが開くのではなく、見ていたページが切り替わってしまう(それまで読んでいた記事が読めなくなってしまう)という、迷惑にもほどがある挙動だった。ちなみにGoogle Chrome使用。

この「当選詐欺」は、アドネットワークを介してユーザーの手元で表示されるようになっているようで、要は「変な広告が表示された」ということだから、単にブラウザorタブを閉じればよい(気持ち悪ければキャッシュを削除)。特に「マルウェア対策」などはしなくてもよい(パニクって、表示された文言をググるなどした人を標的に、Tech系のブログを装った「マルウェア感染」詐欺が展開されていたりするので、注意が必要。詳細後述。ツイートを連続して埋め込んである箇所を参照)。

この「googleメンバーシップリワード」は、Twitterでハッシュタグにもなっていたのだが、自分の手元で表示されることがなくなったので、それきりしばらく忘れていた。

そんなタイミングで見かけたのが、19日付毎日新聞の下記記事である。

フィッシング
大量の書籍「無料」うたうサイトに注意

毎日新聞2018年8月19日 13時00分(最終更新 8月19日 15時15分)
https://mainichi.jp/articles/20180818/k00/00e/040/313000c

これが、「googleメンバーシップリワード」によく似ている。

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posted by nofrills at 22:51 | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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