kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2017年08月14日

ロンドン、国会議事堂のビッグ・ベンの鐘の音が、来週月曜から2021年まで聞けなくなる。

ロンドン、テムズ河畔に立つ国会議事堂の時計塔についている時計、愛称「ビッグ・ベン」には鐘があり、毎日時を告げている。また、「毎日正午に奏でられるビッグベンの鐘のメロディは、四つの音で奏でられる日本の学校でお馴染みのチャイムのメロディの基となった」ことでも知られている。

英国会のYouTubeアカウントがアップしている映像で、その「チャイムのメロディ」も、時を告げる鐘の音も確認できる。


この鐘の音が、しばらく聞けなくなるということが、今日発表された。大掛かりな修理を行なうため、来週月曜日(21日)から、4年間(2021年まで)止まるそうだ。英国のことだから、「2021年まで」というのが「2022年まで」になり、「2023年まで」になるかもしれない。 (^^;)

詳細は以下にて。

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2017年08月13日

米シャーロッツヴィルでのネオナチのデモについて

ネオナチのすることは、基本的にちょっと書き留めるくらいでスルーするようにしているのだが、今回のこれはちょっとスルーできないような気がするのでブログに記録しておく。といっても、ブログの文を書こうとするとまた時間がかかってしまって結果的に塩漬けにしてしまうので、基本的にTwitterのログの貼り付け。

昨年の英国でのEUレファレンダム(6月)、米国での大統領選挙(11月)のあと、「反グローバリズムで移民排斥主義のアンチ・オーソリティーの勢力(極右勢力)が投票で勝つ」ということが、英米だけでなく欧州各国で起きるのではないかと予想され、英語圏メディアが「パニック報道」的なものを展開していたことをご記憶だろうか(英語圏メディアの日本版の一部でも見られたが)。米大統領選のあと、オーストリア大統領選挙(前回の結果が僅差だったため、再投票という判断が法的に下された)、オランダ総選挙、フランス大統領選挙……という具合に欧州各地で大きな選挙が行なわれ、そこで英国のUKIPや米国のトランプ支持者的な「アンチ・オーソリティの勢力」が、ある意味「ドミノ現象」的に勝利をおさめるのではないか、という予想がなされ、オーストリアの自由党(故ヨルグ・ハイダーの党、というと前回のパニック報道を思い出す方も多いだろう)、オランダのヘルト・ウィルダース(PVV)、フランスのマリーヌ・ルペン(FN)といった政党・政治家や、その側近(キングメイカー)たちが「次はこの人だ!」的に、BBCなど大手メディアで注目された。しかし結果は、誰も勝たなかった。「アンチ・オーソリティ」が勝利を収めたのは英米だけだ。

上に述べた国々のほか、今年総選挙が行なわれる欧州の大国で昨年から注目されていたのがドイツだが、選挙は9月に迫っているというのに、今、「国際報道」と呼ばれる報道機関はめっちゃ静かだ。というのも、「極右」ブームでパニック報道が繰り広げられていたときに「英米の次はオランダか、フランスか、ドイツか〜〜〜〜っ!」ときぃきぃ声で騒がれていた「アンチ・オーソリティ」の政党、AfDが、現実的に勝つ見込みがなくなったからだ。フランスのマリーヌ・ルペンと同様に若くて(40代)「いかつくて暴力的な極右勢力」のイメージとは遠い女性党首がこの4月に選挙戦出馬を見合わせると決断し、それによってAfDは「今までも常にどこかにいたような極右政党」的な存在になりそうだと報じられている。つまり、もう全然注目されていない。「欧州難民危機」と騒がれたころに英語圏でパニック報道を引き起こしていたPegidaなど、今は英語圏では名前を見かけることもない。あれらのパニック報道は組織の宣伝の役割を果たし、英国ではEDL創設者の通称「トミー・ロビンソン」や、EDL以上に過激な反イスラム団体「シャリーア・ウォッチ」を立ち上げたアン・マリー・ウォーターズ(この人、アイルランド人なんだよね。ブロガーで煽動家の「グイド・フォークス」もアイルランド人だけど)などがPegida UKなる団体を立ち上げたが、ニュースで名前を見ることはない。

だがそういったことだけで「よかった、極右はメディアの注目を失い、おとなしく、元いた巣窟に戻ったんだ」と短絡することもできない。英国でいえば、UKIPは政党としては溶け去ったが、UKIPが撒いた種は枯れずに「草の根」を構成しているし、フランスでは、中央は確かにエマニュエル・マクロンのEMが席捲しているかもしれないが地方議会などFNが一定の勢力を有しているといった具合だ。

というわけで、極右勢力にとっては、思い描いていたシナリオ(極右版の「世界同時なんちゃら」を描いていたと思われる)通りには行っていないかもしれないが、ガッカリするような結果を得ているわけでもない。何しろ、世界一の超大国アメリカが彼らの手中にあるのだ(と彼らは思っている)。

だから、オーストリアで負け(もしここで極右が勝ってたらえらいことになってたと思う……他の国とはシンボリズムが違う)、オランダで負け、フランスで負け、ドイツで戦う前から負けるなど、欧州でシケった結果しか出せていなくても、アメリカでは極右は元気だ。これまで社会の片隅で細々と「言論の自由がある!」ということを根拠に発言をしては無視され、「われわれを無視するのは、奴らにとってわれわれの言う真実が都合が悪いからだ」などと強がって支持者の間だけで盛り上がっていた地下組織が、政権の中枢に代弁者を持っている。そのことは、私は2016年11月までは想像してもいなかったが、彼らを非常に強くエンパワーしたのだと思う。メディアだってもう彼らのことを無視できないのだ。普通の大統領なら、ネオナチのスローガンを唱えるような連中のことはばっさりと非難する発言をするし、そんなことはほとんどニュースにもならない(なるとしてもベタ記事だ)。しかしトランプは「普通の大統領」では全然なく、ネオナチのスローガンを唱えるような連中をばっさり非難することはしない。そして、そのこと自体がニュースになり、それがまたネオナチを勇気付ける。「俺たちの大統領だ」、「アメリカは、自分たちが望む方向に変わりつつある」と。

bbcnews13aug2017.png

US President Donald Trump is facing criticism for his response to the violence at a white supremacist rally.

A woman was killed and 19 people injured when a car ploughed into a crowd of counter-protesters in Charlottesville, Virginia.

Mr Trump condemned violence by "many sides" - but stopped short of explicitly condemning the far-right.

http://www.bbc.com/news/world-us-canada-40915569


以下、シャーロッツヴィルで何があったかの経緯を含め、Twitterのログ。

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人を助ける人たちの事務所が何者かに襲撃され、7人もが銃殺された。 #WhiteHelmets

市民によるボランティアの救援隊、シリア・シヴィル・ディフェンス (Syria Civil Defence)、通称「ホワイト・ヘルメッツ」。政府による武力弾圧・武力行使やら、各種武装組織の軍事的行動やらで機能しなくなった救急・消防分野を担っている彼らの活動を追ったNetflixでの短編ドキュメンタリーが、米アカデミー賞を受賞したことでも知られているが、ネットでは何より、YouTubeなどにアップされる現場映像を通じて彼らの活動に接している人が多いだろう。

Netflixのドキュメンタリー・予告編:


※ネット上の日本語圏では彼らについて書くと陰謀論者の皆さんをお騒がせするなどすることになるが、その背景についてはウィキペディアにまとめられているものを参照(「アポロは月に行っていない」とかいうのと同種の陰謀論者の《物語》においては、彼らは「闇の勢力による世界統一の野望の情報工作員」であるようです)。もっと詳しいことを知りたい人はこれな。陰謀論の信奉者は、こんなんがまともに相手にされると思わないように。

彼らの映像で最も広く閲覧されたもののひとつが、アレッポでのこの映像だ。上記のNetflixドキュメンタリーの予告編の最後のほうにも使われているが、2014年6月、シリア政府による住宅街への「たる爆弾」投下(と書くと「証拠もないのに決め付けている」と絡まれるので一応書いておくけど、2014年8月にジェイムズ・フォーリーが殺害されてアメリカが「自衛」云々で動き出す前のシリア内戦において、空からたる爆弾であれクラスター爆弾であれ何であれ爆弾を投下できる能力、つまり空軍力を持っていたのは、政府軍だけだった)によって建物が瓦礫の山にされたあと、その瓦礫の中に埋まっていた生後2週間足らずの赤ん坊を救助隊が救出した。何時間も何時間も、瓦礫を素手で掘り続けても見つからず、諦めようとした矢先に、泣き声が聞こえてきた。さらに掘り進めた先の壁か崩れ落ちた天井板の穴の向こうに、赤ちゃんはいた。



赤ん坊を引っ張り出し、腕に抱きかかえたのは、ビデオで状況を語っている若者、ハレド・ファラさんの同僚のハレド・オマールさん。彼は今からちょうど1年前の2016年8月、アレッポの反政府勢力支配地域での空爆で、死亡した。31歳だった。CNNの記事が、情報がよくまとまっている。

Syrian White Helmet rescuer killed in Aleppo
Updated 2324 GMT August 12, 2016
http://edition.cnn.com/2016/08/11/middleeast/syria-white-helmet-hero-killed-aleppo/index.html

そして1年後、2017年8月12日にまた、今度はイドリブ県で、「赤ん坊を救出したホワイト・ヘルメッツのメンバーが殺された」ことが伝えられた。それも1人ではない。7人もまとめて殺された。今回は政府軍の空爆ではない。ロシア軍の空爆でもないし、米軍の攻撃でもない。銃撃だ。それもどこかに出かけていて襲われたのではなく、ホワイト・ヘルメッツの拠点(詰め所)の中で。

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posted by nofrills at 19:01 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

アイルランドが荒波に翻弄されすぎな件(一夜にして現れた砂浜の話)

1つ前のエントリで言及した山本正氏の『図説 アイルランドの歴史』(河出書房新社「ふくろうの本」)には、下図のような帯がかかっている(オレンジ色なのはシリーズ共通で、アイルランドの文脈でいう「オレンジ」とは関係ないと思うが、それでも何か笑ってしまう)。

book-historyofireland-kawade.jpg

歴史の荒波に翻弄された「妖精の国」「緑の島(エメラルド・アイル)」
古代から現代までを俯瞰する画期的通史!
(略)
豊かな文化を育むも苦難の歴史を歩んできた
アイルランドのすべてがわかる! 決定版!


「歴史の荒波」というのはただのクリシェ(常套句)だが、アイルランドを翻弄した「歴史の荒波」ならぬ、「リアル世界の荒波」の記事が出ているのに気づいたのは、8月5日の夜だった。本はまだ本棚から取り出したままになってて、この帯の「荒波に翻弄」の文字列に、しばしにやにやしていた(傍から見たら相当不気味だ)。

アイルランド島の西海岸、島の上半分(北半分)で一番出っ張ったあたりにあるメイヨー州アカル島 (Achill Island)。島だが本土とは非常に近く、橋でつながっている。この島の名で画像検索すると、うちら凡人が「アイルランド」と聞いて思い浮かべるような、丈の短い草が表面を覆っているだけの、でこぼこした岩肌っぽい土地に海、という写真が多く並んでいる(中には羊がもこもこしているものもある)。

アイルランド島の西海岸は大西洋からの強風で土が吹き飛ばされてしまうため、木が根を張ることができず、森・林や茂みのようなものがなく、ただ芝生のような草が地面を覆っているということを初めて知ったとき、ちょっとほっとくと木々の間に蔦やら葛やらが繁茂して濃密な空間をつくる日本のこの環境ではそこらに出るのは「お化け」や「妖怪」や「キツネ、タヌキ」だが(私の曾祖母は生前、「若いころに山でキツネに化かされたことがある」と言っていた)、アイルランドでは彼らが潜む木の陰もないから、「妖精」なんていう可愛いものがふわふわと飛んでたりするんではないか、などという他愛もないことを思った。

妖精が実在するとは、もちろん私は思っていない。しかし、妖精がいると考えた人々は実在した。その人たちがそう考えたのは、そういう考えにつながるような不思議な出来事があったからだろう。曾祖母が「キツネに化かされた」と考えたような不思議な出来事に遭遇したように。

そして、アイルランドで昔、人々が「妖精がいる」と考えたのは、こういうことがある(あった)からかもしれない、というニュースに私がネットで遭遇したのは、今年5月のことだった――メイヨー州のアカル島というところで、33年前、荒天の中消えてしまった砂浜(砂が全部なくなってしまった)が、一夜にして復活したというニュースだ。

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2017年08月04日

北アイルランドの「自治」に関する、よくある誤解・誤認について

北アイルランドの自治議会・自治政府は、現在、絶賛空転状態のまま夏休み中だ。夏休み明けにどうなるのか、全然見通しが立たないのだが、この北アイルランドの自治システムについて、「1999年、ブレア政権下での地方分権法によって設けられたものだ」といった誤りをけっこう頻繁に見かける。

直近の例は、この6月にちくま新書から出た近藤康史氏の『分解するイギリス』で見たものだ。この新書は、2015年の総選挙と2016年のEUレファレンダム以降の「ウエストミンスター・モデル」(英語でググるとthe Westminster systemという表現が数多く表示されるが、the Westminster modelという表現も比較政治学の分野の論文など数多くヒットする)の現状を解説・検討する本で、「そもそも『ウエストミンスター・モデル』とは何なのか、どのような性質なのか」というところからたっぷり解説してくれていて、読者がその「モデル」を規範(モデル)と思っていようといまいと、有益な本だと思う(英国の政治システムを規範と思っている人にとってはことさらに有益かもしれない)ということは最初に述べておく。なお、このタイトルにはどうしても、「ぐは、トム・ネアン!」と反応してしまうのだが、著者の近藤氏の「分解」の定義(「序章」の最後に記されている。紙の書籍でpp. 36-37)は、「連合王国の解体」的な意味に限定はされない(ただ、実際にそのように「分解」しているのかどうかについては、この書籍の奥付にある発行日と数日前後して行なわれた今年の総選挙の結果を見るに、疑問がある。というか、70年代にもこういう程度の「分解」は起きていたのではないか。19世紀にも)。
4480069704分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)
近藤 康史
筑摩書房 2017-06-06

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本稿はこの書籍について論評する目的ではないので、書籍紹介はここまでにして本題に入ろう。問題の記述は第1章「安定するイギリス」(この章では「モデル」たるイギリスについて解説されている)の第5節「集権的国家」内、「連合王国としてのイギリス」という小見出しのパートである。紙の本ではp. 74.

 この点で重視されるのは、先の「立法権」の問題である。1999年の分権化以前において、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに、地域固有の議会は設置されていなかった。

※引用者注: 下線部は誤り。

――近藤康史『分解するイギリス――民主主義モデルの漂流』(ちくま新書1262)、筑摩書房、2017年


スコットランドとウェールズに立法権のある議会が設置されたのは、確かに、1999年の分権化においてである。しかし、北アイルランドはそうではない。あのややこしい土地には、あのややこしい土地が「北アイルランド Northern Ireland」として「南」から切り離されたときから、「地方固有の議会」が設置されていた(北アイルランドを「地方 region」と呼ぶことには抵抗があるが……provinceなので。ただ、これも日本語だと「ほとんどの場合、日本語では州と訳すが、アイルランドは例外で地方と訳す」という状態で、実にややこしい)。1920年に、The Parliament of Northern Irelandが設立されていたのである。

一方、現在絶賛空転中の北アイルランド自治議会は、The Northern Ireland Assemblyである。

「パーラメント」と「アセンブリー」の両者、建物は同じストーモントの議事堂(写真)を使っているとはいえ、別物である。日本語版ウィキペディアはなぜか両者を「北アイルランド議会」として一緒くたに扱っているのだが(日本語版ウィキペディアでページが創設されたときは私は一切見ていなかったので、なぜこうなっているのか、経緯はわからない)、日本語では同じ「議会」でも英語ではparliamentとassemblyという別の語が用いられているので、辞書ならばともかく事典としては、本来一緒くたにすべきではなかろう。ちなみにparliamentとassemblyの違いについてはこちらなど。もっともっとちなみに、スコットランドはThe Scottish Parliamentで、ウェールズはThe National Assembly for Walesである。もっともっともっとちなみに、The Scottish Parliamentは文法的にThe Parliament of Scotlandと言い換えられそうなものだが、後者はスコットランドとイングランドのunionが成立する前の、「スコットランド王国」時代の議会のことであり、両者の言い換えは成立しない。(同様のことが、The Republic of Irelandと、The Irish Republicの間にも生じている。これについてちゃんと把握できたのは、日本語を介在させることをやめたからだ。)

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2017年07月31日

これは「炎上狙い」の「逆張り」か――サンデー・タイムズが提供した、あからさまな性差別・反ユダヤ主義言説の居場所

アイルランドの大手新聞で論説記事(コラム)を書いている書き手に、ケヴィン・マイアーズという人がいる。個人的には、「この人の書いたものは基本的に読まない」と決めている書き手だ。名前を知ったのがいつだったか、そのきっかけは具体的に何だったかはもう覚えていないが、ベルファスト・テレグラフ(北アイルランド拠点のこの媒体は、アイルランド共和国の大手紙のひとち、アイリッシュ・インディペンデントの系列で、論説などはアイリッシュ・インディのものが掲載されていることがよくある)に掲載されていた北アイルランド紛争絡みの文章だった。アイルランドには(英国と同じく)「IRA憎し」でナショナリスト・コミュニティについての偏見を隠そうともしない書き手がいるが、マイアーズはそのひとりだ。

マイアーズは、ウィキペディアによると(彼はウィキペディアに項目が立てられるような「ジャーナリスト」なのだ)、1947年にイングランドのレスターで、アイリッシュの移民の家に生まれ、1969年にアイルランドのダブリンにあるユニヴァーシティ・コレッジ・ダブリン(元々はアングロ・アイリッシュ、つまり英国系プロテスタントの名門校)を卒業してアイルランドの公共放送RTEのジャーナリストとなり、北アイルランド紛争が最も激しかった時期を北アイルランドの記者として過ごした。後にその時代のことを "Watching the Door: A Memoir, 1971–1978" という回想録にまとめているが、私は未読である。

1990年代にはRTEでクイズ番組の司会者となり、近年はラジオ局での仕事が多いようだが、それと並行してアイルランドの大手新聞に論説記事を書いてきた。

アイルランドの大手新聞だけではない。今検索してみたら、英国のカトリックの新聞『カトリック・ヘラルド』にもマイアーズのページがある。(今はウィキペディアから消されているが、編集合戦になる前の版によると、マイアーズはイングランドでカトリックの学校に通っている。)
http://www.catholicherald.co.uk/author/kevin-myers/

7月30日(日)、そのマイアーズの名前が、TwitterのUKのTrends欄トップにあった。キャプチャを取るのを忘れていたが、現地昼にはTwitterが大変な騒ぎになっていたようだった。

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2017年07月28日

「紛争」の20年後、「紛争」の20年前: IRA停戦から20年/映画『邪魔者を殺せ(けせ)』

20年前の1997年7月20日、IRA (Provisional IRA) は停戦した。この停戦は、さらにさかのぼること3年前の94年8月末に宣言され、96年2月のロンドンのドックランズ爆弾事件で破棄された停戦を、復活させるものだった。当時は「どうせまた破られるんじゃないのか」という懐疑論も強かっただろうが、最終的には、97年7月のこの停戦が決定的なものとなった。これを大きな契機として北アイルランドでは和平合意が(すさまじいエクストリーム交渉を経て)実現し(1998年4月のベルファスト合意、通称「グッドフライデー合意」、略称GFA)、「北アイルランド紛争」は終わり、「和平プロセス」が動き出した。その「和平プロセス」はいろいろと難しい部分もありながら定着し、IRAは2005年7月28日に「武装活動の終結」を宣言し、「紛争」は再燃することなく現在に至っている。

このような決定的な停戦から20年ということで、各メディアで特集が組まれていた。BBC News Northern Irelandでは、当時のニュースや、BBCでセキュリティ部門の記者をしていたブライアン・ロウアン(現在はフリー)のレポートなどを1本(1分程度)にまとめている。下記記事にエンベッドされている。(映像の最後に、PUPのデイヴィッド・アーヴァインの姿がある。PUPはロイヤリスト武装組織UVFの政治部門で、多くの記録者が言及していない「和平の当事者」だ。)
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-40656954

ロウアンの当時の解説によると、停戦の宣言は青天の霹靂ともいうべきものだった。ほんの数日前まで、IRAはさらなる攻撃を行なおうとしていたのだが、ジェリー・アダムズとマーティン・マクギネスがIRA指導部に対し停戦への復帰を強く主張し、IRAがそれを飲んだというわけだ。そしてIRAが停戦したことで、シン・フェインは政治交渉の場に加わることが可能となり、それが翌98年の和平合意(GFA)につながっていった。

ちょうど7月のオレンジ・マーチが終わり(1997年というと、ドラムクリーがえらいことになってた)、ロウアンは休暇でアイルランド共和国のドニゴールにいたのだという(休暇なのにドニゴールにまでしか行けなかったのかもしれない。ちなみにドニゴールは北アイルランドのすぐ隣だ。東京でいうと江ノ島って感じ)。いきなりの展開を告げるBBCの同僚からの電話で「BBCラジオ・フォイル(デリー市)でジャケットとシャツとネクタイが待ってる」と告げられたのだそうだ。そしてロウアンは、ベルファストからではなくデリーからこの重大ニュースを報告した。

そういったことを振り返っているBBCの記事は、何というか、非常に、あのー、アレだ。

To properly assess the Adams statement of July 1997, you have to understand the positions that both he and McGuinness held within the republican leadership back then.

That was explained by a former Royal Ulster Constabulary (RUC) Chief Constable Sir Hugh Annesley in an interview with the BBC the previous summer.

"There is no doubt in my mind that, at the top, the Republican Movement - the Provisional IRA and Sinn Féin - are inextricably linked.

"So, I do not see this artificial distinction that's been drawn.

"I believe Messrs Adams and McGuinness are very, very influential people and I think they have a major say in the conduct overall of the republican thrust."


You, はっきり言っちゃいなYO!

20年が経過しても、この点ははっきり言えないようだ。

ともあれ、1997年7月にこのような急展開が可能になったのは、同年5月に英国で政権交代が実現していたことが大きく作用している。

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2017年07月23日

【便利】Twitterカードの表示を強制的に更新させる方法 (Twitter Card Validator)

当方、Twitterは基本的に、BBC Newsやガーディアンなど英語圏の報道機関のサイトの記事についてメモるために使っている。それぞれの記事についているTweet thisボタンを使って、見出しとURLと簡単なメモをツイートしている。そうすることで自分のTwitterのログ(Twilogを利用している)が、自分が読んだりあとで読もうと思ったりした記事のデータベースとなり、何かと便利である。

BBC Newsなど大手報道機関は、現在まず例外なく、Twitterカードを使って、個々のTwitterユーザーがツイートする記事の見出しとリード文、記事付属の写真が、個別ツイート内で展開されるように設定している。そのため、私のTwitterのTLはどこかの大手報道機関の記事のTwitter Cardがずらっと並んでいる。

例えば1997年のIRAの停戦(最終的停戦)から20年を振り返るこの記事は、次のような手順でTwitterにメモっている。

1. 記事にあるTweet thisボタンを押す。
twthisb.png

2. ポップアップ・ウィンドウに見出しとURLが自動的に入力されているので、あとは余った文字数を使ってメモを付け加える。
twthisb2.png

3. このようにフィードされる。
twthisb03.png

たいていの場合は、このように、何の問題もなく自分が意図した通りの表示になるのだが、BBC Newsで頻繁に行なわれるように、同じURLで記事が上書き更新され、見出しやリード文が書き換えられ、写真も入れ替えられてしまうと、ツイートでフィードしている見出しや自分で書いたメモの内容と、Twitterカードに表示されていることにズレが生じることがある。例えば下記のようなケースだ。

twthisb4.png

こういうことが生じると、Twitter上で見る限り、自分が参照先の記事に書かれていないこと、おかしなことを言っているように見えてしまうので、若干困ることがある。リンク先を参照していただければ、BBCの記事更新のタイミングに伴う単なるズレだということは即座にわかるはずだが、誰もがみなリンク先の記事を見てくれるわけではない(ちなみにこのツイートはImpressionが960くらいの段階で、リンクのクリック数は3である。30ではない。3である)。このズレは時間が経過すれば解消されるのだが(Twitterカードが更新される)、それがいつになるかはわからないし、解消されるまでの時間(短くて数時間)は困った状態が維持されることになる。

こういうことが生じると「またTwitterカードのズレが生じている……」ということも書き添えるようにしているのだが、今回、Twitter上で仲良くしている方からよいことを教えていただいた。

Twitter Card Validatorというのがあるそうだ。
https://cards-dev.twitter.com/validator

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2017年07月07日

「ホームグロウン」の《物語》が、語らないものがある。

twittertrends07072017.png7月7日、私が見ているTwitterの画面では、#LondonBombingsがTrendsの上位に入っている。ハッシュタグを見てみると、追悼式典の写真や追悼の言葉、当時の報道などに混じって何の余地もない「ヘイトスピーチ」も並んでいる。またさくさくとミュートしたりブロックしたりするだけの簡単なお仕事をする。それらのヘイトスピーチが自分の中に残す汚い感情と、それらに接して自分から出てくる汚い言葉を、麦茶で流し込む。そうして流し込んだものは排泄されるのだろうか。それとも蓄積されるのだろうか。

あの晩の今くらいの時刻、私は東京の自宅でTVニュースを見て、画面に表示されていた「爆発地点マップ」に目を奪われていた。そのマップはその時点での情報に基づいていて、その時点の情報はかなり混乱していたので、実際には爆発がなかった場所も多くマッピングされていたことがしばらくして明らかになるのだが、その時点で「ロンドン地下鉄の複数の場所で爆発があった」ということは確実で、その4年ほど前に米国で起きたことから一気に日常語化していた(ちょうど、その10年前に東京で起きたことから「異臭」が日常語化していたのと同じようなことだ)「同時多発テロ」という六字熟語がすぐに頭に浮かんだ。と同時に、これはロンドンであり、ロンドンであるということはあの可能性(もあるんじゃないかとも思った。2001年にイーリングのパブをボムって以来、イングランドで爆発物が摘発されてはいるが、大きな活動は報告されていない武装組織があるのだから……しかし、それは「可能性がある」ではなく、「可能性もある」、というより「可能性が完全に否定できるものなのだろうか」のレベルでしかないことは、その組織名を頭に浮かべた瞬間にもわかってはいた。ただ、あの組織ではないという根拠はまだないだろう、根拠がない以上は断定はできないはずだ、ということでしかなかった。そしてそういうことを考えてる一方で、ネット上の英語圏で「公共交通機関がテロの標的にされるなんて、ロンドンがこんな目にあったことはなかったでしょう」とかいう、何をおふざけあそばしているのですかと言わざるを得ないような愚かな言葉(個人の感想)に接して(当時はTwitterのようなものはまだなかったので、報道記事やどこかのブログのコメント欄でだが)、「っていうかあなたがたアメリカ人がIRAを支援してたんですよねぇ?」という感情的な反発の中に自分が絡め取られていくのをそのままにしておくよりなかった。(アメリカ人のIRA支援については、ボストンのアイリッシュ・ギャングのボスとその兄である政治家と幼馴染の警官との黒い関係を描いた実録もの映画『ブラック・スキャンダル Black Mass』に少し出てくるが、「言及はされている」という程度なのでわかりづらいかもしれない。あの映画は「2時間ドラマ」でしたな……カンバーバッチの持ち腐れ。)

日本語圏でも「ニューヨークとワシントンDC、マドリードに続き、ついにロンドンも」的な言説が横行し、あたかもパニック映画を見ているようなムード、という言い方がきつすぎるようなら、ニュースを見て勝手にパニクってるようなムードに覆われていた。過去数十年にわたってマドリードはETAがいたし(実際、当時のアスナール首相は「列車爆破はETAだ」との見解に固執していた)、ロンドンはIRAの活動域だった。欧州の人たちは、そんなに簡単にパニクらんよ。

彼らを新たにパニクらせるためには、新しい概念と新しい言葉が必要だった。「今起きているこれは、過去に起きてきたものとは違うのです、異質なのです」という情宣が必要だった。

「ホームグロウン home-grown」という概念が日常に導入されたのは、正確に、いつのことだっただろう。

自分のログを掘ればそれがわかるかもしれないが、今はそんなことをする気力はない。暑さでバテバテだ。

IRAのころは「ホームグロウン」という概念などもちろんなかった。そもそも1960年代以降のIRAを形にしたのは、イングランド人の父とアルスター・プロテスタントの母を持つイングランド人で、彼こそ「ホームグロウン」と呼ばれるべき人物なのではないかと私などは思うのだが、その概念が英国外で、つまり「テロ」という文脈ではIRAの活動域外でできたものなので、現代IRAには適用されなかった。

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2017年07月05日

UEFAチャンピオンズリーグ予選で、ベルファストのリンフィールドとグラスゴーのセルティックが対戦する。

UEFAはたぶん気にかけてもいなかったのだろう。気にかけていれば、別組になるようにしたんじゃないか(例えば「スペインとジブラルタル」のように)とも思うが、代表ではなくクラブの大会だからそういう配慮がなされることもあらかじめないのか。ということは、今までUEFAチャンピオンズ・リーグ(以下「CL」)において、この組み合わせにならなかったのは、偶然なのだろうか。

とにかく、すさまじいことになった。

CLは、スペインやドイツ、イタリア、イングランド、フランスなど各国リーグの上位チーム、つまり強豪がひしめき合うグループステージの前に、予選が行なわれる。UEFAランキングで上位に入らない国のリーグの優勝チーム同士がホームとアウェイで試合を行ない、出場枠を争う。予選は6月末から開始され、まずは1回戦で10チームが競い合い、勝ち残った5チームが、1つ上のランクのリーグ優勝チームが待ち構える2回戦に進む。今年の日程は、1回戦がファーストレッグが6月27・28日、セカンドレッグが7月4・5日で、2回戦はファーストレッグが7月11・12日、セカンドレッグが7月18・19日である。

bonfire12thjuly.jpg2回戦はファーストレッグが7月11・12日である――大事なことなので二度言いました。

北アイルランドに関心がある人で、この日付にピンとこない人はいないだろう。むしろ、この日程で、ただでさえナショナリズムが燃え盛るスポーツの試合(「外国」のチームとの試合……北アイルランドは単独の「国」ではなく、その「ナショナリズム」、すなわち「アルスター・ナショナリズム」は一筋縄ではいかないのだが)を行なうなど、怖いものなさすぎだろ (^^;) と思うだろう。

北アイルランドはUEFAランキング(2017年6月6日)で、全54協会のうち47位。北アイルランドのリーグ優勝チーム(NIのサッカーリーグは改組改編が相次いでいるのでやたらとややこしく見えるが)は、CLでは予選1回戦から戦うことになる。そしてその1回戦を勝ち上がった次にあるのが、11th night12thに行なわれる2回戦のファーストレッグだ。

これだけでも (^^;) だが、今年はそれでは終わらない。

今年CLに行った北アイルランドのリーグ優勝チーム(2016-17シーズン)は、リンフィールドFCである。ホーム・グラウンドのウィンザー・パークは、北アイルランド代表のホームでもある。サッカーというスポーツ自体が北アイルランドではあらかじめ「政治的」にもなりうるのだが(サッカーのルールブックは「英国生まれ」だ、ということで抵抗感を持つ人々もいる)、リンフィールドの「セクタリアニズム」は、何を前にしても「サッカーと政治は別ですヨ」と涼しい顔をしたがる人でも無視することは難しいくらいのものだ。あまりよい記述ではないのだが(「中立的」であろうとして軸がぶれてしまっている)ウィキペディアから。原典にはソースが付記されているので、詳しくは原典をご参照いただきたい。
Linfield are generally regarded as a 'Protestant club' and draw the vast majority of their support from one side of the community. However, the squad itself is one of the most diverse in the Irish League. The club has also been regarded as sectarian in the past, both in respect of its alleged employment policy and of the behaviour of its fans. This sectarian reputation is partly the result of the actions of fans who have a history of occasional anti-Catholic behaviour ranging from sectarian chanting on the terraces to outright violence. Part of the problem has been attributed to Windsor Park's location in a part of Belfast that is predominantly Protestant.

https://en.wikipedia.org/wiki/Linfield_F.C.#Sectarianism_and_violence


「ファンの行為 the behaviour of its fans」には、物を投げるなどの暴力的行為のほか、セクタリアニズム丸出しのお歌を歌う、などといったことが含まれる。「セクタリアニズム丸出しのお歌」というのは、グラスゴーの「オールドファーム」でも歌われているのだが、要するに「カトリックに対するプロテスタントの優位」をまくし立てるような歌、「カトリック」を罵倒するような歌である(が、オレンジ・オーダーの中の人は問題のお歌が「セクタリアニズム」のお歌であるという事実すら認めようとしていない。すさまじいdenialismだ)。

そんなお歌でも、「そこにプロテスタントしかいない」場合には、仲間内の結束のシンボルになる程度かもしれない。だが実際にはああいうお歌は、「相手に対する優位」を言うため、要するに「挑発」するための道具のひとつだ。

そういう道具を持ったチームが、「アルスター・ナショナリズム」(その主要な成分は「カトリックに対するプロテスタントの優越」の意識である)が燃え盛る7月11日か12日に試合をする……しかもホーム(ベルファストのウィンザー・パーク)で。

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2017年07月04日

はてなブックマークのレイアウトが変更になった

もはや毎日は見なくなって久しいはてなブックマークの自分のページを、先ほど北アイルランド和平プロセスに関する記事のメモをチェックするために見てみたら、レイアウトが変更されていた。

あとからはてブの開発ブログを見てみたら、7月3日付けでアナウンスが出ていた。
http://bookmark.hatenastaff.com/archive/2017/07/03

それによると、6月1日に予告がなされていたので、単に私が見てなかっただけだ。
http://bookmark.hatenastaff.com/entry/2017/06/01/150000

【変更前】(Googleキャッシュからサルベージ)

hatebumypage01.png


2006年にはてブを使い始めてから一度、今回と同じくユーザー全員のページのデザインが有無を言わさず全面変更になったことが一度あるので、現時点で「変更前」のこのデザインは、私にとって2代目である。上記キャプチャを見ればわかるとおり、背景画像をユーザーが自由に指定でき、タイトルの下に短い説明を書くことが可能だった。現時点では下記のように書いてあった。
http://nofrills.seesaa.net/ ブログの補完。読んだことくらいはメモしておきたい記事を片っ端から。基本的にただのメモ。/拙ブログ被ブクマ一覧⇒ https://is.gd/JCkht1 /雑音排除⇒ https://is.gd/9gXuIi


そして、このデザインのあとに、はてなではまた新たなデザインを導入した。もう何年も前のことだ。これは「ソーシャル」な機能的には充実していたようだが、私は基本的に個人のメモとしてしかはてブは使わない(他の人がブクマしているものを参考にするということが、ほとんどない。というか、そういう使い方をしていない)ので新デザインに切り替えても恩恵はなく、レイアウトも見づらいので変更していなかった。それが今回、強制的に変更されたわけだ。

【変更後】……というかさっきアクセスしたらこんな画面で、「うわ……」と思った。

hatebumypage2.png


「マイホットエントリー(Twitterの友達の間で話題になったエントリー)」は便利なのかもしれないが、私の使い方では、完全に余計な機能でしかない。Twitterとはてブを連携させて使っていたら非常にめんどくさいことになったので連携を切ったのがしばらく前。もう二度と連携させる気はない。そもそもTwitter上の私の「友達」(って誰だ。相互フォローになってるエルサレム・ポストとかベルファスト・テレグラフか)ではてブを使っている人はほとんどいない。

だがこれ、連携させない限り、ログインしている状態では、毎度毎度左サイドバーの「ブックマーク」をクリックしないと自分のブクマを確認することもできないのだろうか。うっとうしいな。まあとりあえず、当ブログのサイドバーなどにはってあるはてブへのリンクは、URLを http://b.hatena.ne.jp/nofrills/bookmark に変更しておこう。めんどくさいが。

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2017年07月01日

北アイルランドのエクストリーム交渉が期限をぶっち切って絶賛継続中

そして締切日の29日は、何も進展なく、過ぎていき……「こっからですよ、こっから!」と頭の中で松木さんが絶叫している北アイルランド・ウォッチャーのみなさん、おはようございます。かの地の国技、「エクストリーム交渉」は、案の定、延長戦に入っています。山場は週明け。今週末は各メディアに「ありうるシナリオ」についての解説記事が出ると思われます……etc, etc.

というわけで、日本語圏ではあの本にもこの本にも「Brexitという結論を受けて北アイルランドでは英国からの分離を求める声が起こり云々」とかいう不正確なことが書いてある状態で、世間の標準が「一般人は北アイルランドのことなんか正確に把握してなくていいんです」であることを思い知らされて、精神的に15年もののビニール傘(うちに実在)のような状態の今日このごろ(「ナショナリスト」が「北アイルランドの英国からの分離」を求めているのは、Brexitなんか関係なく、ずーっと昔から、つまり北アイルランド成立時からだ!)、日本語圏の報道は見ないようにしているので日本語圏で報道されているのかどうか知らないが、北アイルランドでは国技、すなわち「エクストリーム交渉」が絶賛開催中である。しかも今回はあらかじめケツカッチンだったにもかかわらず、絶賛延長戦になだれ込みこのままだとPK戦かという気配だが、「エクストリーム交渉」にPK戦があれば、あの点もこの点も決着などとうについている(と思われる)わけで、要するに、先が読めない。

その状態を、BBC Newsは楽しんですらいるようで、毎度のことながら、記事の写真のセレクトが楽しい♪

stormontdeadline29june2017-min.png

※この写真の銅像はストーモントの議事堂前に立ってるエドワード・カーソンの像。カーソンは「アルスター」における「反アイルランド主義」とでも呼ぶべきものの指導者。

上記記事、さらに、時間が進み事態の進展(あるいは進展の欠落)に伴って同じURLでアップデートされたあとに加わったビデオも楽しい♪ 記事のページの一番上にエンベッドされているので、2分強の時間がある方は、ぜひとも見ていただきたい♪♪♪ エンベッド・プレイヤーの止め絵がファンフェアで、 "The Stormont Merry-go-round." というキャプションがついているので、「ああ、ついにエクストリーム交渉の長期化と予期せぬ外部要因のせいで、BBC News Northern Irelandの中の人たちが壊れたんだ……」と思ったけど、ビデオを再生してみれば何のことはない、仮に壊れていたとしても、壊れながら建設しまくっているようで、さすがエクストリーム交渉の本場のジャーナリストたちは違う。 (・_・)

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このビデオ、出だしはこうだ――ファンフェアの車の遊具(バンパーカー)で遊ぶ人々の映像に、「DUPとシン・フェインは、衝突しあって何ヶ月も費やしてきた」だの、「パワー・シェアリング(の自治政府)を再発進させようという交渉が続けられ」だのと、「誰がうまいこと言えと……」という文章がかぶせられ、衝突して止まってしまう映像に「今回はどうやら停止することになりそうだ」。

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そしてぐるぐる回る空中ブランコの遊具(止め絵の写真)にかぶせて「この先どうなるかは微妙なバランスの上に」と述べ、そこから流れるように「このファンフェアに遊びに来ている人々はいらいらしながらそれを見ている」とつないで、市民インタビュー(「政治家は投票してくれと言うのに、いざ投票の結果議員になると仕事をしないで交渉ばかりしている」というのが北アイルランドでは「市民の不満」として定番化している)。

続けて、保守党とDUPとのディールでDUPがもぎ取ってきた£1bnの補助金は「経済面では厳しい状況に置かれてきたこの北アイルランドで、果たして使われることがあるのかどうか」と述べる流れの中で、このファンフェアがどこに設置されているかが明かされる……東ベルファストの、H & Wのクレーンのところだ。「ロイヤリストのハートランド」だ。

そのあとは、ストーモント城の前庭での交渉当事者それぞれの記者会見の映像。ぼちぼちぼちぼちと細かな音を立てて降る雨、携帯電話を使いながらストーモント城の窓から外を見るワイシャツ姿の人物(シン・フェインのマーティン・オミュラーじゃないかな)、正面玄関の階段をのぼり城の中に入っていく人々(DUP、エドウィン・プーツら)……「DUPはシン・フェインの要求にgive inすることを拒んでいます」――それ、言い換えれば "no surrender" じゃないっすか――、「アイルランド語(を公用語化する)法導入という要求に」――言語法のことは約20年前のGFAに盛り込まれ、それからすったもんだした挙句、10年も前に決着ついてたんじゃなかったっすか、「導入する」ということで――、などなどとぶつぶつ言いながら映像を見ていくと、シン・フェインの代表者(コナー・マーフィー。記者会見にミシェル・オニールの姿がない)が「平等が交渉の前提」など、エクストリーム交渉がこうなったときのいつもの語彙、いつものフレーズで発言し、「ボールはDUPのコートにある」という趣旨の発言(つまりシン・フェインはDUPをただ待っていると……これもいつものことですな)。

このあと、「どちらの側も、この交渉で折れた側とは見られたくない」というナレーションでこの映像はまとめに入るのだが、ここの映像が……これは真顔無理。

bbcnews29june2017stormont3-min.png


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2017年06月28日

「ヒルズバラの悲劇」、警察の現場責任者ら6人が起訴される。

256px-Hillsborough_anniversary.JPG"Justice for the 96"――「死んだ96人のために正義を」。そのスローガンを掲げて25年以上も闘ってきた人々が、最後の最後に落胆させられるということにはならなかった。きっと求めていたすべてではないだろう。けれども、よかったと思う。

2017年6月28日、英国の検察当局が、先に "unlawful killing" と結論されていた「ヒルズバラ(ヒルズボロ)の悲劇」について、事故発生時の警察の現場責任者や、事後、証言を歪めた警察(サウス・ヨークシャー警察)の弁護士など6人を起訴することを発表した(リンク先にその声明の映像あり)。

「ヒルズバラの悲劇」について、またその後リヴァプールの人々が何のためにどう闘わざるをえなくなったかについては、ざっくりとだが、以前書いたものがある。1989年4月15日、リヴァプールFC対ノッティンガム・フォレストのサッカーの試合を大勢のファンが観戦中のスタジアムで、キャパを超えたテラス席(今は廃止された立見席)で群集事故が発生し、96人もの犠牲者が出た。当時警察はこの事故について「フーリガンが暴れたことが原因」とし、The Sunをはじめとするタブロイド各紙も「フーリガン大暴れ」を事実として伝えた。しかしそれは、すべてがまったくのでっち上げだった。それが客観的に立証されるまで、20年以上の歳月と、途方もない努力・労力を要した。最終的に真相究明がなったのは、事件のことをリアルタイムで知っているマージーサイド出身のアンディー・バーナム議員(労働党・現在はグレーター・マンチェスター市長。ちなみに彼自身はLFCではなくエヴァトンの熱狂的サポ)を筆頭に国会の場で行なわれた取り組みの成果だった。

その後行なわれたインクェストで、「悲劇」で亡くなった96人について "unlawful killing" という結論が出されたのが、2016年4月。それから1年と2ヶ月あまり、人々はこれが何らかの "justice" に結びつくのかどうかという、最終的な決定を待っていた。それが明らかになったのが今日、2017年6月28日で、その決定内容は「6人の起訴」というものだった(個人の起訴であり、検察当局は警察を含めどの組織も組織としては起訴しないことを決定した)。

以下、リンク集的に、その記録。

なお、これをもって正式に法廷沙汰となったので、陪審団に影響を与えそうなことは一切、公に発言することができなくなる(法廷侮辱罪に問われうる)。家の中や友達との集まりで話すのはかまわないようなことでも、TwitterやFB、ブログなどネットに書けばアウトになりうる。そのため、もろもろ注意が必要とされるということも強調されている。詳細はLiverpool Echoの記事を参照。



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英、保守党とDUPとの合意成立 (Coalition of chaos)

2週間ほどかかって、ようやく……と言いたいところだが、たぶん、おおかたの人はそんな交渉が続いていたことなどもう忘れているだろう。「まだやってたんですか」っていう感じ……北アイルランド・ウォッチャーにとっては、「早かったな」感もあるのだが。

保守党とDUPの「閣外協力」(←日本語圏の用語。英語では "confidence and supply (または supply and confidence) deal" という。野党側の内閣不信任案に賛成しないことと、与党側の予算案に賛成することを意味する)が、26日、正式に合意された(合意全文はこちら)。同日夜(日本時間)のBBC Newsのサイトはこうなっていた。

BBC News: http://www.bbc.com/news
bbcnews26june2017-min.png


BBC News > UK: http://www.bbc.com/news/uk
bbcnews26june2017b-min.png


BBC News > UK > Northern Ireland: http://www.bbc.com/news/northern_ireland
bbcnews26june2017c-min.png


これで、英保守党は北アイルランドのDUPと「事実上の(非公式の)連立関係」と言える間柄(ただしDUPは閣僚は出さない。日本語では「閣外協力」という用語に相当する)になったわけだ。何が起きているかというと、まさに風刺画家や風刺作家が表現していた通りだろう。6月13日付のBBCの「まとめ」より。
http://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-40250023
A recurring theme for political cartoonists is a weakened Theresa May, beholden to a higher-than-mighty DUP, as commentators speculate on the price the prime minister, and the Irish peace process, might pay for the party's support.


テリーザ・メイの保守党が、勇ましく「強く安定した政権」を掲げて楽勝ムードで臨んだものの、議席減どころか過半数割れという「(笑)」……もとい「(・_・) タイヘンニいんたれすてぃんぐデスネ」という結果に終わった6月8日の総選挙。しばらくは抱腹絶倒、もとい、真顔で普通に座って、爽快ですらある高揚感を覚えていたが、そのムードが長続きしなかったことは既に書いた通りだ。

そして、その高揚感が「なーんだ、何も変わらないじゃないか」というものになった直後には、「これは変わらない以上に、最悪の結果だ」と言わざるを得なくなったことも、既に書いた通りだ。

すなわち、保守党が北アイルランドのDUP (the Democratic Unionist Party) と組もうとしている。あの、ホモフォビックで創造論で地球温暖化懐疑論で「恐竜」と呼ばれるDUPと。しかも、1998年の和平合意(ベルファスト合意、通称「グッドフライデー合意」で略称はGFA)では、英国政府は北アイルランドの政治に関しては「中立」(どの側にも立たない)ことになっているのに!

それについては、少しは整理しておこうとしたものもあるので下記も参照(こういうのを参照しもせずに、「わかりづらい」などの文句をネット上に書かないでください)。

保守党がDUPに「閣外協力」を求めている……今、英国で起きようとしていることが、いかに深刻であるか
https://matome.naver.jp/odai/2149719116817721901

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2017年06月17日

「赤いケンジントン」……ロンドン、グレンフェル・タワーの火災があらわすもの・見せるもの

犠牲者として最初に名前が公表されたのは、2014年に英国に到着したシリア難民の青年だった――この事実を、どう受け止めてよいのかわからない。

西ロンドンでの高層アパート火災は、長くかかってようやく鎮火したそうだが、犠牲者の数が何十人という単位 (dozens) で言及され、しかも全員は身元の確認ができないかもしれないとさえ言われている。

遺体の判別がつかなくなってしまっているだけではないだろう。英国内に身元特定の手がかり(歯科医のカルテなど)がない人もいるだろうし、友達や親戚の家に泊まりに来ていた人もいるだろう。それに、ふと思ったのだが、何らかの形でここにいた人の中には、短期滞在者や短期滞在のつもりで英国に入国して超過している人もいたかもしれない(私が拙著のために取材したとき、「住居費の安い部屋を探した結果、カウンシル・フラットの又貸し物件を、非合法と知らずに借りてしまうケース」などがあると知ったが、その当時とは制度が変わっているとはいえ、そういうことは今でもあると思う)。あるいは、ロンドンではよく聞いたのだが、その部屋の住民が数週間ほど家を空けざるを得ないときに、空き巣に入られないよう、親戚のつてをたどるなどして、地方から仕事探しに来ている人などに家賃無料でその部屋に住んでもらうということも行なわれているかもしれない。つまり、出火したあの晩、あの集合住宅で寝ていたのは「住民」に限らないかもしれない。そういったことの事実確認は、これから行なわれるのだろう。

デイリー・テレグラフの記事にあるフロアプランを見ると、各フロアに2ベッド・ルームのフラットが4戸と1ベッドのフラットが1戸ある。BBCによると全127戸で、24階建ての建物のうち20フロアが居住スペースだ。1ベッドの部屋は単身者か夫婦・カップルが住むための住宅で、2ベッドは子供のいる家族や、子供が独り立ちして高齢の親と同居するようになった家族などが多いだろう。行方不明者には80代の人もいれば、10代の人も、さらに年下の子供もいる。

出火原因や、なぜあれほどに燃え広がったのかについては、既に住民たち(火事の被害をこうむった人々)の証言などが報道機関によって取り上げられているが(中には不正確な情報もあると思われるので注意)、詳細は、テリーザ・メイ首相が行なうことを既に指示しているパブリック・インクワイアリで解明されることになるだろう。インクワイアリでは、BBCがまとめた「6点の疑問」のような具体的なポイントについての事実関係が明らかにされた上で、行政の責任が問われることになるのは間違いない(グレンフェル・タワーはカウンシル・フラットだ)。現在の緊縮財政を推し進めたのは2010年以降の保守党政権(2010年から15年はLDとの連立政権)で、ロンドンでは保守党のボリス・ジョンソン市長が行政トップだった。とはいえ、2016年以降は労働党のサディク・カーン市長が行政トップで、火災のあと住民たちの怒りに直面したのは、カーン市長だった。15日、火災現場のそばで大勢の警官に囲まれ、激怒した住民と対面しながら、その時点での最新状況を淡々と報告し、これから市当局として何をしていくかを語る彼の表情は……この人のこんなに打ちひしがれた表情を見たことがあっただろうか。6月4日のロンドン・ブリッジ地区でのテロ攻撃のあとに見せた毅然とした表情とは違っている。カーン自身が、「こういうような地域」のカウンシル・フラットの出身なのだ(カーンが市長に当選したときに、対抗の保守党候補のお坊ちゃまとの違いを一言で表すために「パキスタンからの移民であるバス運転手とお針子の息子」であることが頻繁に言及され、特に日本語圏ではそのことでイラっと来た人が多かったようだが、階級社会の英国では《意味》のあることだ)。



カーン市長はこの状況で質疑応答も逃げずにやっているが(上記映像5分50秒あたりから)、同じ現場を訪れたテリーザ・メイ首相は、消防士たちとは対面して激励的なことはしたものの、それだけで帰ってしまった。そのことが批判されて、16日に改めて出直し、被害者(被災者)と対面したという(ちなみに、そのころには既に、エリザベス女王とウィリアム王子が被災者慰問を行なっていた)。メイが一般国民、とりわけ彼女に批判的であると想定される一般国民と直接対面することを避けようとしたことで驚く人はいないだろうが(今回の総選挙前、主要政党党首による公開討論会をやらずに済ませようとしたことは記憶に新しい)、これには呆れて物も言えなくなった人が多いのではないかと思う。

London fire: Theresa May meets victims after criticism
Friday 16 June 2017 14.31 BST
https://www.theguardian.com/uk-news/2017/jun/16/london-fire-prompts-safety-review-at-4000-uk-tower-blocks

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2017年06月16日

イスイス団団長もまた、何度でも "死ぬ" だろう(「死亡の可能性」は「死亡確定」ではない)

http://www.yahoo.co.jp/今日は八王子のほうで雹が降ったとかで天気を確認しようとYahoo! Japanを見てみたら、トップページがこのようになっていた(キャプチャ via kwout)。何でも5月28日にラッカらへんで行なわれたロシア軍の空爆で、イスイス団の団長(アブ・バクル・アル=バグダディ)が死んだ可能性がある(可能性が高い)ので調査(最終確認)をしているとロシア国防省が述べたのだそうだ(時事通信)。

最初に見たときから少し時間が経過して、現時点では記事が長く、詳しくなっているが(現時点でのアーカイヴ)、言っていることは最初の短信と基本的に同じだ(細部が付け加えられているが)。

で、それなりに訓練されたウォッチャーである私が最初にこの報道を見たときの反応は、「また死んだんですか」というものだった。この人物について、これまで何度、「○○軍の空爆で死亡(したと思われる)」という "報道" があっただろうか。ハミス・カダフィが "死んだ" 回数にはかなわないと思うが、イスイス団長もけっこう何度も "死んで" いる。その回数は、「9つの命がある」という猫よりもたぶん多い。だから「死亡説」を目にするたびに、最初に「またですか」と反応するのがデフォだ。

しかし、かの人物の「死亡説」が、Yahoo! JAPANのトップページにどーんと出るようなことはこれまでなかったかもしれない。そんな場所にどーんと出ていれば、ヲチャ界隈以外でも大いに話題になるだろう。しかし……。

というわけで、ただ無視するのではなく、BBC Newsのサイトがどう扱っているかを確認し、手っ取り早くTwitterでその界隈のジャーナリストたちがどう見ているかを調べてみることにした。

以下、そのメモである。

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2017年06月15日

トラックバック機能提供終了のお知らせ(Seesaaブログ全体)

Seesaaブログの運営さんで、標題のような告知が出ている。

【Seesaaブログ】トラックバック機能提供終了のお知らせ

……

トラックバック機能について、送受信ともに2017年7月中をめどに終了とさせていただきます。……

なお送受信については上記の通り機能終了いたしますが、これにより既存のトラックバックが消去されるものではありません。ブログおよびマイブログ内にて引き続き表示されます。……

http://info.seesaa.net/article/450858434.html


かつて、「ブログ」がまだ普及過程にあったころ(そのころは略さずに「ウェブログ」と呼ばれていたっけ)、日本語圏ではそれ以前にかなり一般化していた「ウェブ日記」と、新顔の「ウェブログ」はどこが違うのかという説明がなされるときに必ず注目されていたのが、「トラックバック機能の有無」だった。大まかに、「ウェブログにはトラックバックという機能があって、それによって他のブログとゆるくつながることができます」といった説明。(「はてなダイアリ」はこの思想を相当先取りしていて、ダイアリの本文中のワードで他のダイアリとゆるくつながることができていたのだが、いかんせん、日本語の自然言語処理では、うちのように「外国」の用語が多いと、いわゆる「誤爆」が多くて……「リパブリカン」が「パブリカ」という車の名前としてヒットしてしまうのをいちいち外さなければならなかったりして、大変に面倒だった。)

トラックバックは、先方のコメント欄にわざわざ投稿するなどしなくても、「あなたの記事に言及しました」とか、「同じ話題で私も書きました」とか、「翻訳の続きやっときました」とかいうことがサクっと連絡できる便利なツールだ。「あなたの書いていることに異論があるのですが、あなたのところのコメント欄を長々と占領することになるのはアレなので、私は私でブログに書きました」といった議論のためにも使われうるし、「みなさんのご意見を募集します。各自ブログに意見を書いて、このエントリにトラバ(トラックバック)を飛ばしてください」といった形での議論も、トラバの機能があればこそ可能になる類のことだ。

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2017年06月14日

ロンドンでひどい火災に見舞われているのは「タワーマンション」じゃない。「高層アパート」だ。

ロンドン西部で大変な火事が起きた。燃えているのは24階建ての集合住宅だ。英国ではときどき大規模火災の報道があり、ロンドンでは2011年8月の「暴動」の際に倉庫が燃やされたり商店街が放火されたりしているが、こういう規模の住宅の建物でこういう規模の火災が発生したのは、ネットで普通に英国のニュースに接するようになって以来(つまり1998年ごろ以来)、初めてではないかと思う。

既にウィキペディアンたちが報道などを精査してまとめ始めているので、詳細はそちらを参照されたい。
https://en.wikipedia.org/wiki/Grenfell_Tower_fire

火災にあったのは、グレンフェル・タワー (Grenfell Tower) という集合住宅で、場所はノース・ケンジントン。ロンドンに詳しい人はご存知だろうが、「ノース・ケンジントン」は、一部例外の区画はあるかもしれないが、「ケンジントン」という高級エリアの名前から想像されるような地域ではない。有名なのはポートベロ・ロードの一帯で、ここはかなり前から「ポッシュな住宅街」なのだが(posh, 日本語にすれば「高級な」。「おハイソな」みたいな語感)、ノース・ケンジントンといえば昔は西ロンドンのスラム街で、ロンドンに到着した移民たちが押し込められるようにして暮らす街(のひとつ)だった。20世紀後半には、南部のブリクストンなどと並んで人種間の緊張が大きな地域として知られるようになり(「人種暴動」も起きている)、毎年夏の「ノッティングヒル・カーニヴァル」(カリビアンの人たちのお祭り)の発祥の地でもある。

場所はここ。有名なポートベロのストリート・マーケットの立つ細い通りの1本西がラドブローク・グローブで(Google Mapにはなぜか駅のアイコンがないが、ここには地下鉄と地上鉄道の駅がある)、現場はそのさらに西、地下鉄駅ではラティマー・ロードやホワイトシティの近くになる。



特にソースも参照せずに頭の中にあることだけで書くので、話半分で読んでいただきたいのだが、第2次世界大戦後、行政当局は再開発を進めるなかで、多くの「ハイ・ライズ high-rise」を建設した。「ハイ・ライズ」は「高層建築」の意味の一般的な語で、術語としてはエッフェル塔や東京タワーのようなものにも使われうるが、英国で単にhigh-riseといえば、昨今のテムズ川沿いの再開発で林立しつつある、ロシアや中国のお金持ちがこぞって買いたがるような、日本語でいう「タワーマンション」のようなきらきらしたものではなく、戦後、都市部のあちこちに次々と建設されたようなものに代表されるような、いわゆる "tower block" を指すことが多い。Tower blockとは、「tower型をした、block of flats」の意味だ。つまり「高層建築の集合住宅」である。

1950年代に建てられたそのような高層建築の中には、現在では歴史的な価値が認められ、日本の制度でいう「重要文化財」的なものに指定(Grade IIなど)されている建物もあるが、無骨なコンクリートの塊のような建物は英国では非常に評判が悪く、eye sore (目障り)などと呼ばれている。詳しくはチャールズ皇太子の建築に関する発言をあさってみるといろいろ出てくるだろう。

今回火災にあっているのも、そのような戦後のコンクリート建築時代のtower blockのひとつだ。

https://www.yahoo.co.jp/こんなことを書いていると書き終わらないので先に行くが、今日のこのグレンフェル・タワーの火災について、日本語圏では「タワーマンションで火災」と報じられている。右は14日19時ごろ(日本時間)に取得したYahoo! JAPANのトップページのキャプチャだが(via kwout)、一番上の記事は「英タワマン(=タワーマンション)火災 死者は多数に」と見出しを打っている。

だが、ロンドンについて何かしら知っている人、また何らかの感覚がある人は、ニュース映像などを見て、あの建物を「タワーマンション」とは呼ばないだろう。特に「タワマン」などと略されたら、違和感倍増である。「タワマン」の住民としてイメージされるのは、例えば成功したビジネスマンや個人投資家のような人だろうが、グレンフェル・タワーのようなカウンシル・フラットに住んでいるのは、ほぼ間違いなく、安月給であくせく働く会社員や技術職の職人(塗装工など)のような人たちだ。そういう人たちが、ああいう大規模な火災に見舞われている。

……と、イメージにあう日本語を探してみて思い当たったのが「高層アパート」という表現だ。実際にフィクションなどでtower blockがそう翻訳されている例は多くあると思うが、今、探している余裕はない。うちの本棚に詰まっている紙のどこかに「高層アパート」という言葉があることは間違いないのだが……。

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2017年06月11日

英総選挙、開票中にささやかれていた「10月の選挙」の意味

octoberelection.png今回の英国の総選挙、開票が終わる前から、「次の選挙は10月」という文言が、ジャーナリストのアカウントから飛んできていた(右の画像参照)。

明らかにジョークというか「故事成語」の類だが、その「10月の選挙」の意味が私にはわからなかった。開票が終わっていろいろ少し落ち着いたところで、Googleに "october election" と打ち込んでみた。直結する答えはでてこなかったが、検索結果を少し眺めていたらわかった。1974年だ。2010年の総選挙でどこも過半数を制さないhung parliamentという結果が出たときに、各メディアが解説記事などで参照していた1974年だ。

1973年1月、英国はEC(現在のEU)に加盟した。当時、国内情勢は不安定だった。労組のストライキは続き、北アイルランドは燃えていた。保守党のテッド・ヒース首相は1970年の選挙で全630議席のうち330議席を得ていたが、危機打開を目して、1974年2月に解散総選挙に踏み切った。投票日は2月28日。誰もが保守党の圧勝を予想していた。

しかし結果は、どこも過半数を取らないハング・パーラメント。その年に5議席増えて全635議席となっていた下院で最大議席数を獲得したのは、ヒースの保守党(297議席)ではなくハロルド・ウィルソンの労働党(301議席)だった。

わずか4議席の差だ。第2党の保守党だが、14議席を有する第3党の自由党(現在のLibDems)と連立すれば埋めることができる。ヒースはその道をさぐったが、自由党が連立条件を飲まなかった。3月4日にヒースは組閣を断念し、これにより、第1党となっていたウィルソンの労働党が議会の過半数を持たずに政権を担うこととなった(マイノリティ・ガヴァメント)。こうして3月6日には第46次国会が召集され、第2次ウィルソン政権(ウィルソンは1964年から70年に首相をつとめていたので、1974年の政権は第2次)が発足した。

マイノリティ・ガヴァメントでは政権運営は心もとない。ウィルソンは7ヶ月ほどで議会を解散し、総選挙に打って出た。それが「(1974年)10月の選挙」である。

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英国の総選挙: 保守党は勝たなかったが労働党が勝ったわけではない。そして結果は「想定外の最悪」だ。

「コービン労働党の躍進」という《物語》のほうがウケがよいだろうが、当ブログはそういうことは語らない。「コービン労働党の躍進」は嘘ではないが、現実を見る上ではトイレットペーパーくらいの役にしか立たない。これまで保守党以外の選択はないと考えられてきた選挙区がいくつも(最終的にはあのケンジントンまでもが)赤くなったという事実を含め、今回の選挙結果は、「保守党め、ざまあみろ、わっはっはー」と笑ってクソを拭いて流すには役立つが、クソしたあとに履くパンツにはならない。そんなことは結果が全部出揃う前どころか、投票が締め切られて出口調査が公表された瞬間にはもう明らかになっていたことだ。

労働党の活動家は、今回のこの結果から最大限を引き出そうと「勝利」の方向付けをするのが当たり前だが(次につなげていくためにもぜひそうしてもらいたいと個人的には思う。大手メディアと保守党と、自党内のブレアライトを向こうに回してがんばった彼らの粘り強さ・強靭さは敬服に値する)、ただのウォッチャーならば、どこも過半数を取らなかったhung parliamentという結果を、ありのまま正確に読まなければならない。煽動は無用だ。

今回の総選挙では、テリーザ・メイの保守党は「過半数を制するという意味では勝てなかった」のであり、「負けた」わけではない。保守党は、過半数には至らずとも各党の中で最大の議席数を獲得した。しかも、2番目の労働党との議席数の差はとても大きい。55議席もの差をつけた、余裕での第1党だ。メイ個人は、「あんだけフカしといてこの結果かよ」という点で信頼を全部ドブに流したわけだから、彼女個人は「負けた」のかもしれないが、それは彼女が引き続き保守党トップの座にい続けることをとどめはしない(2010年総選挙の結果、保守党との連立に入りビジネス大臣となり、信頼を失って2015年の選挙で落選して、今回返り咲いたLibDemのヴィンス・ケーブルは「針の寝床を作ったのは彼女なのだから、彼女がその上に横たわらねばならない」として、「メイは辞任すべきでない」と言っている。これはEUレファレンダム後に、まさか実現するとは思っていなかったBrexitにびびったLeave陣営のトップがみな逃げ出したことへの当てこすりだろう)。仮に彼女が「負け」を公然と認めて保守党党首を辞任したとして、次に来るのは誰だ。ボリス・ジョンソン(この人は「英国上流階級版ドナルド・トランプ」だ)か。サプライズでジェレミー・ハントやマイケル・ゴーヴか。いずれにしても最悪だ。

労働党党首のジェレミー・コービン個人は「あいつでは選挙に勝てない」という党内からのdisを跳ね返してみせたが(本当に強靭な政治家だ。労働党は自身の党首に対して実にめちゃくちゃなことをしてきたからね。それをロシアで身動き取れずにいるエドワード・スノーデンがめっちゃ的確に指摘しているのを見たときにはお茶ふいたが……彼に見えていることが、労働党内の反コービン派には見えていなかったのだ)、「コービンの労働党」が「選挙に勝った」わけではない。そのことは、土曜日に連ツイしたものを、本エントリの下のほうに貼り付けておこう。

Brexitとその後のEU残留派の抵抗、激増するヘイト・クライム、次々と英国から出て行くEU圏の知識人たち、Brexitに賛同しない人を「裏切り者」扱いして吊るせ吊るせとばかりに野蛮な叫び声をあげるタブロイド、そしてそれとは関係なく行なわれるがムードを暗く重苦しくすることにだけは貢献しまくる「イスラム過激派」のテロ……そういったものの中にセットされた今回の選挙は、感情の選挙になるだろうと思ってはいたが、実際には私が思っていたのとは少し違ったふうに「感情の選挙」になった。若者たちが選挙に行って(印象論ではなく数値の検討がなされている。FTのグラフも参照)、若者たちはコービンが大好きだ。彼らの親の世代が享受してきた機会を奪った「年寄り」を、彼らは凌ごうとした。メイ陣営とエスタブリッシュメントがやっているように誰かをめちゃくちゃにけなすのではなく、ヴィジョンを持って「希望」を語るコービンを支持することによって。そしてそのようなコービンを支持したのは「若者」だけではなかった。マスコミが無視していたうねりは、実際には起きていたのだ。しかしそれは、「よい攻撃の形を作ってゴール前に攻め込むことはできているが、決定力に欠けている」と評されるサッカーチームのようなものだった。「この次につなげていこう!(でも今は勝てない)」

投票所の締め切りとほぼ同時に公表された出口調査の結果が「ハング・パーラメント」を予想し、多くの人々が「おおっ」とどよめいた。「保守党の多数による安定をさらに固めるため」に行なわれた解散総選挙が、「保守党の多数による安定」をもたらさない! こういうのを英語では "interesting" という。

数時間していくつかの選挙区の結果が公表されると「出口調査は不正確なことが多い」、「保守党へのスウィングを過小評価している」といった観察・分析がTwitterでいくつも見られるようになったが、おそらくは事前にあまりにも「コービンはダメだ、コービンはダメだ」という情宣がやられすぎていた反動もあり、また最初に結果が出たのがイングランド北東部の工業地帯で、それらの地域では最近ではすっかり慣れっこになってしまった「労働党離れ」が食い止められている様子が伝えられていて、コービン支持者・労働党支持者・「コービンの労働党」の支持者のムード(私がTwitterで見ている世界は彼らの世界である)は明るかった。

でも、それでも、明るく見える出口調査の結果は、「労働党の勝利」には程遠いのだよ。保守党が314で過半数割れしていることはさておき、労働党はそれより50議席も少ない266という数値だ。(出口調査ではなく実際の獲得議席数は、最終的に、保守党が317議席、労働党が262議席だった。)

DB16juSUwAIGWZ3.jpg開票作業が進められるなか、Twitterの画面にはいつも以上に「感情」が横溢していた。あの選挙区で労働党が競り勝った。この選挙区でも予想を覆した。そっちでは保守党の現職が苦戦しているようだな。おお、現職の閣僚(それも内務大臣)が票の数え直しを要求した末、首の皮一枚での辛勝か。そして、開票開始から2時間ほどで、あのケンジントンが「労働党勝利」の予想だって? Twitter上で、並み居るジャーナリストたちがざわつく。保守党に近いジャーナリストやコラムニストは「Brexitを支持できない銀行家たち」の票だと指摘する。なるほどね、それにしても、根っから真っ青なケンジントンが赤くなるなどということを、誰が想定しただろう! ケンジントンが赤い! おい、カンタベリーが労働党だぞ! シェフィールドではキャメロンと組んで過激なネオリベ政策を実行したLDのニック・クレッグが落選して、労働党候補が当選した!……いつまでも浸っていたいような、甘美な感情が言論空間に充満している。経済が専門のジャーナリストのポール・メイソン(元BBC Newsnightのビジネス・エディターで、2013年にチャンネル4に移り、現在はフリーランス)が「英国から人類へ――たった今、私たちはネオリベラリズム(新自由主義)を殺した」とツイートした。私も飲み込まれた。賭け屋は「ジェレミー・コービン首相」を真面目に扱いだしている。結果によっては、連立の組み方によっては、ありえなくはない。むしろ、ありうる……

しかしその高揚は、長続きしなかった。一瞬の夢だった。開票が始まってから6時間半ほど、日本時間の9日12時半には、「保守党が318議席、労働党が267議席、SNPが32議席、LDが11議席」という新たな予想・分析が出た。これでは労働党はどう連立しても保守党単独の議席数に届かない。第1党の保守党が、そのままマイノリティ・ガヴァメントということになるだろう。あるいは……

あるいは……いや、それはない。そうなったら最悪だし、それにそれは保守党の根幹的理念に反する。保守党が組むとしたらあの政党ではなく、あの政党のライバルだ。

だがそのライバル政党は、今回議席を獲得していないじゃないか。誰に遠慮する必要があるだろう。それにあの政党は10議席も獲得している――そう、このころには北アイルランドは全議席が確定していた

「あの政党」とはDUP (the Democratic Unionist Party)、「ライバル政党」はUUP (the Ulster Unionist Party) である。

いつもUKの(というより "GB" の)国政選挙では "Other" 扱いの北アイルランドの諸政党が、今回いきなり、中央で大きな注目を集めることになった。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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